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作成: 2004/09/17 日出間 純

データ番号   :020238
イオンビームによるイネの紫外線(UVB)耐性・感受性変異体
目的      :突然変異体を利用した植物の紫外線耐性機構の解明と耐性植物の作出
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :AVFサイクロトロン(320MeV, 0.36pnA)
線量(率)   :20-200Gy
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所TIARA
照射条件    :大気中
応用分野    :農学、放射線生物学研究、植物生理学、植物育種学

概要      :
イネ(Oryza sativa L.)・ササニシキの乾燥種子にイオンビーム(320 MeV:12C6+)80 Gyを照射して得られたM2種子から、紫外線(UVB)耐性・感受性を示す変異体を選抜した。得られた変異体は、これまで指摘されているUVB耐性に関わる因子に変異は認められないことから、新規のUVB耐性遺伝子資源の発見が期待される。

詳細説明    :
 紫外線(UVB)量の増加は、イネの生育・収量のみならず、玄米の大きさや玄米中のタンパク質含量も変化させる。したがってUVB耐性植物育種に関する研究は、今日の地球環境問題(成層圏オゾン層破壊に伴う紫外線UVB量の増加)のみならず、今まさに地球外環境へと生活の場を求める人類にとって、緊要な課題である。イネを材料としたこれまでの解析結果から、(1)UVB耐性には、2つ以上の劣性の主働遺伝子が関与している、(2)主要因子の一つとして、UVB誘導DNA損傷(シクロブタン型ピリミジン二量体[CPD]及び(6-4)型光産物)を修復する光回復酵素(CPD photolyase)があげられることなどが分かってきたが、他の主要因子(遺伝子)に関しては、不明である。遺伝子実験技術、全ゲノム解読が進展する今日、他の主要因子の探索を含め、UVB耐性機構の全容を解明するための手段の一つとして、UVB耐性・感受性変異体を用いた変異原因遺伝子の解析があげられる。これまでに主としてアラビドプシスを材料に、エチルメタンスルホン酸(EMS)処理やイオンビームによりUVBに耐性・感受性を示す興味深い突然変異体が選抜されている(表1)。

表1 紫外線耐性・感受性突然変異体
植物 変異体名 変異原 特徴
UV感受性変異体
アラビドプシス「Landsberg」
アラビドプシス「Landsberg」
アラビドプシス「Landsberg」
アラビドプシス「Columbia」
アラビドプシス「Columbia」
アラビドプシス「Columbia」

uvr1
uvr2
uvr3
uvs
tt4, tt5
rev3-1

EMS
EMS
EMS
EMS
EMS
イオンビーム(C)


(6-4)光産物暗修復活性欠損
CPD光回復酵素活性欠損

(6-4)光産物光回復酵素活性欠損
UV吸収物質(フラボノイド)欠損
UV吸収物質(フラボノイド)欠損

誤りがちな損傷乗り越え複製関連酵素欠損
UV耐性変異体
アラビドプシス「Columbia」
アラビドプシス「Columbia」

uvt1

uvi1

EMS
イオンビーム(C)


UV吸収物質(フラボノイド)増加

CPD光回復酵素活性、(6-4)光産物暗
修復酵素活性増加
 しかしながら、植物におけるUVB耐性機構は、植物種間で異なり、アラビドプシスで指摘された耐性遺伝子資源全てが必ずしもイネを含む他の植物に応用できない事が指摘されている。従って、種々の植物種におけるUVB耐性・感受性を示す変異体の選抜とその解析が重要である。
 イオンビームによるイネのUVB超耐性・感受性突然変異体の選抜
 紫外線抵抗性を示し、CPD光回復酵素活性が高い日本型品種ササニシキの乾燥種子の胚に、イオンビーム(320 MeV:12C6+)を0-200Gyで照射し、ササニシキの超耐性・感受性変異体を選抜するために、まず変異体誘発のための適正線量を、発芽率、生存率、生育率、稔実率に及ぼす影響を指標に検討した。その結果、生存率約95%、生育率約85%、稔実率約66%と、照射の影響が確実に見られ、種子を安定に確保することができる80 Gyがササニシキの突然変異体作出には最適であると判断した。
 次に、80Gy照射M1世代の種子約4500系統から獲得したM2種子を材料に、UVB耐性・感受性を示す変異体の選抜を行った。選抜は、root bending assay法によって行った(図1)。


図1 紫外線抵抗性・感受性突然変異体の選抜方法(root bending assay)、および選抜された系統

 プラスチックプレート内の1.5%寒天培地に、M2世代の種子(1系統当たり20粒)を胚が上部に向くように播種し、播種後ただちに2日間明所で生育させた。その後プラスチックプレートを開放した状態でUVB光(UVB蛍光管:FL 20 SE、東芝)を、約1.3 W/m2で2時間連続照射した。この強度は、ササニシキの根の伸長が約50%阻害される条件である。UVB照射後、照射前とプラスチックプレートの向きを変え、照射前の向きを90度回転させた状態で4日間明所で生育させた。4日後、根の曲がった部分からの長さを測定し、根の伸長が野生株と比較して、2 cm以上長い個体を耐性、半分またはそれ以下の個体を感受性として選抜した。3次スクリーニングを終了した時点で、野生株ササニシキよりも耐性を示す変異体8系統、感受性を示す変異体10系統を選抜した。


