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作成: 1998/01/05 桜井 健次

データ番号   :180002
微量金属の化学結合状態分析
目的      :放射光による微量金属の化学結合状態分析技術の開発と応用
研究実施機関名 :科学技術庁金属材料技術研究所
応用分野    :材料解析、環境分析、生物分析、考古学

概要      :
 物質中の微量成分の金属の化学結合状態を高感度に分析する方法を開発した。放射光のエネルギー可変な単色X線を用いると、特定の化学種の選択励起を行うことができる。この方法は大変高感度であり、ppmオーダーの遷移金属元素の分析が可能であることが明らかになった。また、液滴等、試料量そのものも少ない物質を扱う場合には、全反射支持基板を用いて微量金属の検出能力を高めることができる。
 

詳細説明    :
 多くの材料において、成分としてはごくわずかしか含まれていない微量金属が、その性質を大きく変えることがあることは良く知られている。微量金属の役割評価を行い、積極的に材料開発に活用するためには、その金属の種類と量を分析するだけでなく、化学結合状態についての情報を得ることが必要である。これまでは、どの金属についても適用可能な、それでいて微量のものまで扱える高感度な分析法は存在しなかったが、1986〜87年頃、エネルギー可変な放射光スペクトルと輝度の高さに着眼することにより実現できることが示された。
 
 X線吸収端は、内殻電子を励起するのに最低必要なエネルギーに対応し、元素に固有であるが、化学状態により変化することが知られている(化学シフト)。この化学シフトを蛍光X線を利用した高感度な検出法により測定することにより、微量金属への適用が可能となる。入射X線のエネルギーを適切に選ぶことにより、同じ元素であっても特定の化学結合状態の化学種だけを選択的に励起し蛍光X線を発生させることができることから、選択励起蛍光X線分析法と命名された。現在では、広い意味の蛍光XAFS(X線吸収微細構造)測定法の一部として整理されることも多い。


図1 金属酸化物の吸収端化学シフト。横軸はそれぞれの純金属の吸収端位置を原点とする相対エネルギー。酸化数が大きいほど化学シフトの量も大きい。(原論文6より引用。 Reproduced from Data source 6 with kind permission from Plenum Publishing Corporation.)

 図1にいくつかの金属元素の吸収端スペクトルの測定例を示す。吸収端の低エネルギー側では、蛍光X線は放出されないが、入射X線のエネルギーが大きくなるにつれ内殻電子が励起される割合が増え、蛍光X線強度が強くなる様子がわかる。このような蛍光X線強度の入射X線エネルギー依存性は、化学結合状態に対してたいへん敏感であり、大きな化学シフトが観測される。本手法は、高感度であり、ppmオーダーの遷移金属元素の分析が可能であること、複数の化学結合状態の成分からなる混合試料を数%の精度で化学結合状態別に定量できること、更に化学結合状態イメージングができること等が明らかにされている。
 
 他方、対象が溶液の場合、一般論からすると、化学処理の容易さから分析の方法は数多く存在するが、溶液がごく少量、例えば1滴しか得られない場合、そこに含まれる微量金属の化学結合状態の情報を得ることはきわめて難しい。上に述べた選択励起蛍光X線分析法を用いる場合でも、固体の場合と同じ様な測定を試みると、液滴を保持させた部分からの散乱X線が高いバックグラウンドを生じるために、決して高感度な分析が容易ではないことがわかる。


図2 全反射支持基板を用いた実験レイアウト。SR:放射光リング、M:2結晶モノクロメータ、IC:電離箱、S:試料、D:Si(Li)検出器。(原論文1より引用。 Reproduced from Data source 1 with kind permission from Editions de Physique.)

 この問題を解決するには、マイクロビーム光学系により得られる微小放射光ビームを用いる方法と通常の放射光を用いて試料支持に全反射支持基板を採用する方法が考えられる。将来は、前者の道も次第に拓かれると考えられるが、技術的に利点の多い後者が当面は現実的である。図2にその実験レイアウトを示す。2結晶モノクロメータにより分析したい元素の吸収端近傍で、単色X線のエネルギーを走査し蛍光X線の強度変化を測定すれば、化学状態に対応した吸収端スペクトルが得られる。測定の手順は次の通りである。まず、平坦かつ平滑な基板(シリコンウエハーや合成石英)を用意し、臨界角以下の視射角でX線を入射させ、全反射を起こさせる。この状態で半導体検出器により蛍光X線の測定を行い(ブランク測定)、その後、試料溶液を基板上に滴下し、試料が乾燥する前に入射X線のエネルギーを走査して吸収端スペクトルを得る。


図3 少量液滴中の微量鉄の化学結合状態分析。一滴(3μl)の水溶液中に5mM含まれる鉄からの蛍光X線強度を入射X線のエネルギーを走査しながら測定した結果。原点は純金属の鉄のスペクトル(薄膜の標準試料を使用)における吸収端(7.111 keV)。測定時間は5分。2価(FeSO4)と3価(FeCl3)の違いが明瞭に現れている。(原論文1より引用。 Reproduced from Data source 1 with kind permission from Editions de Physique.)

