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作成: 2000/01/24 関口 哲弘

データ番号   :180023
吸着分子と基板との界面結合状態の観測
目的      :表面分子と基板間の界面結合強度に関する分析手法探索と解明 
研究実施機関名 :日本原子力研究所関西研究所、高エネルギー加速器研究機構放射光研究施設
応用分野    :半導体表面分析、機能性材料表面分析

概要      :
 放射光X線励起により放出される電子や脱離イオンを検出し、それらの信号量をX線励起エネルギーの関数として測定することにより、表面吸着種と固体基板との間の界面相互作用、界面結合が観測できるかどうかを検討した。その結果、電子を検出とした場合に比較して、脱離イオンを検出した場合の方が、表面状態の変化を敏感に観測できることがわかった。
 

詳細説明    :
 一般に10eV以上の電子線やX線が固体に照射されると固体表面から種々の陽イオン種が放出されることが知られており、光刺激脱離と呼ばれている。最近の研究により放出されるイオンは表面層の高々数層からのみ生じることがわかり、この現象を応用することにより非常に表面感度の高い分析が可能になると期待されている。更に、ハロゲン原子の場合内殻電子軌道が励起されると励起されたハロゲン原子と基板との化学結合が顕著に切れ、陽イオンハロゲン原子として放出される。興味深いことに放射光を利用すればX線のエネルギーを変えることにより分析したいハロゲン元素を選らぶことができる。
 
 また更に、結合が切断されイオンとして固体表面から真空中へ放出される際、固体表面における吸着分子の化学結合方向を保持したまま放出されることが実験および理論の両面から明らかにされている。イオン脱離分析法は最表面層に関する新しい分子構造決定手法として期待されている。
 本研究においては、脱離イオン分析法が表面感度が高いことに着目し、種々の異なった表面状態をもつ試料について、吸着分子と固体表面との間の界面相互作用、界面結合が観測できるかどうかを検討した。
 
 具体的には種々の異なった吸着層厚みを持つ試料を作成し、脱離イオンの質量分析スペクトル、イオン収量のX線励起スペクトルを測定し、通常行われている電子収量測定によるX線吸収スペクトルとの比較を行った。表面状態は吸着層厚みに応じて大きく変化するとが期待できる。即ち、低吸着量領域では吸着分子と下地基板との間の強い相互作用(界面結合)が大いに反映されると期待される。そして吸着量の増加にともない、最表面の吸着分子とその下層の分子固体との間の弱い相互作用(分子間結合)が観測されるようになり、スペクトルが変化すると期待できる。
  
 試料吸着系として銅単結晶基板に一分子層から数十分子層吸着した三メチルモノフッ化珪素分子を用いた。X線光源としては放射光を用い、珪素1s電子励起領域について電子検出法によるX線吸収スペクトル及び脱離イオン検出法による脱離イオン収量スペクトルの測定を行った。


図1 Mass spectra of desorbed ions from Si(SH3)3F/Cu(111) with various coverage conditions following the Si K-edge excitation. The layer thicknesses (dose condition) are (a) 〜1ML(0.01 Torr., 5s); (b) 〜3ML(0.01 Torr., 10s); (c) 〜15ML(0.01 Torr., 15s). The energy of the X-ray is tuned at 1842.1eV which corresponds to the Si 1s→σ*Si-F resonance.(原論文1より引用。 Reproduced from Surface Science 1999; 433-435, 849-853, Fig.2(p.851), Tetsuhiro Sekiguchi and Yuji Baba, Adsorbate-Substrate Interaction in Photofragmentation of Trimethylsilylfluoride (Si(CH3)3F) Physisorbed on Cu(111) Following Si K-Shell Excitation, Copyright(1999), with permission from Elsevier Science. )

 脱離イオンの質量分析を種々の分子層厚みをもつ試料で行った結果、結果としてつぎのような顕著な違いが見られた。一分子層のみ吸着した試料からはH+, F+, CH3+ といった比較的軽いイオンのみが脱離するのに対し、数分子層吸着した場合はSiX2+ (X=CH3, F)といった比較的重いイオンが顕著に放出されるようになり、更に、数十分子層吸着させるとSiX3+ の脱離が顕著になった。この結果は一般的に観測されるものとよく類似している。ただし、同一装置で、系統的に試料表面状態を変化させることにより、実験を行った例は少ない。一般に表面分子と基板との相互作用が大きいと重いイオン種は脱離量が減少する。上記の結果は一分子吸着層では吸着分子と基板との強い結合により、生じたイオンが電荷中性化を受けたためと解釈されている。また数分子吸着層以上では最表面とその下の分子固体との弱い結合に変ったため、いろいろな重いイオン種が放出されるようになったと考えられている。
 
 また、一分子吸着量から18分子吸着量におけるF+ イオン収量のX線励起スペクトルを観測し、比較した。一分子層と十数分子層ではスペクトルは非常に異なる。スペクトル形状は励起分子の分子軌道理論を用いて解析される。その結果は吸着分子と基板が強い相互作用を持つ時、その強さに応じて、スペクトル形状が吸収スペクトルから逸脱するというものであった。以上の実験結果は脱離イオン種を分析することにより、表面状態の違いを明瞭に分析できることを示している。尚、同様の分子層厚みの変化範囲で測定したX線吸収スペクトルにはほとんど変化が見られなかった。この違いは脱離イオン分析が表面感度が非常に高いことを示している。
 

コメント    :
 本研究の応用としては例えば、ある材料にある種の化学薬品をコーティングし、材料とコーティング剤の界面状態を何らかの分析手段により知りたい場合を想定する。例えば、ある(重い)イオン種の脱離収量を種々の材料表面について比較することにより、その界面結合強度の指標が得られると考えられる。これは既存の確立した分析手法であるFT-IRなどと相補的なデータを供給できると期待される。
 
 また、近年盛んに技術進歩が見られる半導体表面上に担持したバイオチップの製造技術において生物関連分子と担持する基板との界面結合強度を如何にモニターし、その強度の指標を如何にして得るかといった問題が表面科学の分野でとりざたされている。本研究で示した手法は上記のような材料の界面分析に応用できると期待される。
 

原論文1 Data source 1:
Adsorbate-Substrate Interaction in Photofragmentation of Trimethylsilylfluoride (Si(CH3)3F) Physisorbed on Cu(111) Following Si K-Shell Excitation
Tetsuhiro Sekiguchi and Yuji Baba
Japan Atomic Energy Research Institute
Surface Science,433-435,pp.849-853(1999)

キーワード:光刺激脱離法、放射光、吸着、フッ化三メチルシリル、Inner-shell electron excitation, Photon-stimulated desorption, Synchrotron radiation, Adsorption, Trimethylsilylfluoride (Si(CH3)3F)
分類コード:180203, 180206

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