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作成: 1996/10/07 杉本 雅樹

データ番号   :010016
耐熱炭化ケイ素セラミック繊維の製造プロセスへの放射線の応用
目的      :超耐熱炭化珪素セラミック繊維の開発とその応用
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器 (2MeV,25mA)
線量(率)   :2-15MGy, 2-5kGy/s
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所1号加速器
照射条件    :ヘリウム中,室温
応用分野    :セラミックス基複合材料(CMC)

概要      :
 SiC系繊維は、前駆体高分子ポリカルボシラン(PCS)の溶融紡糸、不融化および焼成の工程により製造される。この不融化はこれまで熱酸化で行われていたが、放射線照射で行うことにより、室温で酸素を介さずに架橋でき、酸素濃度を0.5%以下まで低減したSiC繊維が得られ、耐熱性が約500℃向上した。
  

詳細説明    :
  
 炭化ケイ素(SiC)繊維は高強度を有し、耐熱性および耐酸化性に優れているのでセラミックス基複合材料の強化繊維として期待されている。このSiC繊維は有機ケイ素ポリマーであるポリカルボシラン(PCS)の繊維を前駆体として、1000〜1300℃で焼成して得られるものである。この製造工程は、図1に示すように、1)PCSの溶融紡糸による繊維の形成、2)焼成時に繊維形状を保持するためのPCS繊維の不融化処理(curing)、3)不活性ガス中での焼成によるセラミック化、の3つに分けられる。


図1 炭化けい素繊維の製造工程(原論文1より引用)

 工業的には、不融化処理を熱酸化により行っており、PCS繊維を空気中において約200℃で加熱して酸素を介して架橋する手法がとられていた。ところが、この熱酸化による不融化工程では、繊維中に多量の酸素が導入され、焼成工程で離脱せずにSiC繊維中に残存する。したがって、現在の工業製品はSi-C-O繊維であり、1300℃以上になると、酸素が原因となって熱分解し、力学的特性が失われる。
  
 この繊維中の酸素濃度を低減する新しい技術として、放射線をPCSに照射することにより、酸素を用いないで不融化できることを見いだした。すなわち、放射線によりPCS分子鎖の一部が切断し、生成したラジカルが再結合して架橋することにより不融化が進行する。ヘリウム中、室温で2MeVの電子線を照射した場合、5MGyの線量から架橋するが、不融化を達成するためには10〜15MGyの線量が必要であることが明らかになった。
  
 この照射により生成するラジカルの大部分は、架橋に寄与することにより消滅するが、その一部は室温において残存し、空気にさらされると連鎖的に酸化することにより不融化繊維に酸素が取り込まれてしまう。これを防ぐためには、照射後、不活性ガス中で300℃以上に加熱することにより、残存ラジカルを消滅させることが有効である。
 放射線不融化で得られた低酸素SiC繊維と、市販の各種SiC系繊維の高温曝露試験後の引張強度変化を図2に示す。1400℃以上、10時間の熱処理後では、酸素を含むSiC繊維はいずれも強度を失ってしまうのに対し、低酸素SiC繊維は、1500℃でも2GPaの高強度を保持している。また、弾性率は1600℃でも不変である。


図2 各種セラミックス繊維の高温曝露後の引張強度の変化(アルゴンガス中10時間曝露)(原論文1より引用)

 次に放射線不融化で製造された低酸素SiC繊維ハイニカロン(O:0.5wt%O)と熱酸化法によるニカロン(O:11.2wt%)をアルゴン中、2000℃で1時間熱処理した際の繊維表面のSEM写真を図3に示す。放射線法による低酸素のSiC繊維の表面はなめらかで変化は認められないが、熱酸化法による試料では、β-SiC結晶粒の粗大化が認められる。


図3 アルゴンガス中2000℃1時間熱曝露したSiC繊維の走査型電子顕微鏡写真(原論文1より引用)

 以上のように電子線照射不融化法では、酸素を介さずにPCS繊維を不融化することが可能であり、そうして得られる低酸素SiC繊維の耐熱性は大幅に向上することが明らかになった。

コメント    :
 セラミックス材料は、優れた耐熱性、耐酸化性を有しているが、脆さという欠点も有しており機械的な衝撃に対しても弱い。そこでセラミックス基複合材料(CMC)の開発研究が盛んに行われているが、従来の熱酸化法によるSiC繊維では耐熱性が十分とはいえなかった。放射線不融化による低酸素SiC繊維は、CMCの強化繊維として十分使用できる可能性を有しており、これまで焼結温度が1600〜1800℃と高いために困難であった粉末焼結法による炭化ケイ素、窒化ケイ素をマトリックスとするセラミックス複合材料などへの応用が期待できる。

原論文1 Data source 1:
放射線を利用した超耐熱性炭化けい素繊維の開発
市川 宏
日本カーボン(株) 〒221 横浜市神奈川区新浦島町1-1日本カーボン(株)研究所
放射線化学,第58号(1994),p21-29

原論文2 Data source 2:
セラミック繊維の前駆体としてのポリカルボシランの放射線照射効果
佐藤 光彦、岡村 清人、河西 俊一*、瀬口 忠男*
東北大学金属材料研究所、*日本原子力研究所高崎研究所
粉体および粉末冶金,第35巻,第7号,(1988),p679-682

原論文3 Data source 3:
炭化ケイ素繊維前駆体としてのポリカルボシランの放射線架橋におけるラジカルの挙動
佐藤 光彦、山村 武民、瀬口 忠男*、岡村 清人*
宇部興産(株)宇部研究所 〒755 宇部市大字小串、日本原子力研究所高崎研究所、大阪府立大学工学部 〒593 堺市学園町1-1
日本化学会誌,1990(5),p.554-556

原論文4 Data source 4:
γ-ray irradiation curing on polycarbosilane fibers as the precursor of SiC fibers
K.Okamura, T.Matsuzawa, Y.Hasegawa*
The Oarai Branch, RIISOM, Tohoku University, Oarai-machi, Ibaraki-ken, 311-31, Japan, *The Research Institute for Special Inorganic Materials, Asahi-mura, Ibaraki-ken, 311-14, Japan
J.of Mat.Sci.Let. 4(1985)55-57

原論文5 Data source 5:
SILICON CARBIDE FIBERS : PREPARATION AND CHARACTERIZATION OF SIC-BASED FIBERS WITH A LOW OXYGEN CONTENT
CHOLLON,G., CZERNIAK,M., PAILLER,R., BOURRAT,X., NASLAIN,R., OLRY,P.,LOISON S.*
Laboratoire des Composites Thermostructuraux, UMR 47 (CNRS-SEP-UB1), Domaine universitaire, 3 Allee de La Boetie, 33600 Pessac (France), *Societe Europeenne de Propulsion, BP 37, Les cinq chemins, 33165 St Medard-en-Jalles cedex (France)


キーワード:セラミックス基複合材料、炭化ケイ素繊維、ポリカルボシラン、放射線不融化
ceramic matrix composite, SiC fiber, polycarbosilane, radiation curing,
分類コード:010103

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