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作成: 2000/02/14 山本 和高

データ番号   :030176
MRスペクトロスコピー、ケミカルシフトイメージングによる脳内代謝性物質の評価
目的      :脳内局所における代謝性物質の存在を非侵襲的に評価できるMRスペクトロスコピー(MR spectroscopy, MRS)、ケミカルシフトイメージングと、その臨床応用について紹介する。
応用分野    :脳病変の評価、前立腺癌の診断

概要      :
 原子核の共鳴周波数は周囲の電子の状態により、わずかに変化する。これをケミカルシフトと呼ぶ。正常脳組織の1H-MRSではN-アセチルアスパラギン酸、クレアチン、コリンのピークが認められ、梗塞や腫瘍では乳酸のピークが明瞭となる。脳変性疾患でも1H-MRSの有用性が報告されている。また、1H-MRSを画像化するケミカルシフトイメージも試みられている。


詳細説明    :
 原子核の共鳴周波数は静磁場強度に比例するが、同じ核でも異なる原子と結合しているとわずかに局所磁場が変化し、違った周波数でシグナルを出す。この共鳴周波数が異なる現象をケミカルシフトchemical shiftといい、ppmで表現する。MRスペクトロスコピー(Magnetic Resonance Spectroscopy; MRS) はこの性質を利用して物質を識別しようとする手法で、生化学の分野では1970年代から広く利用されている。1980年代以降、高磁場のMR装置の普及により、生体におけるMRS の研究が行われるようになった。MRSは31P、13C、19Fなど多くの核種を対象とすることができ、31PのMRSではATPなどの高エネルギーリン酸化合物を測定することにより、生体内でのエネルギー代謝を評価することも試みられているが、ここでは臨床に用いられている1.5T MRI装置を用いて測定できる1H(proton)のMRSについて紹介する。
 生体内では水に含まれる水素原子の量が圧倒的に多いので、通常1H-MRSのデータ収集では水抑制パルスを印加する。図1aは正常成人の脳組織から得られた1H-MRSで、2.01ppmにN-アセチルアスパラギン酸(N-acetylasparatate, NAA)、3.03ppm にクレアチン/クレアチンリン酸(creatine/phosphocreatine, Cr)、3.21ppmにコリン化合物(choline containing compounds, Cho)のピークが明瞭に認められる。NAAは正常成人では最大のピークを示しコリンの3倍程度である。脳以外の組織には存在せず、成熟した脳ではneuronに主に存在するneuronal markerとして用いられており、neuron、axonの損傷または減少を反映して、脳梗塞、腫瘍で低下する。クレアチンはATPを介した脳エネルギー代謝における無機リン酸の貯蔵庫を示すと考えられ、成人では比較的安定しているので、定性評価でNAA/Cr比、Cho/Cr比が用いられる。コリンは細胞膜の構成物質であり、腫瘍では細胞膜のturn overの亢進、多発性硬化症ではコリンの酸化物であるbetaineの増加により上昇する。スペクトルのピーク面積はその物質の量に比例するが、多くのパラメータに影響されるため絶対量を得ることは容易ではない。そのため、一般には各代謝物質の比で示す定性的評価が用いられている。図1bは膠芽腫(glioblastoma)の1H-MRSで、NAAやクレアチンのピークはほとんど見られず、コリンと著明な乳酸(lactate, Lac)の2峰性のピークが1.32ppmに認められる。乳酸のピークは正常脳組織ではみられないが、梗塞や腫瘍などの病変では上昇する。低分化型の脳腫瘍ほど乳酸ピークが増加しており、また、効果的な治療が行われると早期に乳酸ピークが低下するといった報告がある。


図1  脳の1H-MRスペクトル a. 正常成人の脳の1H-MRスペクトル。NAA、コリン、クレアチンのピークが認められ、NAAのピークが最も高い。 b. 膠芽腫の1H-MRスペクトル。NAA、クレアチンのピークは不明瞭で、乳酸の著明な2峰性のピークとコリンのピークが認められる。(原論文1より引用)


 乳児の脳の発達や脳の変性疾患においても1H-MRSが検討され、例えば多発性硬化症ではNAA/Cr比が有意に低下し、しかも、この変化はMRIでは病巣が描出できない部位においても認められる。図2は、アルツハイマー病の患者の基底核レベルにおいて1x1x1.5cmのvoxel 8x8=64個の1H-MRSから各々のピーク面積を計算し、その結果を画像化したもので、ケミカルシフトイメージ(CSI, Chemical Shift Image)と呼ばれる。NAAがコリンやクレアチンと同程度に表示され、相対的にNAAの低下が明らかである。基底核周囲での神経細胞の変性、脱落を示している。頭蓋骨に近い部分は脂肪組織の1Hの影響により良好なデータを得ることが困難である。


図2 アルツハイマー病患者の基底核レベルでのケミカルシフトイメージ。左からCho、Cr、NAA。NAAが相対的に低下しており神経細胞の変性、脱落がうかがわれる。(原論文2より引用)


 脳以外にも1H-MRSは応用され、前立腺にはクエン酸(Citrate; Cit)のピークが認められるが、前立腺癌ではノイズレベルで、前立腺肥大症との鑑別が可能という報告がある。

コメント    :
生体内の生化学的な代謝を非侵襲的に評価できるのは、これが唯一の方法である。しかし、水や脂肪の大きな信号を抑制し、できるだけ狭い領域から良好なスペクトルを短時間に得るためには、今後の装置、方法の改良、開発が不可欠と考えられる。またMRSの変化が、どのような病態を表しているのか、その臨床的有用性の検討も重要と思われる。

原論文1 Data source 1:
MR-スペクトロスコピーの現況
池平 博夫
千葉大学医学部放射線科
日獨医法 39(4): 618-634, 1994

原論文2 Data source 2:
脱髄・変性性脳病変のMRS オリーブ橋小脳萎縮症を中心に
木津 修、成瀬 昭二、古谷 誠一、山田 恵、池尻 守
京都府立医科大学放射線医学教室
臨床放射線 44(11): 1323-1330, 1999

参考資料1 Reference 1:
乳児脳の発達に伴う1H-MRSの変化と低酸素性虚血性脳症の診断
安藤 久美子、石蔵 礼一、森川 努、富永 了、高安 幸生、他
兵庫医科大学放射線科
臨床放射線 44(11): 1287-1294, 1999

参考資料2 Reference 2:
前立腺疾患のスペクトロスコピー
友井 正弘、吉田 正徳、松田 豪、石井 靖、斎藤 茂樹、岡田 謙一郎
福井医科大学放射線科、泌尿器科
臨床画像 11(10月増刊号): 181-187, 1995

キーワード:MRスペクトロスコピー(MR spectroscopy, MRS)、ケミカルシフトイメージング(chemical shift imaging, CSI)、アルツハイマー病(Alzheimer's disease)、脳腫瘍(brain tumor)
分類コード:

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