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作成: 1999/11/29 小田 好博

データ番号   :190029
硝酸ウラニル錯体の電子状態解析
目的      :アクチニド化合物への量子化学計算法の適用
研究実施機関名 :動力炉・核燃料開発事業団核燃料技術開発部先端技術開発室
応用分野    :錯体化学、アクチニド化学

概要      :
 相対論的分子軌道法DV-DSを用いて、硝酸ウラニル錯体([UO2(NO3)2(TBPO)2]、 [UO2(NO3)2(TBP)2]、[UO2(NO3)2(TMPO)2]、[UO2(NO3)2(H2O)2])の電子状態を計算した。その結果、中心にあるウランとそれぞれの配位子は共有結合的を形成し、配位子の置換能力と配位子の配座側酸素原子の有効電荷との間に密接な関係のあることが示された。また、配位子中のアルキル基の大きさによって結合の強さが変わることも示された。
 

詳細説明    :
 核燃料再処理工程において、溶媒抽出は最も重要な技術の1つである。そのため、これまでに非常に多数の抽出溶媒の設計に関する研究が行われてきた。しかしながらこれらの研究開発では経験的要素によって行われることが多く、錯体の構造や安定性について理論的に研究される機会が少なかった。そこで再処理工程において最も基本的な錯体である硝酸ウラニル錯体について、相対論的分子軌道法(Discrete-Variational Dirac-Slater Molecular Orbital Method)を用いて電子状態を計算し、その電子論的物性について解析を行った。
 
 硝酸、あるいは塩酸中のウラニルについてTBP等の配位子の置換能力が調べられており、TBPO > (BuO)Bu2PO > (BuO)2BuPO > TBP > (H2N)2CO > CH3CONH2 > H2Oが知られている。しかしながらこれらの配位子の配位子置換能力について、あるいはTMP、TEP、..., TBP配位におけるアルキル基の影響についての理論的な解析はされていない。そこでこれらの錯体について量子化学的な解析を目指して分子軌道計算を行った。なお、ここでは以下の略記法を使う。TBP: Tri-n-Butyl Phospate(リン酸トリブチル)、TBPO: Tri-n-Butyl Phosphine Oxide、TMP: Tri-Methyl Phosphate、TEP: Tri-Ethyl Phosphate、TPP: Tri-Prophyl Phospate、Bu: Butyl。


図1 Configuration of [UO2(NO3)2L2]. (原論文1より引用。 Reprinted with permission from Elsevier Science, Copyright 1997.)

 計算に用いた配位子の構造を図1に示す。基本的な部分は結晶構造から採用し、明確にあらわされていない部分については、半経験的分子軌道法プログラムMOPAC93を用いて単量体について最適化した構造を用いた。H2O配位ではウラニルを主軸とするD2h、他の配位子ではウラニルを主軸とするC2v対称性を仮定した。TBP等の配位子をもつ錯体の結晶構造は、中心のウラン原子とそれら配位子の結合が直線ではないことを示しているが、ここでは直線的に結合すると仮定した。また分子軌道計算ではスレーターのXαポテンシャルを用い、全ての原子に対してα=0.7とし、18,000以上のDVサンプル点を使用し、価電子のエネルギー準位について0.1eV以内の精度になるようにした。また、ボンド・オーヴァーラップ・ポピュレィションはマリケンのポピュレィション解析法を用いて計算した。

