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作成: 1999/01/11 三角 智久

データ番号   :180006
トモグラフィシステムのための超伝導ウィグラー
目的      :トモグラフィシステムの構築に向けた超伝導ウィグラーの性能評価
研究実施機関名 :電子技術総合研究所 量子放射部
応用分野    :鉱物,多結晶材料,非晶質材料,生体組織などの構造解析、各種材料(圧延板など)の組成歪みの観測、マイクロマシーンの構造の動的解析、高温・高圧下に置かれた材料内部に生ずるボイドなどの生成過程の観測、冠状動脈の造影

概要      :
 電子技術総合研究所の電子蓄積リングTERASに挿入してある超伝導ウィグラーを動作させることによって、数keV以上のエネルギーを有する放射光を発生させることができる。最終的にはこの放射光を利用して、非晶質材料や生体物質などの構造解析を行うことのできるトモグラフィシステムを構築することを目指して、種々の要素技術の開発を行っている。それと並行してウィグラー稼働時のTERASの運転制御に関する研究を行っており、磁場強度5Tまでの安定運転条件を把握することができた。
 

詳細説明    :
 シンクロトロン放射光が有する指向性が高く高強度であるという性質を活かして各種材料の内部構造を非破壊で調べたり組成分析を行う手法にトポグラフィ(結晶性の高い物質に適用)やトモグラフィ(非晶質物質、混晶物質、生体物質などに適用)がある。特に後者の手法を心臓疾患の診断に応用する“アンジオグラフィ"は患者に与える苦痛が極めて低く、しかも心臓の搏動状態をそのまま観測できる優れたものであると期待されており、精力的な開発研究が進められている(参考資料1)。
 
 このような手法を実現するためには数keV以上のエネルギーを有する放射光(通常の「光」よりエネルギーが高い、すなわち波長の短いものも含まれるが、ここでは「放射光」と総称する)を発生させることが必要であり、特にアンジオグラフィでは沃素(127I)のK吸収端である33.17keVを超えるエネルギーで充分な強度を有するX線が必要である。これは、(33.17keV + εkeV)及び(33.17keV - εkeV)の2種類のエネルギーを有するX線を用いて心臓部の透過像を撮り、両者の差分を求めることによって沃素が含まれている部位つまり血管系の情報を得ることができるからである。トモグラフィによって各種物質の内部構造を観測したり組成分析を行う場合も事情は殆ど同じである。
 
 放射光は、そのエネルギースペクトルが広い範囲に亘る白色光であるが、全放射パワーを2等分するものとして特性エネルギー(又は臨界エネルギー)Ecが定義される。このEc(keV)は近似的に0.665BE2で表される(参考資料2)。ここでEはGeV単位で表示した電子(陽電子の場合もあるが、本稿では「電子」と総称する)のエネルギー、Bは電子を偏向させる磁場の強度でT単位で表示する。これで明らかなようにEcはB及びE2に比例するので、エネルギーの高い放射光を得るためには、できるだけエネルギーの高い電子をできるだけ強い磁場で偏向させることが必要である。しかし建設費だけでも優に数百億円を超える高エネルギーで大型の放射光施設を多数建設して医療診断や材料分析に供するということは極めて非現実的である。そこで、小規模の蓄積リングを建設し、ウィグラーを挿入することによってEcの高い放射光を発生させることが重要な技術課題となる。
 
 このような技術開発を行うために電子技術総合研究所では小型蓄積リングTERASの直線部に挿入する超伝導ウィグラーを試作し(原論文1)、その放射光を利用して材料の組成分析、マイクロマシーンの動特性評価などを行うトモグラフィシステムの構築を目指している(原論文2)。試作したウィグラは図1に示すような構造のもので、電子ビームの飛行方向の長さは80cm足らずである。これは最も単純な構造の「3極ウィグラー」と呼ばれるもので、中央の主電磁石では10T、その前後にある補助電磁石では5.5Tの磁場を発生させるように設計されている。


図1 試作した超伝導ウィグラーの構造模式図。(原論文2より引用)

 このウィグラーで発生される放射光を線源とするトモグラフィシステムとして、図2に示すようなものを構築している。「2結晶型分光器」はゴルバチェンコ型と呼ばれる2結晶リンクタイプで、設定精度の向上を目指している。本システムでは2.5〜35keVという広範囲の放射光を取り出す予定なので、結晶面はSi(111)、Si(311)、Si(422)の3種類から選択できるようにし、一次放射光の入射角も4°〜50°という広範囲での調整が可能になっている。


