放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 2006/11/06 保倉明子

データ番号   :020265
放射光マイクロビームを用いた植物における重金属の蛍光X線イメージング
目的      :植物組織における元素マッピング手法の開発
放射線の種別  :エックス線(入射),エックス線(検出)
放射線源    :電子加速器(8GeV, 100mA)、電子加速器(2.5GeV, 250-350mA)
フルエンス(率):1-2x1013 /photons/s/mm2/100mA, 2-3x109 /photons/s/mm2/300mA
線量(率)   :計測せず
利用施設名   :高輝度光科学研究センターSPring-8、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所放射光科学研究施設
照射条件    :大気中
応用分野    :農業、環境浄化、植物機能

概要      :
 放射光X線マイクロビームを用いて、重金属集積植物における重金属の蓄積部位を組織および細胞レベルで明らかにした。本手法は、照射X線エネルギーを選択でき、高効率に励起が可能であるという特徴をもつ。1-3ミクロンレベルのX線マイクロビームを用いることで、特定の組織においてヒ素やカドミウムなどの重元素が蓄積している様子が明らかになった。

詳細説明    :
1.はじめに:
 最近、植物を用いる環境修復技術としてファイトレメディエーションが注目されている。これは植物が生育土壌から水や無機成分を摂取する力を利用して汚染土壌の改質を行う技術であり、対象の汚染が重金属元素の場合には、それらを植物体内に蓄積させることで、土壌の浄化を行うものである。しかし、これらの重金属集積植物が毒性元素を高濃度に蓄積する生理機構については未解明の点が多い。これは植物などの生体試料を非破壊で測定する手法が限られていたことが原因のひとつといえる。放射光X線を利用した分析はin vivo,in situ測定が可能であり、植物を生きたままの状態で測定できることから、生理機能を理解するうえで重要な知見を直接与えることが期待される。我々は、放射光マイクロビームを用いた蛍光X線分析と蛍光XAFS(X線吸収端微細構造解析)により、細胞レベルでこれら毒性元素の蓄積部位とその化学状態を明らかにし、その蓄積機構の解明を目的として研究を行っている。
 
2.試料および実験方法:
 試料として、ヒ素の超集積植物であるモエジマシダ(Pteris vittata L.)(図1)を用いた。この植物は栽培条件により、1,000〜10,000 ppmという高濃度でヒ素を蓄積することが知られている。またカドミウムの超集積植物として見出されたハクサンハタザオ(Arabidopsis halleri ssp. gemmifera)(図2)も実験に用いた。いずれも葉全体における元素分布測定では、葉をそのまま分析に供することで非破壊測定を実現した(図3)。
 
 一方、マイクロビーム測定にはスライサーで調製した切片試料を用いた。放射光測定は、高エネルギー加速器研究機構Photon FactoryのBL-4A、BL-12C、および高輝度光科学研究センターSPring-8のBL37XUで行った。BL-4AではK-Bミラーで5 μm程度に集光したX線を試料に照射し、試料ステージを走査して元素の蛍光X線2次元イメージングを行った。またBL-12Cでは、鉢で栽培した植物を生きたまま蛍光XANES測定に供して、植物の成長ステージおよび各部位におけるヒ素の化学状態分析を行った。一方、SPring-8 BL37XUでは、スパッタスライス法で作成されたフレネルゾーンプレートを用いることにより、従来の集光素子では難しかった高エネルギー(37 keV)X線のマイクロビーム化が実現し、Cd のKα線を検出して高感度なイメージングを行うことができた。


図1 モエジマシダ(Pteris vittata L.)



図2 ハクサンハタザオ(Arabidopsis halleri ssp. gemmifera



図3 蛍光X線2次元イメージング測定の様子

 
3.結果と考察:
 これらの実験を通して、ヒ素やカドミウムなどの毒性元素が細胞レベルでどこに蓄積されているのかを初めて明らかにすることができた。
 
 モエジマシダでは、ヒ素は羽片の辺縁部と老葉の先端にある枯死部分に多く分布していた(図4)。特にマイクロビームを羽片切片に適用することにより、羽片辺縁に位置する葉肉と胞子嚢の境において、特に特異的にヒ素が分布していることがわかった(図5)。カルシウムやカリウムが胞子嚢へ一様に分布していることと対照的である。
 