 図3は濃度5mMのFeイオンを含む溶液1滴(3μl) の吸収端スペクトルである。実際の分析の観点からは、FeSO4(2価)よりも FeCl3(3価)の化学シフトが大きいことの他、フェリシアン化カリウムでは pre-edge strucureが出現している点も化学結合状態の識別に利用できる。図には、ウマ血清の蛋白質に結合している微量の鉄を測定した結果も示されており、2価と3価の中間状態であることがわかる。測定時間は1スペクトルあたり5分間であり、迅速な分析が可能である。検出限界は基本的に溶液を保持する部分からの散乱X線バックグラウンドにより支配されるので、全反射条件を採用して基板からの散乱X線を著しく少なくできる点が微量成分の分析上重要なポイントと言える。
 

コメント    :
 微量金属を対象とすることのできる化学結合状態分析技術は、かなり限られており、広範囲の応用可能性を持つ技術は非常に少ない。本技術はきわめて有望な方法であり、放射光利用の広がりとともに、さまざまな分野への波及が期待される。他方、将来の課題として、更に検出能力を高め、これまでよりも更に微量の金属を射程にいれることが望まれるが、そのためには単に高輝度の放射光を用いるだけではなく、検出器システムに関する技術の高度化を同時に実現することが必要不可欠である。
 

原論文1 Data source 1:
Trace Chemical Characterization of Liquid Drop by Fluorescence Detection of Absorption Edge Shifts using Total Reflection Support
K.Sakurai, A.Iida and H.Shintani
National Research Insitute for Metals, Sengen, Tsukuba, Ibaraki 305 Japan, Photon Factory, Oho, Tsukuba, Ibaraki 305 Japan, National Institute of Health, Setagaya, Tokyo 158 Japan
J. Phys IV France, 7, C2-713(1997)

原論文2 Data source 2:
Chemical Characterization of Trace Metals in Liquid Drop by X-Ray Fluorescence Measurement using Total Reflection Support
K.Sakurai and A.Iida
National Research Insitute for Metals, Sengen, Tsukuba, Ibaraki 305 Japan, Photon Factory, Oho, Tsukuba, Ibaraki 305 Japan
Photon Factory Activity Report 1996 (#14) p.60

原論文3 Data source 3:
全反射支持基板を用いたシンクロトロン放射選択励起蛍光X線分析法による少量液滴中微量元素の化学状態識別
桜井 健次
金属材料技術研究所
理研シンポジウム「生体微量元素'97」(1997.3, 和光)講演要旨集, P-13

原論文4 Data source 4:
全反射支持基板を用いた選択励起蛍光X線分析法による液滴の化学状態分析
桜井 健次、飯田 厚夫、新谷 英晴
金属材料技術研究所、高エネルギー物理学研究所、国立衛生試験所
第9回日本放射光学会年会・放射光科学合同シンポジウム(1996.1, 岡崎)講演要旨集, p.208

原論文5 Data source 5:
選択励起蛍光X線分析法による液滴の化学状態分析
桜井 健次、飯田 厚夫
金属材料技術研究所、高エネルギー物理学研究所
第56回分析化学討論会講演要旨集(1995.5, 大阪), p.289

原論文6 Data source 6:
Chemical State Analysis by X-Ray Fluorescence using Absorption Edges Shifts
Kenji Sakurai, Atsuo Iida, and Yohichi Gohshi
Department of Engineering, University of Tokyo, Hongo, Bukyo-ku, Tokyo 113 Japan, Photon Factory, Oho, Tsukuba, Ibaraki 305 Japan
Adv. in X-Ray Anal. 32, 167(1989).

キーワード:蛍光X線、選択励起、吸収端、化学シフト、全反射支持基板
x-ray fluorescence, selective excitation, absorption edge, chemical shift, total reflection support
分類コード:180206

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