図2 構築中のウィグラー放射を利用するトモグラフィシステムの概念図。

 運転エネルギーが1GeV程度の小型の蓄積リングを利用してできるだけEcの高い放射光を得るためにウィグラーの磁場を高くすると、リングを周回する電子は磁場の影響を強く受けて本来の電子軌道から大きく変位する。ウィグラーを稼働させたときにウィグラー部を通過した電子の軌道及び方向はウィグラーを稼働させないときと全く同一であることが理想的であり、上で述べた補助コイルはそのために設置されているものである。しかし現実には多極成分の全く無い(双極)磁場を発生させることは困難で、なんらかの手段で電子の変位を抑える必要がある。このことは、材料分析や医療診断に利用するために小規模の蓄積リングを運転する際には特に重要な課題である(参考資料2)。


図3 750MeV電子を蓄積し、ウィグラー磁場を増加させたときのチェンバー内真空圧力、電子ビーム量、及び蓄積ビーム寿命の変化。 (原論文3のFig. 5を引用して、一部を修正)

 原論文3には、TERASに設置したウィグラーを稼働させたときにTERASの安定領域がどのように変化するかをコンピューターシミュレーションで得た結果が示されている。そして実際に750MeV電子を蓄積した状態でウィグラーの磁場を増加させたときリングのチューンを維持するためには、リングの縦方向集束用四重極電磁石及びウィグラーの近傍に付加した横方向集束用四重極電磁石の磁場をどのように変化させなければならないかについて実測した結果も示してある。
 
 このような準備を経て、TERASに750MeV電子を蓄積し、そのチューンを一定に保ちながらウィグラー磁場を毎分0.125Tずつ上昇させていったときのチェンバー内真空圧力、電子ビーム量、及び蓄積ビーム寿命の変化を測定したところ、図3のような結果を得た(原論文3)。ウィグラー磁場の増加によりチェンバー内真空が悪化し、それに伴ってビーム量が減少し寿命が短縮していることが明らかに示されている。この実験ではウィグラー磁場が5Tを超えた辺りで(ウィグラー磁場の)多極成分がビームに大きく影響して不安定性が増しビーム量の減衰が激しく、試験を続けることが不可能であった。今後、これらを解決して、より高磁場での運転を可能にしていくことが必要である。
 

コメント    :
 ここで紹介したものは、小規模の蓄積リングに高磁場のウィグラーを装着して高エネルギー放射光を発生させ、それを利用するトモグラフィシステムを構築することによって、各種材料の製造や加工の現場あるいは医療診断の現場での活用を実現しようという野心的な試みである。それだけに困難な点が多く、現状ではウィグラー磁場の多極成分を充分抑制できていないため、その励磁能力をフルに発揮させるまでには至っていないが、それが解決されれば放射光施設の工業などでの利用が大きく進展するものと期待される。
 

原論文1 Data source 1:
Design and Manufacture of a 10-T Superconducting Wiggler Magnet at TERAS
Sugiyama S.(1), Ohgaki H.(1), Mikado T.(1), Yamada K.(1), Chiwaki M.(1), Suzuki R.(1), Sei N.(1), Ohdaira T.(1), Noguchi T.(1), Yamazaki T.(1), Isojima S.(2), Usami H.(2), Suzawa C.(2), Masuda T.(2), Keishi T.(2), and Hosoda Y.(2).
(1)Electrotechnical Laboratory, (2)Sumitomo Electric Industries, Ltd.
Rev. Sci. Instrum. Vol. 66 (1995) pp. 1960-1963.

原論文2 Data source 2:
高輝度放射光の先端利用とその高感度検出器の基盤技術に関する研究
三角 智久.
電子技術総合研究所
原子力工業 Vol. 42 (1996) No. 11, pp. 72-75.

原論文3 Data source 3:
The Operation of a Superconducting Wiggler at TERAS
Sugiyama S.(1), Ohgaki H.(1), Yamada K.(1), Mikado T.(1), Koike M.(1), Yamazaki T.(1), Isojima S.(2), Suzawa C.(2), and Keishi T.(2).
(1)Electrotechnical Laboratory, (2)Sumitomo Electric Industries, Ltd.
J. Synchrotron Radiat. Vol. 5 (1998) pp. 437-439.

参考資料1 Reference 1:
第17章「トポグラフィとトモグラフィ」及び第19章「冠状動脈の差分造影診断法」.
鈴木 茂雄*(第17章);武田 徹**、秋貞 雅祥**(第19章).
*三洋電機、**筑波大学.
シンクロトロン放射技術(冨増 多喜夫 編著) 工業調査会、1990年.

参考資料2 Reference 2:
8.医学用小型放射光リング
杉山 卓*、冨増 多喜夫**
*電子技術総合研究所、*自由電子レーザ研究所.
放射線医学物理 Vol. 13 (1993) pp. 250-264.

キーワード:放射光、電子蓄積リング、ウィグラー、超伝導ウィグラー、トモグラフィ
Synchrotron radiation, Electron storage ring, Wiggler, Superconducting wiggler, Computerized tomography
分類コード:180207, 180101

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