 またヒ素の蛍光XANES測定により、モエジマシダの葉柄部においては3価と5価のヒ素が共存しているのに対し、羽片ではほとんどのヒ素は3価で存在しており、中軸から羽片基部にかけてヒ素の価数の変化が観察された。このように土壌からシダに取り込まれたヒ素は5価から3価に還元されて、各器官に蓄積している様子が示された。
 
 一方、ハクサンハタザオに蓄積されたカドミウムは、葉の表面のトライコームに分布していることが初めて直接的に明らかとなった(図6)。図6にみられるようにカドミウムと亜鉛の分布には正の相関が見られる一方、カルシウムはトライコームの先端において高濃度に分布していることがわかった。


図4 異なる生長ステージにおけるモエジマシダ羽片の蛍光X線2次元イメージング (a)胞子をつけた若葉,(b)胞子をつけた成熟葉,(c)胞子嚢が弾けた後の老葉,(e)栄養葉.得られた蛍光X線強度を入射X線強度で規格化し、最大値を赤色で最小値を青色で示した.入射X線エネルギー:16.5 keV,ビームサイズ:200×200 μm2.Reproduced by permission of the Royal Society of Chemistry.(原論文1より引用)



図5 モエジマシダ成熟葉の切片における蛍光X線2次元イメージング (a)試料写真と測定範囲,(b)ヒ素の分布,(c)カリウムの分布,(e)カルシウムの分布.得られた蛍光X線強度を入射X線強度で規格化し、最大値を赤色で最小値を青色で示した.入射X線エネルギー:14.2 keV,ビームサイズ:3.5×5.5 μm2.Reproduced by permission of the Royal Society of Chemistry.(原論文1より引用)



図6 ハクサンハタザオのトライコームにおける蛍光X線2次元イメージング (a)SEM像,(b)試料写真と測定範囲,(c)カドミウムの分布,(d)亜鉛の分布,(e)ストロンチウムの分布,(f)カルシウムの分布.得られた蛍光X線強度を入射X線強度で規格化し、最大値を赤色で最小値を青色で示した.入射X線エネルギー:37.0 keV,ビームサイズ:3×3 μm2.(原論文2より引用)



コメント    :
 一般的に用いられているSEM-EDSでは、重元素に対する励起効率が低く、ヒ素やカドミウムなどの元素分布を得ることは難しい。これに対して、放射光X線マイクロビームでは、重元素を高感度に、かつ数ミクロンレベルの空間分解能で測定することが可能となる。このように放射光蛍光X線分析は植物中の重金属元素の非破壊2次元分析に大変適した手法であることから、重金属蓄積メカニズムの解明に今後広く活用されることであろう。

原論文1 Data source 1:
Arsenic distribution and speciation in an arsenic hyperaccumulator fern by X-ray spectrometry utilizing a synchrotron radiation source
Akiko Hokura1, Ryoko Onuma1, Yasuko Terada2, Nobuyuki Kitajima1,3, Tomoko Abe4, Hiroyuki Saito4, Shigeo Yoshida4, Izumi Nakai1
1Department of Applied Chemistry, Tokyo University of Science、2SPring-8, JASRI、3Fujita Co.、4RIKEN
Journal of Analytical Atomic Spectrometry: 21, 321-328(2006)

原論文2 Data source 2:
2-D X-ray Fluorescence Imaging of Cadmium Hyperaccumulating Plants by Using High-energy Synchrotron Radiation X-ray Microbeam
Akiko Hokura1, Ryoko Onuma1, Nobuyuki Kitajima1,2, Yasuko Terada3, Hiroyuki Saito4, Tomoko Abe4, Shigeo Yoshida4, Izumi Nakai1
1 Department of Applied Chemistry, Tokyo University of Science、2Fujita Co.、3SPring-8, JASRI、4RIKEN
Chemistry Letters:35(11), 1246-1247(2006)

キーワード:放射光、マイクロビーム、イメージング、超集積植物、モエジマシダ、ハクサンハタザオ、重元素、ヒ素, カドミウム、化学形態、元素分布
synchrotron radiation, microbeam, imaging, hyperaccumulator, Pteris vittata L.,Arabidopsis halleri ssp. gemmifera, heavy element, arsenic, cadmium, chemical speciation, elemental distribution
分類コード:020303, 020304, 020501

放射線利用技術データベースのメインページへ