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作成: 1997/01/31 幕内 恵三

データ番号   :010015
天然ゴムラテックスの放射線加硫
目的      :天然ゴムラテックスの放射線加硫
放射線の種別  :ガンマ線,電子
放射線源    :Co-60、電子加速器(300keV,30mA), (250keV,10mA), (175keV,10mA),
線量(率)   :15 - 250kGy
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所のコバルト1棟、3号加速器
照射条件    :大気中、室温
応用分野    :ゴム手袋、カテ-テル、ゴム風船、ゴムチュ-ブ

概要      :
 天然ゴムラテックスの放射線加硫における未解決の問題点であった照射施設建設費のほか, 耐熱老化性や表面粘着性の改善法に関する最近の研究成果を解説するとともに、 タンパクアレルギ-に対する放射線加硫の有効性を紹介した。

詳細説明    :
  
 天然ゴムラテックスの放射線加硫は、ラテックスに放射線を照射して前加硫ラテックスを作製するプロセスである。放射線加硫では、ジチオカルバミン酸塩を使用しないため、1)発癌性のニトロソアミンが副成せず、2)製品には接触皮膚炎のおそれがない、などの特徴がある。実用化する上では,照射施設建設費がかさむほか、耐熱老化性や表面粘着性などの問題が残されていたが、最近これらの問題が解決された。また、ラテックスアレルギ-に対しても放射線加硫の有効性が示された。
  
 照射施設では、 低エネルギー電子線の利用で大幅に施設建設費を低減できる見通しが示された。低エネルギー電子線で大量のラテックスを照射するには、電子線の飛程よりも薄い層状のラテックスを連続的に照射する回転ドラム方式や撹拌装置の付いた照射容器による方式が放射線加硫に使用できる。両方式を比較すると、回転ドラム方式には連続照射ができるという実用上の利点があるが、照射中に発生するオゾンの除去対策が必要である。
  
 放射線加硫したラテックスからの製品の耐熱老化性が劣る原因として、天然ゴム中に存在した天然の老化防止剤が溶出するためであることが判明した。各種老化防止剤の効果が試験され、放射線加硫NRラテックスに適しているものとしてtris(nonylated phenyl)phosphite (TNPP)と2,5-di-tert-amylhydro quinone (DAHQ)が選ばれた。これらの老化防止剤の添加によって耐熱老化性が改善された。また、同時に放射線加硫ゴムは硫黄加硫のものよりも自然環境下で分解しやすいことがわかった。
  
 放射線加硫天然ゴムラテックスに限らず、天然ゴムラテックス製品の表面は、べとつくことがある。この粘着性のため、製品内部や製品間の付着の問題が起きる。この問題を解決するため種々の粘着防止剤が市販されている。しかしその効果は必ずしも満足のゆくものではなかった。ラテックス製品の製造工程には、リーチングという水洗工程がある。小規模の実験では、通常このリーチングは純水や希薄アンモニア水が用いられてきた。ところが、水道水でリーチングしたところ、ラテックスフィルムは粘着しないことを見出した。水道水は原研高崎研究所の水道水である。約 20分のリーチングで、レスカ製 TAC2で測定した粘着力は 80 から 20kgfに低下した。水道水の温度が高くなるほど短時間のリーチングで粘着力は低下する傾向が認められた。しかし、粘着力の低下にともなって表面のツヤは低下した。これは、ゴムフィルム表面に微粉末状の物質が付着したためであった。原研高崎研究所の水道水中含まれる無機物の分析表に基づき、含有無機物の単品を蒸留水に溶解し、そこに浸漬したゴムフィルムの粘着力を測定した。その結果、最も効果の認められたのは炭酸カルシウムであった。炭酸カルシウムの濃度の増加とともに粘着力が低下し、100 mg/l の濃度で粘着力が 20 kgf に低下した。ゴムフィルムに沈着した炭酸カルシウムは、室温から 50℃までの蒸留水では、1時間浸漬してもゴム表面から脱落せず、粘着力の低下は認められなかった。
  