表1 The effective charges of ligands monomer calculated by MOPAC93 (PM3). (原論文1より引用。 Reprinted with permission from Elsevier Science, Copyright 1997.)
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   H2O      TBP   (BuO)2BuPO   (BuO)Bu2PO   TBPO    TMP     TEP     TPP     TtBP    TtBPO
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O  -0.359  -0.779  -0.806       -0.830     -0.847  -0.782  -0.780  -0.780  -0.752  -0.817
P          +2.183  +2.075       +1.949     +1.803  +2.173  +2.183  +2.183  +2.218  +1.700
O          -0.641  -0.625       -0.602             -0.635  -0.642  -0.641  -0.657
R*         +0.173  +0.162       +0.150             +0.171  +0.174  +0.173  +0.168
R  +0.179          -0.343       -0.334     -0.319                                  -0.294
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R* is in (OR) and R links P atom directly.H2O is C2v symmetry,TBP,TBPO,TMP,TEP,TPP,
TtBP and TtBPO C3v symmetry,(BuO)2BuPO and (BuO)Bu2PO Cs symmetry.
 MOPAC93によって得られた各中性配位子の配座側酸素原子の有効電荷を表1に示す。この表から、同じブチル基を持つ配位子でも、リン原子とブチル基をつなぐ架橋酸素原子の存在によって、配座側酸素原子の有効電荷が大きく変化することがわかる。配座側酸素原子の有効電荷の大きさは配位子の置換能力の順序に一致しており、配座側有効電荷の大きさが置換能力に関係しているといえる。一方、アルキル基をメチル、エチルと替えてもブチル基の場合と比べて配座側酸素原子の有効電荷に大きな変化は現れず、アルキル基の大きさは配位子の置換能力に寄与しないといえる。

表2 The bond overlap population for [UO2(NO3)2L2] calculated by the relativistic DV-DS method. (原論文1より引用。 Reprinted with permission from Elsevier Science, Copyright 1997.)
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            TBPO    TBP    TMP   H2O
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U1=O1[UO2]  0.585  0.554  0.591  0.690
U1-O2[NO3]  0.199  0.168  0.183  0.199
            0.152  0.159  0.155
U1-O3[L]    0.387  0.310  0.265  0.203
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 表2にDV-DS法で計算したウランと各配座側酸素原子間のボンド・オーヴァーラップ・ポピュレィションを示す。この表から中性配位子についてはH2Oとウラン原子の結合が最も弱く、以下、TMP、TBP、TBPOとなることがわかる。表1と上記の議論から、TMPとTBPは配座側酸素原子の有効電荷の大きさがほぼ同じであるため、同じ程度の強さで結合していると予想されたが、計算では異なる結果を得ている。これは、錯体中では配位子側からウラニル側へ電荷が移動しているのだが、TMPではアルキル基が小さいために十分な電荷の移動を行えず、その分電荷の移動が結合に有効に働かないことを示している。つまりアルキル基の大きさは配位子の置換能力には影響しないが、錯体の安定性に大きく寄与しているといえる。
 
 以上の結果から、配座側原子の有効電荷の大きさと配位子内のアルキル基の大きさは錯形成において重要な役割を演じているといえる。
 

コメント    :
 アクチニド元素を含む化合物への分子軌道法の適用は難しく、このように大きな錯体の計算についてはあまり例がない。今回の報告により相対論的分子軌道法 DV-DS を用いてアクチニド錯体の安定性について電子論的立場から十分な議論が行えることが示された。
 

原論文1 Data source 1:
Discrete-variational Dirac-Slater calculation of uranyl (VI) nitrate complexes
Yoshihiro Oda(1), Hideyuki Funasaka(1), Yuuji Nakamura(2), Hirohiko Adachi(3)
(1)Power Reactor and Nuclear Fuel Development Corporation, (2)CSK, (3)Kyoto University
Journal of Alloys and Compounds 255 (1997) pp. 24-30.

参考資料1 Reference 1:
J.J.P. Stewart
MOPAC93 Manual Revision Number 2, Fujitsu Limited (1993).

参考資料2 Reference 2:
平野 恒夫, 田辺 和俊 編
分子軌道法MOPACガイドブック - 3訂版, 海文堂 (1998).

キーワード:相対論的分子軌道法、硝酸ウラニル錯体
Relativistic Molecular Orbital calculation, uranyl nitrate complex
分類コード:190202

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