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作成: 1999/02/11 笠原 直人

データ番号   :190010
原子力プラントの熱過渡現象に対する熱流動・構造統合解析コードの開発
目的      :原子力プラントの効率的な耐熱過渡設計法の開発
研究実施機関名 :核燃料サイクル開発機構 大洗工学センター
応用分野    :原子力プラント設計、原子炉構造設計、原子炉プラント健全性評価、プラント余寿命評価

概要      :
 高速炉機器の熱過渡荷重に対する解析評価は、熱流動と構造に関する複数コードを逐次用いた膨大な作業であった。このため、従来の設計法は、経験に基づき条件を設定し、最低1回の解析評価により成立性を確認するものであった。本研究では、繰り返し解析によって熱過渡荷重に対する最適構造を探索する、効率的な熱過渡設計法を実現するため、プラント全体の熱過渡現象を同時に高速で解析する熱流動・構造統合解析コードを開発した。

詳細説明    :
 軽水炉や化学プラント等の通常の高温機器の支配荷重が圧力であるのに対し、高速炉は沸点が高く加圧不要で熱伝導率の大きい液体金属ナトリウムを冷却材に使用するため、プラント温度変化に伴う熱過渡荷重が支配荷重となる。熱過渡荷重は、プラント状態変化に伴う冷却材温度変化、冷却材に接する構造の温度応答、および熱応力の発生からなる複雑現象(図1)によって生じ、荷重が繰り返されると構造材料が損傷を受ける。


図1 Complex thermal-fluid-structure phenomena in nuclear plants. (原論文7より引用。 Reprinted from Data source 7 below with permission from ASME.)

 このため、高速炉機器の熱過渡荷重に対する設計は、
 
  ・系統全体の熱過渡解析(動特性) → ・機器内部の熱流動解析(内部熱過渡)
  → ・構造の熱伝導解析 → ・構造の熱応力解析 → ・強度評価
 
という多数のステップを経て行われる。これまで、各ステップの解析はそれぞれ独自に開発されたコードが用いられており、入力データの作成、データの受け渡しが煩雑であり、一連の解析には多大な時間を要していた。そのため、各解析ステップの条件を種々変更して最適な組み合わせを見出すことは現実的に不可能であり、設計者が経験に基づいて設定した条件(熱過渡条件、構造の形状など)の成立性の確認に留まっていた。
 
 本研究では、繰り返し解析によって熱過渡荷重に対する最適構造を探索する、効率的な熱過渡設計法を実現するため、プラント全体の熱過渡現象を同時に高速で解析する熱流動・構造統合解析コードを開発した。オブジェクト指向技術では、プログラムモジュール(オブジェクト)同士が、メッセージの交換だけで必要な機能を相互に呼び出し合いながら連携処理が行なえる特徴がある。これを利用し冷却材の熱流動計算プログラム、構造の熱応力計算プログラム、および材料の強度計算プログラムに対して、各プログラムをオブジェクト(モジュール)化し、オブジェクト間のメッセージ通信によりこれらを協調させることによって、統合解析を行うオブジェクト指向解析コードPARTS を開発した。
 
 PARTSコードの実装技術としては、複雑システムを視覚的に理解し、特別な知識を必要とせずにシステムの自由な組み替えを行なえるように、コンポーネントウェアの考え方を採用した。すなわち、図2に示すように過渡熱応力計算に必要な熱流動計算プログラム(PARTS-FLOW)、構造の熱応力計算プログラム(PARTS-STRESS)、および材料の強度計算プログラム(PARTS-DS)をビジュアルな標準部品(コンポーネント)としてカタログに用意しておき、画面上で、部品の特性を入力し、自由に組み合わせることにより、連携計算を行なう。ここでアイコンで表示した各計算部品の実体は、オブジェクト指向言語Smalltalkで記述された完全に独立なプログラムモジュールである。


図2 Graphical user interface of the PARTS code. (原論文7より引用。 Reprinted from Data source 7 below with permission from ASME.)