図2 付加UVB条件下で35日間生育した野生株ササニシキとUVB感受性を示した変異体(uvs-Sa1)(原論文7より引用)

 これら選抜された系統のうち、UVB感受性を示した系統(uvs-Sa1:図2)、および耐性を示した系統(uvt-Sa3)は、CPDおよび、もう一つのUVB誘発DNA損傷である(6-4)光産物の光回復酵素活性、さらにUV吸収物質(フラボノイド類)の蓄積量には野生株のササニシキと有意な差は認められなかった。従って、これらuvs-Sa1uvt-Sa3の変異原因遺伝子は、UVB抵抗性・感受性に関わる新規なものである可能性が強く示唆された。現在選抜された各変異体の変異原因遺伝子の探索を行っており、今後の解析の進展が楽しみである。

コメント    :
従来のガンマ線やEMS処理は、染色体DNA上に多数の変異を誘発するため、得られた変異体の変異原因遺伝子の解析に、多大な労力と時間を要した。一方、イオンビームは大きい線エネルギーが局所的に付与するため、比較的少数の領域に転座等の変異を誘発し、変異スペクトルも広いことから、変異体を用いた生物の機能解析にも大変有効な変異体誘発法である。また、様々な植物のゲノム解析が進展している今日において、変異原因遺伝子の解析には、ゲノム情報を利用した種々の解析(DNAマーカーの利用や、DNAマイクロアレー解析等)が可能となった。今後はこれまで以上に、変異体を利用した解析が進展し、植物が有する、知られざる能力を発見し、利用することが可能になるであろう。

原論文1 Data source 1:
Photorepair mutants of Arabidopsis
C-Z. Jiang, J. Yee, D.L. Mitchell, A.B. Britt
Section of Plant Biology, University of California, USA
Proceedings of National Academy of Sciences, 94, 7441-7445(1997)

原論文2 Data source 2:
Severe sensitivity to ultraviolet radiation in an Arabidopsis mutant deficient in flavonoids accumulation
R. Lois1, B.B. Buchanan2
1Biological Science, California State University, USA, 2Plant Biology, University of California, USA
Planta, 194, 504-509(1994)

原論文3 Data source 3:
Arabidopsis flavonoids mutants are hypersensitive to UV-B irradiation
J. Li, T-M. Ou-Lee, R. Raba, R.G. Amundson, R.L. Last
Boyce Thompson Institute for Plant Research, Tower Road, NY, USA
Plant Cell, 5, 171-179(1993)

原論文4 Data source 4:
Disruption of the AtREV3 gene causes hypersensitivity to ultraviolet B light and γ-rays in Arabidopsis: implication of the presence of a translesion synthesis mechanism in plants
A. Sakamoto, V.T.T. Lan, Y. Hase, N. Shikazono, T. Matsunaga, A. Tanaka
日本原子力研究所高崎研究所
Plant Cell, 15, 2042-2057(2003)

原論文5 Data source 5:
An Arabidopsis mutant tolerant to lethal ultraviolet-B levels shows constitutively elevated accumulation of flavonoids and other phenolics
K. Bieza, R. Lois
Biological Science, California State University, USA
Plant Physiology, 126, 1105-1115(2001)

原論文6 Data source 6:
An ultraviolet-B-resistant mutant with enhanced DNA repair in Arabidopsis
A. Tanaka, A. Sakamoto, Y. Ishigaki, O. Nikaido, G. Sun, Y. Hase, N. Shikazono, S. Tano, H. Watanabe
日本原子力研究所高崎研究所
Plant Physiology, 129, 64-71(2002)

原論文7 Data source 7:
イネの紫外線耐性機構の解明−イオンビームを利用して獲得したUVB感受性変異体の解析
日出間純1、高橋祐子1、山本充1、長谷純宏2、坂本綾子2、田中淳2、熊谷忠1
1東北大学大学院生命科学研究科、2日本原子力研究所高崎研究所
第13回TIARA研究発表会要旨集、pp 136-137(2004)

参考資料1 Reference 1:
UV radiation-sensitive Norin 1 rice contains defective cyclobutane pyrimidine dimer photolyase
J. Hidema, T. Kumagai, B.M. Sutherland
東北大学大学院生命科学研究科
Plant Cell,12, 1569-1578 (2000)

参考資料2 Reference 2:
Biological effects of carbon ion on rice (Oryza sativa L.)
J. Hidema1, M. Yamamoto1, T. Kumagai1, Y. Hase2, A. Sakamoto2, A. Tanaka2
1東北大学大学院生命科学研究科、2日本原子力研究所高崎研究所
JAERI-Review 2003-033, TIARA Annual Report 2002 pp 85-87

キーワード:イネ、紫外線B、紫外線B耐性、紫外線B感受性、DNA損傷、DNA修復、シクロブタン型ピリミジン二量体、光回復酵素、突然変異、紫外線耐性植物育種
rice, ultraviolet-B radiation (UVB), UVB-resistance, UVB-sensitivity, DNA damage, DNA repair, cyclobutane pyrimidine dimer, photolyase, mutant, breeding of UVB-resistant plant
分類コード:020101, 020304, 020501

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