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作成: 1997/11/21 笠原 直人

データ番号   :190002
原子力用構造物のミクロからマクロまでのトータルシミュレーション
目的      :原子力プラントの熱流動構造の統合解析
研究実施機関名 :動力炉・核燃料開発事業団 大洗工学センター
応用分野    :原子力プラント設計、原子炉構造設計、原子炉プラント健全性評価、プラント余寿命評価

概要      :
 オブジェクト指向技術を使用して、原子力プラントの複雑な熱過渡現象を、冷却材温度計算コード、構造温度応答計算コード、構造応力応答計算コードをメッセージ通信により協調させながら、トータルにシミュレーションするPARTSコードを開発した。また、プラント機器等の巨視的モデルと材料の微視的構造モデルといった異なるメッシュモデルを結合して、並列計算を行うミクロからマクロまでのFEMシミュレーション技術を開発した。
 

詳細説明    :
 軽水炉や化学プラント等の通常の高温機器の支配荷重が圧力であるのに対し、高速炉は沸点が高く熱伝導率の高い液体金属ナトリウムを冷却材に使用するため、プラント温度変化(熱過渡現象)に伴う過渡熱応力が支配荷重となる。このため、高速炉を実用化させるにはプラント熱過渡現象の正確な予測と、それに基づく過渡熱応力を最小化するための構造および運転法を設計する必要がある。熱過渡現象は複雑であるため、システムレベル、構造物レベル、および材料組織のレベルでスケールに応じて、異なるモデルやプログラムを使用して評価する必要がある(図1)。従来の解析法は、個別のコードを組み合わせた多大な労力が必要であったため、最適解の探索にそのまま使用するのは困難であった。
 
 本研究では、システムレベルと構造物レベルを連携させて解析を実行する、過渡熱応力リアルタイムシミュレータ、および構造物レベルから材料組織までの連結計算を行うミクロからマクロまでのFEMシミュレーション技術の2つ解析手法を開発した。


図1 原子力プラントの熱過渡現象とトータルシミュレーション

 従来の過渡熱応力評価法では、系統動特性コード、多次元熱流動解析コード、構造非定常熱伝導コード、静的応力解析コード、および強度評価コードによる逐次計算が必要であるため、1ケースに数ヶ月かかることもあり、解の探索には使用できなかった。このため、先ず各構造物の形状を過去の経験等に基づいて決定し、詳細設計段階では成立性を確認する方法がとられていた。しかしながら、プラント基本形状は概念設計段階で決まる要素が多く、抜本的な設計の改善には、設計上流過程における解析精度の向上が不可欠である。特に、過渡熱応力は現象が複雑なため、設計者の経験や勘が働きにくく、解の探索に十分な速度と使い易さを備えた解析ツールが重要である。
 
 PARTSコードはこうした要求に答えるものであり、過渡熱応力の評価を、冷却材計算部品PARTS-FLOW、構造計算部品PARTS-STRESS、および材料強度計算部品PARTS-DSの連携により、高速かつ柔軟に実行するものである。実際の設計では、概念設計段階から詳細設計段階までPARTSコードと従来型の詳細コードを組み合わせながら過渡熱応力の評価を行う。
 
 本プログラムの開発においては、複雑システムを視覚的に理解し、特別な知識無しでもシステムの自由な組み替えを行なえるように、コンポーネントウェアの考え方を採用した。すなわち、過渡熱応力計算に必要な計算コードをビジュアルな標準部品(コンポーネント)としてカタログに用意しておき、図2に示すようにワークベンチ(PARTS-WORKBENCH)上で、部品の特性を入力し、自由に組み合わせることにより、連携計算を行なう。ここでアイコンで表示した各計算部品の実体は、オブジェクト指向言語で記述された完全に独立なプログラムモジュールである。