 天然ゴムラテックス製品による即時型(I型)アレルギーは、天然ゴムラテックス製品に接触 5分〜数時間後に呼吸困難、じん麻疹などの症状が現れるもので、反応が強い場合、激しいショック症状を起こし、死亡することもある。このアレルギーは、天然ゴムラテックス中のタンパク質に起因するため、天然ゴムラテックス製品からのタンパク質の除去が緊急の研究課題となった。250 kGy まで放射線照射した天然ゴムラテックスのアレルギー応答性評価が、PCA 試験によって行われた。この試験は、抗原抗体反応による皮膚血管の透過性の高進を色素を用いて調べる試験法で、まず試料天然ゴムラテックスのしょう液(抗原)をマウスに投与して抗体(抗血清)を産出させる。この血清をラットに希釈率を変えて投与し、一定時間後抗原と色素とを投与する。抗原抗体反応が起きれば、色素斑が生じる。陽性反応を示した最大希釈率(Titer) で抗原性の強さを評価した。未照射天然ゴムラテックスのPCA 抗体値は、2 倍から16倍希釈であった。照射ラテックスでも、 2倍から32倍希釈のPCA 抗体値で、線量とPCA 抗体値との間に明確な関連は認めらず、線量に関係なくIgE 抗体の産生が認められた。一方、硫黄加硫天然ゴムラテックスのPCA 抗体値は32倍が4例、64倍が1例認められた。このことは、硫黄加硫の過程で抗体の産生が促進されることを示唆している。
  
 以上の結果、天然ゴムラテックスは放射線照射後も抗原性を示すが、その程度は硫黄加硫天然ゴムラテックスよりも弱いと結論された。一方、天然ゴムラテックスフィルム中の水溶性成分及び全窒素量に対する放射線照射の効果に関する研究では、照射によって水溶性成分が0.7 % から1.7 % に増加した。ゴムフィルム中の全窒素の定量結果では、未照射の原料天然ゴムラテックスからのフィルム中には重量で0.26 %の窒素が存在するが、20 kGy照射した天然ゴムラテックスからのフィルムのリーチング後の窒素分は0.06 %に減少した。このことはタンパク質や炭水化物、多糖類などの非ゴム成分が、放射線照射で分解もしくは遊離し、水溶性になったことを意味し、放射線加硫天然ゴムラテックス製品をリーチングすることにより、フィルムに残存するタンパク質の量を極めて少なくできることを示している。

コメント    :
 天然ゴムラテックスの放射線加硫の最近の進歩がまとめられている。

原論文1 Data source 1:
低エネルギー電子加速器による天然ゴムラテックスの放射線加硫
幕内 恵三、吉井 文男、武井 太郎*、木下 忍*、Feroza Akhtar**
日本原子力研究所 高崎研究所 〒370-12 群馬県高崎市綿貫町1233番地、*岩崎電気株式会社 産業機器事業本部 〒361 埼玉県行田市壱里山町 1-1、**バングラデシュ原子力委員会 原子力科学技術研究所 P.O.Box 3787, Savar, Dhaka, Bangladesh
日本ゴム協会誌, 69巻, p500(1996)

原論文2 Data source 2:
Aging properties of radiation vulcanized NR latex film
K. Makuuchi, F. Yoshii, M. Kokuzawa*, Samantha K**., Adul T.***,
日本原子力研究所 高崎研究所 〒370-12 群馬県高崎市綿貫町1233番地、* 不二ラテックス株式会社(〒328-03栃木県栃木市国分町150、**Atomic Energy Authority, 696 1/1 Galle Road, Colombo 3, SriLanka、***Princel of Songkla University, Hatyai, Songkla 90112, Thailand
Radiat. Phys. Chem., Vol 42, p237(1993)

原論文3 Data source 3:
Effect of immersion in tap water on the reduction of tackiness of the film prepared from radiation vulcanized natural rubber latex
M. E. Haque*, F. Yoshii, K. Makuuchi
*Institute of Nuclear Science & technology, Bangladesh Atomic Energy Commission, Dhaka, Bangladesh, Takasaki Radiation Chemistry Research Establishment, JAERI 1233 Watanuki, Takasaki, Gunma, Japan 370-12
Macromolecular Report, Vol A32(Suppl. 3) p249(1995)

原論文4 Data source 4:
放射線加硫天然ゴムラテックスのアレルギー応答性
幕内 恵三、吉井 文男、百武 健一郎、久米 民和、鈴木 健二*
日本原子力研究所高崎研究所 〒370-12 群馬県高崎市綿貫町1233番地、* 株式会社実医研 〒377-09 群馬県吾妻郡吾妻町花立3303番地
日本ゴム協会誌,68巻,4号,p263(1995)

参考資料1 Reference 1:
ガンマ線による天然ゴムラテックスの放射線加硫の進歩
幕内 恵三
日本原子力研究所 高崎研究所 〒370-12 群馬県高崎市綿貫町1233番地
放射線化学,60 号,p.17(1995)

キーワード:放射線加硫、天然ゴムラテックス、低エネルギー電子線、老化特性、粘着性、炭酸カルシウム、タンパクアレルギ-
radiation vulcanization, natural rubber latex, low energy electron beam, aging properties, tackiness, calcium carbonate, protein allergy,
分類コード:010104, 010204

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