放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 1999/09/20 田山 達也

データ番号   :030173
放射線照射による輸血後移植片対宿主病の予防
目的      :輸血後移植片対宿主病の予防
放射線の種別  :エックス線,ガンマ線
放射線源    :X線、137Ce線源、60Co線源
線量(率)   :15-50Gy
利用施設名   :日本赤十字社血液センター
照射条件    :空気中
応用分野    :医学

概要      :
 輸血に伴う重篤な副作用に輸血後移植片対宿主病がある。この原因は輸血用血液中の供血者リンパ球が受血患者の体組織を攻撃することにある。供血者リンパ球を不活化すればこの副作用を防ぐことができる。このため、輸血用血液にX線やγ線を照射することが行われている。この照射は、現在、唯一の確実な予防法である。

詳細説明    :
 輸血後移植片対宿主病は、輸血に伴う重篤な輸血副作用である。通常の輸血においては、供血者のリンパ球は患者の免疫能によって排除されるが、骨髄移植患者や胎児・新生児等免疫不全状態にある場合、あるいは供血者と受血者の人白血球抗原が近似している場合等では、このリンパ球が排除されずに生着し、やがて増殖して全身の体組織を攻撃するに至る。輸血1〜2週間後に発熱・紅斑が出現し、肝障害、下痢、下血等の症状が続き、最後には骨髄無形成、汎血球減少症を呈して致死的な経過をたどる(図1)。日本人は民族的に単一性が高いために近似した人白血球抗原を持つ人が多く、世界的にみてもこの疾患の発生頻度が高い。


図1 輸血後GVHDの典型的な臨床経過(原論文4より引用)

 この疾患の治療法はまだ確立されてなく、その対策は予防に重点が置かれている。すなわち、輸血用血液に放射線を照射して供血者のリンパ球を不活化してから輸血する方法である。リンパ球は他の血液成分に比べて放射線感受性が高く、リンパ球にX線やγ線を照射すると、リンパ球はDNAが傷害されて分裂・増殖能を失い細胞死に至る。したがって、放射線を照射されたリンパ球は受血患者の体内で増殖できずに排除され、この疾患を発症することはない。この予防に必要な照射線量(血液が吸収する線量)は15Gy以上とし、また赤血球や血小板等の有効血液成分への傷害を最小限に抑えるために、その上限は50Gy程度が適当とされている。リンパ球の不活化の程度は、通常、混合リンパ球反応試験によって測定される。その結果を図2に示す。リンパ球が自己のDNA合成のためにチミジンを取り込む能力は、15GyのX線を照射することによって完全に抑制されている。


図2 X線照射による全血中のリンパ球の不活化(nは検体数)(原論文4より引用)

 赤血球はDNAを持たず、照射の影響は赤血球膜に現れる。放射線の照射により、赤血球膜の近傍で産生する水酸化ラジカル等の活性種は赤血球膜の流動化を傷害して膜に小孔を開ける。このため、赤血球内のカリウムが漏出し、血漿中のカリウム濃度は上昇する(図3)。通常の輸血においては、この上昇したカリウム濃度が問題となることはないが、カリウムの排泄・除去が困難な小児患者や腎不全患者への輸血では、高カリウム血症にならないよう注意を要する。


図3 X線照射後の上清カリウム濃度の経時変化(全血:採血後2日目に照射。nは検体数)(原論文4より引用)

 血小板は照射の影響を受けにくく、50Gy程度の照射ではその成分はほとんど影響されない。血漿蛋白も同様に影響されない。
 我が国では、平成10年に放射線照射血が医薬品としての製造承認を取得している。現在、日赤から供給される放射線照射血及び大学病院等で照射されている血液を合わせると赤血球製剤で50%以上、血小板製剤で80%以上の血液が照射されていると推定される。これからも、この疾患の予防を徹底させるために、放射線照射血の使用はより推奨されるものと思われる。
 放射線照射装置はγ線と比べて規制の緩やかなX線照射装置が繁用されている。X線とγ線の線種による照射効果の差はないが、X線が電磁波であり不均質である分、γ線の約2倍の照射時間を要する。線量当量はほぼ等しいと考えられる。X線照射装置では日立二方向X線照射装置MBR−1520A−TW(日立メディコ株)が、γ線照射装置ではIBL−437C血液照射装置(シーアイエスダイアグノスティック株)及び血液照射装置GAMMACELL(丸紅株)等が使用されている。X線照射装置の問題点は、X線管に寿命があり、600時間程度照射したら交換する必要があることである。一方、γ線照射装置は、セシウム137を線源としており、半減期は30年と長く半永久的に使用できるが、その取り扱いには主任者や設備等に厳しい規制が設けられている。また、核種の廃棄の問題もある。
        

コメント    :
 輸血用血液に放射線を照射する方法は、今日、輸血後移植片対宿主病を確実に予防できる唯一の方法である。

原論文1 Data source 1:
Bone-marrow Transplantation (First of two parts)
Thomas E.D, Storb R, Clift R.A, Fefer A, Johnson F.L, Neiman P.E, Lerner K.G, Glucksberg H, Buckner C.D
The New England Journal of Medicine、292(16), pp.832-843, 1975

原論文2 Data source 2:
The Effects of Irradiation on Blood Components
Button L.N, DeWolf W.C, Newburger P.E, Jacobson M.S, Kevy S.V
Transfusion、21(4), pp.419-426, 1981

原論文3 Data source 3:
輸血後移植片対宿主病の予防を目的とする血液製剤へのX線照射条件の検討
田山 達也、直原 徹、羽田 憲司、十字 猛夫
日本赤十字社中央血液センター
日本輸血学会雑誌、36(4), pp.510-516, 1990

原論文4 Data source 4:
輸血後移植片対宿主病を防ぐための輸血用血液の放射線照射について
田山 達也、山中 烈次
日本赤十字社
Isotope News、(534), pp.13-15, 1998

キーワード:輸血,Blood Transfusion,輸血副作用,Transfusion Reactions,輸血後移植片対宿主病,PT-GVHD(Post Transfusion-Graft Versus Host Disease),予防,prevention,放射線照射血,Irradiated Blood,リンパ球,lymphocyte,不活化,innactivation,高カリウム血症,hyperkalemia
分類コード:

放射線利用技術データベースのメインページへ