 オブジェクト指向プログラムの実行はメッセージ通信等に時間がかかるため、通常のプログラムに比べて速度の点で不利となる。このため、計算負荷の重い熱応力の解析を既存の有限要素法からGreen関数法に変更することにより計算速度の向上を図った。Green関数法は与えられた構造の単位ステップ温度変化に対する応力応答特性(Green関数)を一度求めれば、任意の熱過渡条件に対する応答を高速に計算出来る特徴を有する。これを設計に適用する場合、新規構造に対するGreen関数の評価に時間がかかることが課題となった。そこで、既存の構造のGreen関数をニューラルネットワークに学習させ、類似の構造の応答特性を高速に推論することによってこの問題を解決した(図3)。


図3 Thermal transient stress analysis based on Green function predicted by Neural Network. (原論文7より引用。 Reprinted from Data source 7 below with permission from ASME.)

 熱流動・構造統合解析コードPARTSによって、高速炉プラントの概念設計段階において、システムの熱過渡現象の繰り返しシミュレーション解析をベースとした設計成立領域の探索が可能となった。核燃料サイクル開発機構で設計研究を行った高速炉プラントの原子炉トリップ時の原子炉出口配管ノズルに生じる熱応力の履歴をPARTSと既存の有限要素法で計算した結果、PARTSコードによる計算時間は有限要素法の1/100以下であったにも係らず、必要十分な精度の結果が得られた。

コメント    :
 原子力プラントの熱過渡現象のような複雑現象を、複数の計算部品の連携によりトータルに解析する研究が活発になりつつある。これはオブジェクト指向や並列計算といった計算科学の基盤技術の発展に支えられている。

原論文1 Data source 1:
Simulation of Combined Macro/Mesoscopic Structural Behaviors Based on Distributed Object Model
Naoto Kasahara
Power Reactor and Nuclear Fuel Development Corporation
International Symposium on Parallel Computing in Engineering and Science (ISPCES'97) Jan. 27-28, 1997, Tokyo

原論文2 Data source 2:
オブジェクト指向過渡熱応力リアルタイムシミュレーションコードPARTS (1) プロトタイプの設計
笠原 直人、井上 正明
動力炉・核燃料開発事業団 大洗工学センター
日本機械学会、第8回計算力学講演会講演論文集 (1995)

原論文3 Data source 3:
オブジェクト指向過渡熱応力リアルタイムシミュレーションコードPARTS (2) 熱流動計算サブシステムの開発
井上 正明、笠原 直人
動力炉・核燃料開発事業団 大洗工学センター
日本機械学会、第9回熱工学シンポジウム講演論文集 (1996)

原論文4 Data source 4:
オブジェクト指向過渡熱応力リアルタイムシミュレーションコードPARTS (3)構造物温度・応力応答計算部品の開発
笠原 直人、井上 正明
動力炉・核燃料開発事業団 大洗工学センター
日本機械学会、第9回熱工学シンポジウム講演論文集 (1996)

原論文5 Data source 5:
オブジェクト指向による高温構造設計基準自動評価システムの開発 (1) クラスライブラリの作成
笠原 直人
動力炉・核燃料開発事業団 大洗工学センター
日本機械学会、材料力学部門講演会講演論文集 (1996)

原論文6 Data source 6:
ニューラルネットワークによるGreen 関数予測を用いた過渡熱応力高速計算法
笠原 直人、吉川 信治
動力炉・核燃料開発事業団 大洗工学センター
日本機械学会、第9回計算力学講演会講演論文集 (1996)

原論文7 Data source 7:
Object Oriented Design Procedure for Nuclear Components Against Thermal Transient Stress
Naoto Kasahara and Masaaki Inoue
Power Reactor and Nuclear Fuel Development Corporation
ASME, PVP-Vol. 360, Pressure Vessel and Piping Codes and Standards (1998)

キーワード:高速炉、熱過渡、熱流動、熱応力、材料強度、統合解析、オブジェクト指向
fast breeder reactor, thermal transient, thermal hydraulic, thermal stress, material strength, total simulation, object oriented
分類コード:190101, 190201, 190303

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