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作成: 1999/12/20 長谷川 博

データ番号   :020177
高等植物においてガンマ線照射により生じる突然変異セクターの大きさ
目的      :放射線照射により生じる突然変異セクターの大きさの評価とその消長の解析
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Co
線量(率)   :原論文1:5000, 8000rad (100rad/s)、原論文2:6000R  (50〜80Gy相当)
利用施設名   :原論文1: University of Stockholm, Sweden,原論文2: Laboratorio per le Applicazioni dell'Energia Nucleare in Agricoltura, C.N.E.N., Casaccia, Italy
照射条件    :空気中
応用分野    :植物育種、植物形態学研究

概要      :
多細胞である種子や栄養系に放射線照射を行った結果生じる突然変異セクターの大きさとその消長について、オオムギの種子照射とグラジオラスの球茎照射のケースを紹介する。オオムギの種子照射では変異セクターの大きさは小花の葯レベルから穂全体まであること、グラジオラスの球茎照射では突然変異が生じた細胞と生じていない細胞の間で成長力に差異があることが明らかになった。

詳細説明    :
突然変異の誘発を目的として種子や球根に放射線照射を行った場合、突然変異を生じた細胞に由来する細胞群が突然変異セクターとして1植物体内に存在する。その結果、照射植物はキメラとなる。生じたキメラの大きさは種子繁殖植物でも栄養繁殖植物の場合でも突然変異体の選抜効果に大きな影響を及ぼすので、その大きさと消長を把握しておくことが必要である。
原論文1はオオムギの種子にガンマ線照射とEMS処理を行った場合に生じるM1個体の穂の突然変異セクターの大きさをWx遺伝子座の突然変異を指標として評価したものである。Wxよりwxの突然変異を生じた場合、この形質は花粉で検出可能であるのでM1植物の葯の花粉をヨード・ヨードカリ染色で調査した。その結果、突然変異セクターの大きさは、突然変異がたった1個の葯にだけ検出される場合から、穂全体の葯にみられる場合までの差異がみられた(wx突然変異が生じたとき、ひとつ葯内の突然変異型花粉の出現頻度は50%である)。高線量区においては種々の大きさの突然変異セクターが生じたが、低線量区では小さな突然変異セクターがより多く生じることが認められた。ガンマ線照射とEMS処理を比較した場合、ガンマ線照射はEMS処理に比べて大きな突然変異セクターが生じることが認められた(図1)。


図1  Distribution of different sizes of sector. The lower doses give smaller sectors.(原論文1より引用)

得られた結果より処理強度と突然変異セクターの大きさを推定する式を導き、穂を形成する始原細胞数の推定を行った。突然変異原の差異、処理の強度の差異により、突然変異セクターや始原細胞数が異なることは、突然変異誘発のメカニズムや細胞致死効果が関係していると考えられる。葯内で突然変異花粉の分離頻度が数%と著しく低い場合があり、これは突然変異遺伝子、変異が生じた細胞に何らかの淘汰が作用していることを示唆している。本実験ではさらに葉緑素突然変異の1穂における分離比についても検討し、wx突然変異の場合と同様の結果を得ている。
原論文2はグラジオラスの球根に6000Rのガンマ線を照射した後に、屋外条件(11-22.5℃)とガラス室内(屋外より栽培初期では5℃、栽培後期では1℃温度が高かった)で栽培し、植物体の成長と小花にみられる花色変異を調査したものである。屋外での栽培は初期成長を遅らせたが、屋外、ガラス室栽培ともに著しい照射障害は認められなかった。花色変異が現れた個体の頻度はガラス室栽培区では約76%、屋外栽培区では約64%であった。花序の小花ごとに花色の変異を調べたところ、変異の出現頻度は花序の下の部分の小花で高く、花序の上の部分になるにつれて低くなった。出現頻度の低下程度については栽培方法の違いにより差異があった。ガラス室栽培区では下位の小花における出現頻度が高く、上位になるにつれて急激に低下した。一方、屋外栽培区では下位の小花における出現頻度は低かったが、低下率は低く上位の小花では出現頻度がガラス室栽培区よりも高くなった(図2)。


図2  Frequencies of induced colour changes per flower order (from bottom to top) in gamma ray treated Gladiolus plants grown under different cultural conditions.(原論文2より引用。 Reproduced from Radiation Botany Vol.10: 531-538, Fig.1(p.534), M.Buiatti, S.Baroncelli, R.Tesi and P.Boscariol, The effect of environment on diplontic selection in irradiated Gladiolus corms; Copyright(1970), with permission from Elsevier Science.)

栽培区の差異は変異セクターの現れかたに関しても見られ、屋外栽培区ではガラス室栽培区よりも大きなセクターがみられた(図3)。


図3  Mean sector areas per flower order (from bottom to top) in gamma ray treated Gladiolus plants grown under different cultural conditions.(原論文2より引用。 Reproduced from Radiation Botany Vol.10: 531-538, Fig.4(p.535), with permission from Elsevier Science.)

以上の変異の出現頻度と変異セクターの大きさに関する差異は、突然変異が生じない細胞は突然変異細胞より成長力が優れていること(体細胞淘汰、diplontic selection)により説明可能である。温度が高いガラス室栽培区では突然変異が生じていない細胞の成長力が大きく、突然変異を生じた細胞が生き残れる頻度が低下したため、花序の上位小花での変異の出現頻度の減少と変異セクターの矮小化が生じたと考えられる。なお、両栽培区とも下から5番目までの小花まで小花当たりの変異セクターは一定であり、それより上位では上になるほどセクターサイズが大きくなる傾向が認められた。

コメント    :
実際の突然変異育種の場において、M2集団の大きさを決定したり、キメラ解消技術の導入を決定するためには、突然変異セクターの大きさ、始原細胞数を考慮する必要がある。収録した2論文はオオムギとグラジオラスという異なる繁殖様式をもつ植物を扱っているが、基本原理は同じである。またキメラの消長の解析は植物形態形成研究にも重要な役割をはたしている。

原論文1 Data source 1:
The size and appearance of the mutated sector in barley spikes
Dag Lindgren, Gosta Eriksson and Katarina Sulovska
Department of Forest Genetics, Royal College of Forestry, Stockholm and Institiute of Biochemistry, University of Stockholm. Sweden
Hereditas 65: 107-132.

原論文2 Data source 2:
The effect of environment on diplontic selection in irradiated Gladiolus corms
M.Buiatti, S.Baroncelli, R.Tesi and P.Boscariol
Institute of Genetics and Institute of Horticulture of the University, Pisa, Italy
Radiation Botany 10: 531-538

キーワード:ガンマ線、EMS、種子、球茎、突然変異、キメラ、突然変異セクター、始原細胞、体細胞淘汰、オオムギ、グラジオラス、モチ突然変異、花色
gamma-ray,EMS, seed, corm, mutation, chimera, mutated sector, initial cell, diplontic selection, barley, Gladiolus, waxy mutation, flower color
分類コード:020101, 020501

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