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作成: 1999/01/13 桜井 健次

データ番号   :180004
高計数率X線検出器
目的      :高計数率X線計測のためのシンチレーション検出器および信号処理エレクトロニクスの開発
研究実施機関名 :科学技術庁金属材料技術研究所
応用分野    :X線回折、XAFS、X線反射率測定、放射光利用実験

概要      :
 これまで困難であった数100k〜数Mカウント/秒の高計数率域で少ない数え落しでの計数を可能にするX線検出器が開発された。シンチレータとして広く用いられているNaI:Tlよりも約1桁発光寿命の短いYAP:Ceを用い、新しい考え方に基づく専用の高速信号処理回路を製作することにより、不感時間84ナノ秒のきわめて高速の計測が可能になった。
 

詳細説明    :
 近年、回転対陰極型X線発生装置やシンクロトロン放射光などの強力X線源の利用が一般的になってきたが、このような光源の技術の進歩に比べ、これまでのところ検出器はあまり大きくは変化しておらず、その速度が事実上の制約となることが多くなってきた。実際、X線回折、XAFS、X線反射率測定などにおいて強いX線を扱うのは普通であり、時間あたりに計数される光子数、すなわち計数率が数100k〜数Mカウント/秒程度まで高くなった時にも少ない数え落としで計数できるような新しい検出器が求められている。つまり、高速な応答が得られる検出素子と高速な信号処理回路が必要である。

表1 NaI:Tl と YAP:Ce の特性の比較
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                       Nal:TI   YAP:Ce
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Density [g/cm3]          3.67     5.35
Luminescence Yield        100       40
Peak Wavelength           415      360
Refractive Index         1.85     1.95
Decay Constant[nsee]      230       25
Hygroscopicity        Serious       No
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 X線を効率良く検出するために、X線による発光現象を利用するシンチレーション検出器が広く用いられており、NaI:Tlは今日、最も良く使われているシンチレータである。発光効率が高い反面、寿命が230ナノ秒と長いので、単位時間あたりに多くの光子を計数することは難しく、実用的に計数できるダイナミックレンジは狭い。これに対し、Y,Alの複合酸化物でペロブスカイト構造を持つYAlO3(YAPと通称される)にCeをドープしたYAP:Ceは、発光効率こそNaI:Tlよりやや落ちるものの、寿命は約25ナノ秒と1桁短い。すなわち、高計数率域の計数の上限を大幅に改善できる検出素子として有望である。NaI:Tlのように潮解性もないため、取り扱いは容易であり、Be窓も必要としない等、他にも利点が多い。表1に主な性質を比較した結果を示しておく。


図1 開発された高速アンプからの信号波形

 数100k〜数Mカウント/秒領域の高計数率の測定を行うためには、YAP:Ceシンチレータを採用するだけでは十分ではなく、スタンダードNIM規格よりも格段に高速な信号処理、すなわち時間幅の狭いパルスの成形を行う必要がある。他方、高速エレクトロニクスの標準として知られるファーストNIM規格は増幅率が小さいことが前提にあり、通常のX線領域の分光・回折実験等の用途には必ずしもよく適合しない。この問題を解決するために、新しい考え方にもとづく専用の信号処理回路が開発され、検出器本体に内蔵された。光電子増倍管の電流波形を直接増幅し、パルス成形には、従来のCR微分・積分回路やディレイラインを用いる方法の代わりに、オペアンプの周波数帯域を制御する方法が採用されている。
 
 図1にX線入射時のアンプからの信号波形を示す。パルス幅は発光寿命の3〜4倍程度がほぼ限界と考えられるが、100ナノ秒を切っており、ほぼ目的が達せられていることがわかる。また、この波形は1Mカウント/秒の高計数率域で得られたものであるにもかかわらず、乱れも少なく良好である。


図2 放射光を用いて評価した計数特性(16.5keV)

 図2に16.5keVの単色化された放射光を用いて計数特性を評価した結果を示す。専用アンプによって成形された信号は、300MHzのデイスクリミネータおよびスケーラによって計数された。ここでは、さまざまな厚みの金属フォイルを用いてX線強度を変化させ(シングルフォイル法)、その時の計数値を調べている。1Mカウント/秒までは直線性も良好であり、数え落としの補正をすれば数Mカウント/秒まで計数可能であることが明らかになった。不感時間は84ナノ秒であり、これまで報告されているYAP:Ceを用いた計測としては最も高速な計数が実現された。
 

コメント    :
 YAP:Ce検出器は、NaI:Tl検出器ではアッテネータにより減衰されることなしには測定できなかった強い強度のX線の計数を可能にするものであり、X線回折、ラボラトリXAFS、全反射域での反射率測定など、将来、かなり広い分野での利用が期待される。放射光利用実験では、イオンチェンバが検出器としてよく採用されているが、微弱な散乱X線などを測定対象とするときは測定が難しく、それでもNaI:Tl検出器で測定するには強すぎる場合が多くあった。YAP:Ce検出器は、そのような測定においても良い解決策の1つであると言ってよく、放射光利用の観点でも応用が進むと考えられる。
 

原論文1 Data source 1:
YAP:Ceシンチレーション検出器の計数特性評価
原田 雅章、桜井 健次、江場 宏美、岸本 俊二
福岡教育大学、金属材料技術研究所、物質構造科学研究所
第34回X線分析討論会講演予稿集(1998.11 仙台), p.71-72

原論文2 Data source 2:
YAP:Ce シンチレーション検出器の開発(II)
桜井 健次、斉藤 数弘
金属材料技術研究所、エスディー技研
第33回X線分析討論会講演予稿集(1997.11 草津), p.81-82

原論文3 Data source 3:
高計数率X線計測のための検出器エレクトロニクスの高速化
原田 雅章、桜井 健次
金属材料技術研究所
X線分析の進歩 第28集(1997), p.277-288

原論文4 Data source 4:
高速シンチレータのX線計測への応用可能性の検討
原田 雅章、桜井 健次
金属材料技術研究所
第10回日本放射光学会年会・放射光科学合同シンポジウム講演予稿集(1997.1 東京), p.215

原論文5 Data source 5:
Narrow pulse shaping for high-counting-rate X-ray measurements
M.Harada and K.Sakurai
National Research Insitute for Metals, Sengen, Tsukuba, Ibaraki 305 Japan
Rev. Sci. Intrum. 67, 615 (1996).

原論文6 Data source 6:
高速シンチレータYAP:CeのX線計数特性の評価
原田 雅章、桜井 健次
金属材料技術研究所
第57回分析化学討論会講演要旨集(1996.5, 松山), p.203

原論文7 Data source 7:
高計数率X線計測のためのエレクトロニクス改造
原田 雅章、桜井 健次、伊藤 正久
金属材料技術研究所、姫路工業大学
第56回分析化学討論会講演要旨集(1995.5, 大阪), p.287

キーワード:X線検出器、信号処理回路、高計数率、パルス成形、シンチレーション検出器、YAP:Ce、数え落とし、不感時間
X-ray detector, electornics, high-counting-rate, scintillation detector, YAP:Ce, counting loss, dead time
分類コード:180202

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