図2 過渡熱応力リアルタイムシミュレーションコード PARTS の画面

 機器構造といったマクロなスケールの構造解析には通常は連続体モデルを使用し、解析の結果として応力とひずみの分布を得る。これに対して、実際の破損現象は材料の微視組織に依存した複雑現象であるため、精密な評価を行うには、き裂、空孔、および析出物等を考慮したミクロモデルが必要とされる。強度評価精度を上げるためには、ミクロモデルをそのまま大規模化し、構造解析を行なうことが考えられる。しかし、規模が大きくなりすぎ、計算不可能となる。また、強度評価を必要とするのは応力の高いごく限られた領域であるため、他の大部分の計算結果は無駄になってしまう。そこで、応力の高い部分だけをズームアップして、ミクロモデルによる計算を行うことが考えられる。ここで、問題となるのは、マクロモデルとミクロモデルではモデル自体が異なり、同じFEMをベースとした場合でも、ミクロモデルの要素分割はマクロモデルに比べて細かく、そのままでは接続できないことである。
 
 このため、本研究では各解析モデルをインターフェースプログラムで包みこむことによりオブジェクト化し、メッシュモデルに依存しない、抽象化した境界条件を取り出す仕組みを考えた。この手法を検証するために、片持ちはりの長軸方向を粗メッシュ部とファインメッシュ部に領域分割し、有限要素法解析を行った(図3)。これにより、ミクロモデルとマクロモデルは、抽象化した境界条件のメッセージ通信により簡単に連携することが可能になる。本方法は各モデルを異なるCPU上に置くことにより、領域分割法の考え方を利用した並列計算に発展させることが容易であり、大規模計算への応用が期待される。


図3 片持ちはりの応力分布。長軸方向を粗メッシュ部とファインメッシュ部に領域分割した有限要素法解析(A)と従来方式のもの(B)(C)との比較 

 

コメント    :
 原子力プラントの熱過渡現象のような複雑現象を、複数のコード連携によりトータルに解析する研究が活発になりつつある。これはオブジェクト指向や並列計算といった計算科学の基盤技術の発展に支えられている。
 

原論文1 Data source 1:
Parallel Finite Element Simulation of Combined Macro/Mesoscopic Structural Behaviors Based on Distributed Object Model
Naoto Kasahara
Power Reactor and Nuclear Fuel Development Corporation
International Simposium on Parallel Computing in Engineering and Science (1997).

原論文2 Data source 2:
オブジェクト指向過渡熱応力リアルタイムシミュレーションコードPARTS (1) プロトタイプの設計
笠原 直人,井上 正明
動力炉・核燃料開発事業団 大洗工学センター
日本機械学会、第8回計算力学講演会講演論文集 (1995).

原論文3 Data source 3:
オブジェクト指向過渡熱応力リアルタイムシミュレーションコードPARTS の開発 (2) PARTS-FLOW の開発
井上 正明,笠原 直人
動力炉・核燃料開発事業団 大洗工学センター
日本機械学会、第9回熱工学シンポジウム講演論文集 (1996).

原論文4 Data source 4:
オブジェクト指向過渡熱応力リアルタイムシミュレーションコードPARTS の開発 (3)構造物温度・応力応答計算部品の開発
笠原 直人,井上 正明
動力炉・核燃料開発事業団 大洗工学センター
日本機械学会、第9回熱工学シンポジウム講演論文集 (1996).

原論文5 Data source 5:
オブジェクト指向による高温構造設計基準自動評価システムの開発 (1) クラスライブラリの作成
笠原 直人
動力炉・核燃料開発事業団 大洗工学センター
日本機械学会、材料強度部門講演会講演論文集 (1996).

原論文6 Data source 6:
ニューラルネットワークとGreen 関数法による過渡熱応力高速計算法
笠原 直人,吉川 信治
動力炉・核燃料開発事業団 大洗工学センター
日本機械学会、計算力学講演会講演論文集 (1996).

原論文7 Data source 7:
繰返し有限要素法解析を用いた構造物非線形挙動の体系的評価法の開発
笠原 直人
動力炉・核燃料開発事業団 大洗工学センター
日本原子力学会誌 Vol. 39, No. 5 (1997) pp. 343-346.

キーワード:構造解析、熱応力、熱過渡、微視的、有限要素法、並列計算、オブジェクト指向
structural analysis, thermal stress, thermal transient, mesoscopic, finite element analysis, parallel calculation, object oriented
分類コード:190101, 190203, 190303

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