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作成: 1999/12/01 岩井 荘八

データ番号   :180013
レーザーアブレーション法による軟X線多層膜ミラーの作製
目的      :軟X線領域での多層膜ミラー作製法の開発
研究実施機関名 :理化学研究所半導体工学研究室
応用分野    :X 線顕微鏡、X 線レーザー、X 線望遠鏡、X 線リソグラフィ

概要      :
 Ti の吸収端を利用した Ti/Cr 多層膜のミラーを、KrF エキシマレーザー(波長 248 nm)を用いたレーザーアブレーション法によって作製した。レーザー照射強度の最適化によって多層膜界面粗さの小さな多層膜を得た。14 周期の Ti/Cr 多層膜の反射率を入射角 76.6 度で測定した結果、波長 2.95 nm での反射率は18.5 % であった。界面粗さを含めた反射率の計算値と比較することによって、粗さは約 0.3 nm と推定された。
 

詳細説明    :
 軟 X 線を用いる装置の開発に伴って直入射型ミラーの必要性が高まり、直入射ビームに対しても高い反射率が期待できる多層膜ミラーの研究が行われている。使用する波長に適した材料の選択、およびそれらの材料を組み合わせた多層膜ミラーの反射率の計算が光学定数に基づいて行われてきた。本実験では、「水の窓」領域の波長 3 nm 近傍での多層膜ミラーを目的として Ti/Cr の組合せを選び、KrF エキシマレーザーを用いたレーザーアブレーション法によって Ti/Cr 多層膜を作製した。


図1 Ti/Cr 多層膜ミラーの周期数に対する反射率の計算値 (注:Wavelength の単位 A = 0.1 nm)。入射角 (1) 74度、(2) 47度、(3) 13度。(原論文1より引用)

 Si 基板上に積層した Ti/Cr 多層膜ミラー(Ti:Cr = 1:1)で多層膜界面の粗さが無い場合、波長 2.74 nmの Ti の吸収端における反射率の計算結果を 図 1に示した。異なる 3 つの入射角について層数に対する反射率の増加を示したもので、直入射 (入射角 0) に近い軟X線に対して高い反射率を得るためには多くの層数が必要であることが分かる。直入射ビームに対しても界面の粗さが無視できる場合には 50 % 程度の反射率が予測されることから、Ti/Cr 多層膜は「水の窓」領域の波長 3 nm 近傍での高効率な軟 X 線ミラーが期待できる。


図2 レーザーアブレーション法による Ti/Cr 多層膜ミラー作製用真空チャンバーの概略図。(原論文1より引用)

 Ti/Cr 多層膜の作製は、KrF エキシマレーザー(波長 248 nm)を用いたレーザーアブレーション法によって行った。図 2 に示したように、真空チャンバー内の回転台に置いた Ti、および Cr ターゲットにレーザー光(パルス幅 20 ns、20 Hz)を直径約 0.5 mm に集光し、Ti と Cr を交互に照射してアブレーションさせ、10 rpm で回転する Si 基板上(室温)に多層膜を堆積させた。Si 基板の表面粗さを AFM (Atomic Force Microscope)を用いて測定した結果、その実効値σ(rms) は約 0.12 nm であった。また、レーザー強度 2.5 J 程度で膜厚 30 nm 堆積した Ti および Cr の薄膜の表面粗さを測定した結果、Ti では σ = 0.25 nm、Crではσ = 0.15 nm であった。レーザーアブレーション法では、レーザー強度を弱くして微粒子の発生を抑えることによって表面平坦性の良好な薄膜が作製できることが分かった。


図3 入射角 76.6 度で測定した 14 周期 Ti/Cr 多層膜ミラーの反射スペクトルと理論値。(原論文2より引用)

 軟 X 線反射率の測定は、分子科学研究所の UVSOR 施設の BL-5B ラインを使用して行った。図 3 は周期長 6.7 nm で 14周期積層した Ti/Cr 多層膜を、入射角 76.6度で測定した反射スペクトル、および計算値を示す。波長 2.95 nm での反射率の測定値は 18.5 % である。界面粗さが無い場合、波長 2.95 nm での反射率の計算値は 20 % で、Ti の吸収端の波長 2.74 nm で計算した反射率と比較すると約 0.6 に低下する。また、界面粗さに対する反射率の減少を計算した結果との比較から、作製した多層膜の界面粗さは 0.3 nm であることが見積もられた。
 
 このように、Ti の吸収端を利用し「水の窓」領域の波長 2.95 nm において計算値に近い反射率が得られた。平坦性の良い薄膜を得るには、レーザー強度を最適化して微粒子の発生を抑えることが重要である。これによって多層膜界面の粗さを 0.3 nm 程度まで抑えることが出来、レーザーアブレーション法が軟 X 線多層膜ミラーの作製に有効な方法であることを示した。また、レーザー照射の場合には荷電粒子によるスパッタリングのような材料の伝導性に対する制限が無いために、利用できる材料の自由度も大きい。
 

コメント    :
 レーザーアブレーションによる薄膜の堆積速度がレーザー強度に大きく依存する。平坦な界面を得るためには堆積速度を遅くする必要があるために、直入射型ミラーに必要な周期数の多い多層膜ミラーを作製するには、長時間安定なレーザーが要求される。
 

原論文1 Data source 1:
パルスレーザー堆積法による軟 X 線多層膜ミラーの作製
岩井 荘八、石井 真史、小室 修二、長 恵子、小舘 香椎子、青柳 克信
理化学研究所 半導体工学研究室
レーザー科学研究 (理化学研究所)、第 19号, p. 10-12 (1997).

原論文2 Data source 2:
パルスレーザー堆積法による軟 X 線多層膜ミラーの設計と作製
長 恵子、岩井 荘八、小舘 香椎子
日本女子大学 理学部数物科学科
日本女子大学紀要、理学部 第 7号, p. 15-22 (1999).

キーワード:軟X線 Soft X-ray、水の窓領域 Water window region、多層膜ミラー Multilayer mirror、Ti/Cr多層膜 Ti/Cr multilayer、レーザーアブレーション Laser ablation、KrFエキシマレーザー KrF excimer laser、堆積速度 Deposition rate、界面粗さ Interface roughness、反射スペクトル Reflectivity spectrum、
分類コード:180104、180201、180303

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