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作成: 2000/03/02 熊谷 寛

データ番号   :180024
ルチル型TiO2の原子層成長
目的      :「水の窓」域軟X線用高反射率多層膜用結晶の作製
研究実施機関名 :理化学研究所レーザー物理工学研究室
応用分野    :X線顕微鏡分野、軟X線光学素子分野、軟X線ビーム走査技術分野

概要      :
 X線顕微鏡のターゲット波長である「水の窓」域などでは表面粗さによる散乱損失が極めて深刻な問題になっている。このような問題を解決する高性能多層膜構造を作製する新しいアプローチとして、原料ガスの吸着過程に現れる「自動停止機構」を利用する原子層成長法に着目し、「水の窓」域軟X線用高反射率多層膜構造に必要なルチル型TiO2の原子層成長を試みた。その結果、ルチル型TiO2の原子層成長に成功した。
 

詳細説明    :
 耐熱性の良い軟X線多層膜として、TiO2/VO2超格子多層膜を提案した。軟X線多層膜としてのTiO2/VO2超格子多層膜を作製するためには、それぞれ互いに単結晶となり、かつガスの吸着過程に「自己停止機能」が生ずる作製条件が必要になる。TiO2の結晶成長の例はあるが、原子層成長は初めての試みである。
 
 TiO2結晶膜の作製には、材料ガスとして四塩化チタンと過酸化水素の両蒸気を用いた。基板には、作製する薄膜との結晶の整合性を考えて、Al2O3(1120)、Al2O3(0001)、MgO(100)、MgF2(100)、Si(111)を用いた。
 
 作製したTiO2単層膜の結晶性をX線回折(XRD)(Cu-Kα線(0.154051nm)、加速電圧45kV、電流40mA)で得られるスペクトルから解析した。作製時の基板温度400℃ー600℃で、Al2O3(1120)基板上に作製したTiO2薄膜のXRDスペクトルを図1に示す。400℃で作製したTiO2薄膜では、基板であるAl2O3(1120)格子面の強い回折ピークの他に、36.2°、38.4°にピークが見られた。解析から、この2つのピークはそれぞれルチル型TiO2(101)、(200)格子面による回折ピークであることが判明した。基板温度を400℃から500℃、600℃と高くすると、ルチル型TiO2(101)の回折ピークはより鋭く強度も高くなるのに対し、ルチル型TiO2(200)の回折ピークは小さくなり、見られなくなった。この測定結果から、400℃で多結晶であったTiO2薄膜は、600℃以上の高温でAl2O3(1120)基板に対し、エピタキシャルに成長することがわかった。
 
 また、MgO(100)基板上に450℃-550℃で成膜したTiO2薄膜のXRDスペクトルを図2に示す。450℃では、結晶格子面に関するはっきりとしたピークは見られず、アモルファスに近い状態になっていると考えられる。500℃、550℃で成膜した薄膜では、48.3°に鋭い回折ピークが見られた。このピークはアナターゼ型TiO2(200)格子面に相当する。この測定結果より、550℃以上の高温で、MgO(100)基板にアナターゼ型TiO2がエピタキシャル成長したと考えられる。一方、Al2O3(0001)基板上に600℃で成膜したTiO2薄膜では、図3に示したように、基板であるAl2O3(0001)の回折ピークとともに、38.62°、39.62°に2つのピークが見られた。この2つのピークはそれぞれアナターゼ型(004)とアナターゼ型(112)またはルチル型(200)である可能性が高く、アナターゼ型とルチル型が混在している多結晶になっている可能性もある。またSi(111)基板やTiO2と同じルチル構造をもつMgF2(格子定数:a=0.4623nm、c=0.3052nm)上に作製したいずれの場合も多結晶となっていることがわかった。


図1 Al2O3(1120)基板上に成膜したTiO2薄膜のXRDスペクトル。 XRD spectra of TiO2 thin films on Al2O3(1120) substrate.



図2 MgO(100)基板上に成膜したTiO2薄膜のXRDスペクトル。 XRD spectra of TiO2 thin films on MgO(100) substrate.



図3 Al2O3(0001)基板上に成膜したTiO2薄膜のXRDスペクトル。 XRD spectrum of TiO2 thin films on Al2O3(0001) substrate.

 次にガス供給サイクルあたりの成長速度を、膜厚とサイクル数の関係から求めた。600℃のAl2O3(1120)基板上に作製したTiO2薄膜の成長速度のガス圧依存性を調べた。成長速度はガス圧の増加とともに増加し、2x10-4Torr以上でガス圧によらずほぼ一定になった。すなわちこのガス圧領域で自己停止機能が働いたものと思われる。1サイクルあたりの成長速度は、約0.08nm/cycleで、ルチル(101)面に垂直な結晶格子の高さ(monolayer:ML)の1/3であった。1回のガス供給で1MLのTiO2が成長しないのは、TiO2の原子層成長において、吸着分子間の立体障害が考えられる。結果として、立体障害による成長速度の低下は伴うが、原子層成長が実証できた。これにより新しいTiO2を用いた超格子型X線多層膜への道が開けた。
 

コメント    :
 当該技術は従来のスパッタリング技術と異なり、大面積に均一に堆積でき、その場で観察することなく原子層成長が実現できる。
 

原論文1 Data source 1:
原子層堆積/成長法による軟X線多層膜ミラーの新展開
熊谷 寛
理化学研究所
レーザー研究、第25巻、第5号、355(1997)

キーワード:軟X線ミラー、多層膜、酸化チタン、ルチル、原子層成長、表面化学反応、水の窓
soft x-ray mirror, multilayer, titan oxide, rutile, atomic layer epitaxy, surface chemical reaction, water window
分類コード:180201、180104

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