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作成: 2000/01/24 馬場 祐治

データ番号   :180022
銅単結晶基板上に単層および多層吸着した四塩化炭素分子における内殻電子励起による分解イオンの脱離
目的      :X線励起による化学反応過程の解明
研究実施機関名 :日本原子力研究所関西研究所、高エネルギー加速器研究機構放射光研究施設
応用分野    :半導体表面改質、表面機能性材料開発、放射線化学プロセス

概要      :
 内殻電子励起の局在性を利用した分子はさみ実現の可能性を探るため、銅単結晶基板に吸着した種々の厚みの四塩化炭素分子の塩素1s電子励起によるイオン脱離挙動を調べた結果、厚い吸着分子では、内殻電子励起の選択性が弱められるが、一層だけ吸着した系では、内殻電子励起により軽いイオンだけを選択的に脱離させることが可能であり、これを利用した表面改質が可能となることがわかった。
 

詳細説明    :
 X線を分子や固体に照射すると内殻軌道電子の励起によって反応が起こる。特にエネルギー可変の放射光照射では、内殻軌道電子を価電子帯領域の特定の空いた軌道へ共鳴的に励起できるので、特定の元素や結合部分だけに励起状態を作ることができる。このような内殻電子励起の性質をうまく利用して、分子内の特定の結合部分を選択的に切断したり、表面から脱離させたりすることは分子はさみ(あるいは分子メス)と呼ばれており、光化学反応プロセスによる新しい表面改質手法として大いに注目されている。このような研究は、気相の孤立分子系と固体表面(吸着系、凝縮系など)の双方の系において並行して進められてきた。
 
 気相分子と比較した場合、固体表面における反応では、内殻励起状態が直接引き起こす反応(一次過程)と、内殻励起後に発生する光電子、オージェ電子、散乱電子、蛍光X線などにより誘起される副次的な反応(二次過程)が混在する。前者が主であれば、局在励起を利用した分子はさみが実現する可能性があるが、後者が主になると、励起状態が非局在化してから反応が起こるため初期励起の局在性という内殻電子励起の特徴が薄められてしまう。例えば、吸着系や凝縮系の場合、吸着層が充分に薄ければ吸着分子自身から発生する電子による二次過程の効果は避けられるが、厚い層では当然二次過程による反応が主となることが予想できる。そこで本研究では内殻電子励起における一次過程と二次過程を明確にし、将来の分子はさみ実現のための基礎データを提供することを目的とし、吸着層の数を正確に制御した系において、内殻電子励起による反応過程を調べた。


図1 Mass spectra of desorbed ions from adsorbed CCl4 at various film thickness following the Cl1s → σ* resonant photoexcitation (hυ=2824.8eV). The number of layers indicated in each column was precisely determined by TPD measurements.(原論文1より引用。 Reproduced from Surface Science 1998; 402-404, 115-119, Fig.1(p.116), Y.Baba, K.Yohsii and T.A.Sasaki, Desorption of fragment ions from mono- and multilayered CCl4 on Cu(100) by inner-shell photoexcitation, Copyright(1998), with permission from Elsevier Science.)

 対象とした系は銅単結晶基板に吸着した四塩化炭素分子の塩素1s電子の励起によるイオンの脱離である。放射光のエネルギーを塩素1s電子のイオン化エネルギー付近(2825 eV)に合わせ、脱離イオンの質量分布を測定したところ、300層吸着した多層膜では、原子イオン(Cl+ )だけでなく、分子イオン(CCl3+)の脱離も観測された。しかし、1層だけ吸着した薄膜の場合、脱離イオン種は原子イオン(Cl+ )のみであった。質量スペクトルの吸着層依存性から、分子イオン(CCl3+)の脱離は2層吸着分子からすでに起こることが明かとなった。次に脱離イオン強度の照射エネルギー依存性を測定した。その結果、単層および多層膜における原子イオンの脱離は、塩素1s電子を価電子帯のシグマ軌道に共鳴的に励起した時にのみ起こることがわかった。一方、多層膜における分子イオンの脱離は、表面層から放出される二次電子の強度に比例して、種々の励起エネルギーで起こることが明かとなった。
 
 以上の結果に基づき、次の様に反応機構を考察した。塩素1s電子をシグマ軌道に励起すると、シグマ軌道に電子が留まったまま、オージェ過程が起こる(これを傍観型オージェ過程という)。このシグマ軌道は反結合性が強いため、炭素と塩素の速い結合解裂が起こり、塩素イオンが脱離する。一方、銅表面上に一層だけ吸着した系では、炭素と塩素の結合解裂により分子イオンも脱離しようとするが、分子イオンは重いため、表面から離れる途中で金属表面の伝導電子によりイオンの中和が起こってしまい脱離しない。以上の事実から、一般論として、次のことが言える。分子はさみによる表面改質を考えた場合、厚い吸着分子では、二次電子の影響により脱離が起こるため、内殻電子励起の選択性が弱められる。しかしながら金属表面に一層だけ吸着した系では、内殻電子励起により軽いイオンだけを選択的に脱離させることが可能であり、これを利用した表面改質が可能となる。
 

コメント    :
 
 

原論文1 Data source 1:
Desorption of fragment ions from mono- and multilayered CCl4 on Cu(100) by inner-shell photoexcitation
Y. Baba, K. Yohsii and T.A. Sasaki
Japan Atomic Energy Research Institute
Surface Science,402-404,pp,115-119(1998)

キーワード:内殻励起、光刺激脱離、放射光、吸着、四塩化炭素、Inner-shell electron excitation, Photon-stimulated desorption, Synchrotron radiation, Adsorption, Tetrachloromethane
分類コード:180203, 180206

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