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作成: 1998/12/15 熊谷 寛

データ番号   :180009
短周期Al2O3/TiO2多層膜軟X線ミラーの開発
目的      :「水の窓」域軟X線用高反射率多層膜ミラーの開発
研究実施機関名 :理化学研究所レーザー物理工学研究室
応用分野    :X線顕微鏡分野、軟X線光学素子分野、軟X線ビーム走査技術分野

概要      :
 X線顕微鏡のターゲット波長である「水の窓」域などでは表面粗さによる散乱損失が極めて深刻な問題になっている。このような問題を解決する高性能多層膜構造を作製する新しいアプローチとして、原料ガスの吸着過程に現れる「自動停止機構」を利用する原子層堆積法に着目し、「水の窓」域軟X線用高反射率多層膜ミラーの開発を試みた。その結果、波長2.734nmで30%を超える高い反射率が得られた。
 

詳細説明    :
 Mo/Si多層膜によって波長17nmで67%の反射率が得られて以来、軟X線多層膜ミラーの開発研究が盛んに行われてきた。しかし軟X線域の中でも短波長側は今だに高い反射率が得られておらず、炭素と酸素のK吸収端に挟まれた、いわゆる「水の窓」域(2.332nm〜4.368nm)では、直入射反射率で最近になって長波長側で10%を超える反射率のミラーが開発されてきたが、短波長側では高々3%程度である。
 
 「水の窓」域で水は透明物質になるが、有機物は吸収物質になるため、軟X線レーザーや軟X線顕微鏡の目標波長になってきたが、同波長域では、(1)多層膜の周期を極めて短くする必要があるため(表面、界面の粗さ/周期)の比が相対的に大きくなり、散乱損失による反射率の低下が著しくなること、(2)フレネル係数の実部の差を大きくできる決定的な多層膜の組み合わせがないこと、(3)そのために層数を増やす必要があるが、層数を増やすことによって界面での合金化や多結晶化に起因した表面、界面での粗さが増すこと、等により上述の低い反射率に留まってきたと考えられる。このような点に着目し、原子層堆積、原子層成長といった原子サイズの膜厚制御を利用した新しいアプローチによる「水の窓」域軟X線ミラーの作製研究を行ってきた。
 
 GaAs等をはじめとするIII-V族化合物半導体成長に見られる自動停止機構は、Al2O3等の酸化物薄膜形成時に於ける吸着過程に見い出されており、また意図的に化学反応を起こしやすい原料ガスの組み合わせを選ぶことで室温でも原子層オーダーの成長、つまり原子層堆積が可能になる。図1にAl2O3を例にとり、原料ガスとしてTMA(Trimethylaluminum)とH2Oを用いた場合の原子層堆積を説明する。まず反応容器の中にTMAを導入すると、基板にTMAが化学吸着する(図1(a))。十分表面を覆い尽くしたあと、反応容器内の残留ガスを真空ポンプで引くと、CH3基同志の反撥により理想的には1分子層の吸着層だけが表面に残る(図1(b))。次に反応容器内にH2Oを導入すると、表面で次式
 
   2Al(CH3)3 + 3H2O -> Al2O3 + 6CH4
 
の化学反応を起こす(図1(c))。再び反応容器内の残留ガスを真空ポンプで引くと、理想的には1分子層のAl2O3層の堆積が実現できることになる(図1(d))。


図1 原子層堆積摸式図(原論文1より引用)

 原子層堆積法の実験装置(図2)は、金属材料ガスと水もしくは過酸化水素蒸気等の2つの原料ガスをコンピュータ制御したリークバルブによって交互に反応容器内に導入する簡単な仕組みになっている(原論文1、Fig. 3参照)。基板としては如何なる種類、形状でも堆積可能で、加熱装置によって自動停止機構が働く温度に加熱するだけである。


図2 実験装置図(原論文1より引用)

 この原子層堆積(ALD)法は、従来の化学的気相堆積(CVD)法と堆積モードが全く異なる。図3(a)は、Al2O3薄膜作製の原料ガスとして、白抜きプロットのCVDモードの組み合わせ(TMA+N2O)と黒プロットのALDモードの組み合わせ(TMA+H2O2)を比較している。CVDモードの組み合わせの場合、原料ガスが熱分解する300〜400。Cで堆積速度が急上昇していることがわかる。一方、ALDモードの組み合わせの場合、室温から750。Cまで堆積速度がほぼ0.1nmであることがわかる。ALDモードでは、表面のCH3基もしくはOH基と、TMA、H2O2のCH3基もしくはOH基とがそれぞれ反撥することで、原料ガスの熱分解の進行を抑えている。広い温度範囲にわたって堆積速度が一定でかつ原子サイズであるため、極めて高精度に膜厚制御が可能になる。
 
 原子層堆積が利用できる酸化物多層膜は実は「水の窓」域で有効になる。「水の窓」域では酸化物の酸素は透明である。そのうえ金属自身より酸化物のほうがフレネル係数の虚部を小さくできる。さらに界面での合金化を抑制できるし、多層膜のヘテロエピタキシャル成長の可能性も開ける。このような観点から、Al2O3とTiO2に着目すると、この波長で有望な層材料の組み合わせになることがわかる。両酸化物薄膜とも原料ガス吸着過程に自動停止機構が見出されていて、原子層堆積されることが実証されている。


図3 (a)原子層堆積モードと化学的気相堆積モードの比較、及び(b)Al2O3/TiO2多層膜の軟X線反射特性(原論文1より引用)

 図3(b)にAl2O3/TiO2試料の軟X線反射率の波長依存性を示す。実線は分子科学研究所極端紫外光実験施設(UVSOR)の750MeV蓄積リングからの単色化した放射光を利用して測定した実験結果である。波長2.734nm、直入射から71.8。の入射角度で、33.4%の高いS偏光反射率が得られている。同ミラーがTiの吸収端近傍を利用していることから、多層膜の周期が20であるにもかかわらず半値全幅は0.0381nmと狭く、Dl/l=1.39%となっている。点線は多層膜構造からの計算結果で、実験値および計算値の反射特性のプロファイルが良い一致を示している。同構造の反射率の周期数依存性の計算では、60周期で反射率は飽和し、s偏光で56%に達する。直入斜の場合でも散乱損失を考慮しないと同程度の反射率まで到達することが期待される。
 

コメント    :
 当該技術は従来のスパッタリング技術と異なり、大面積に均一に堆積でき、その場で観察することなく原子層オーダーの堆積ができる。
 

原論文1 Data source 1:
原子層堆積/成長法による軟X線多層膜ミラーの新展開
熊谷 寛
理化学研究所
レーザー研究 第25巻 第5号、355(1997年)

キーワード:軟X線ミラー、多層膜、酸化アルミニウム、酸化チタン、原子層堆積、表面化学反応
、水の窓
soft x-ray mirror, multilayer, aluminum oxide, titan oxide, atomic layer
deposition, surface chemical reaction, water window
分類コード:180201, 180104

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