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作成: 1997/10/27 岩井 荘八

データ番号   :180001
原子層制御法を用いた多層膜ミラーの作製
目的      :軟X線領域での高性能な多層膜ミラーを作製する方法を開発する
研究実施機関名 :理化学研究所 半導体工学研究室 レーザー物理工学研究室
応用分野    :X線リソグラフィー、X線顕微鏡、X線望遠鏡、X線レーザー

概要      :
 原子層制御成長法(ALE法)を用いて(AlP)22(GaP)11多層膜ミラーを作製し、軟X線領域の波長17nmにおいて直入射に近い角度で約10%の反射率で理論値に近い値が得られ、ALE法によるML単位の膜厚制御を実証した。ALE法に類似した方法で(Al2O3)/(TiO2)多層膜ミラーを作製し、波長2.734nmで高い反射率が得られた。1ML異なる2種類の周期を組み合わせた多重周期構造によってML単位による反射波長の不連続を解決する方法を示した。
 

詳細説明    :
1.単原子層制御成長法
 軟X線領域においては、斜入射用以外のX線反射鏡では多層膜ミラーが必要である。これは2種類の材料を交互に積層させた周期構造を持つもので、X線の波長をλ、X線ビームとミラー面との角度をθとすると、周期dはd=λ/2・sinθ で与えられる。従って、波長が数nmの軟X線に対しては数原子層程度の周期になる。また、反射率は多層膜界面の粗さσに敏感で、(σ/λ)の増加に伴い急激に減少するために、原子層オーダーの界面平坦性が要求される。
 
 本研究では、化学気相成長(Chemical Vapor Deposition)法による原子層制御成長法(Atomic Layer Epitaxy:ALE)を、X線多層膜ミラー作製に適用した。ALE法では、2種類の原料ガスを交互に供給して、基板表面での原料ガスの1分子層吸着と表面反応を利用して1原子層づつの薄膜を積層する。原料供給の1サイクル毎に1原子層の薄膜のみ堆積するという自動停止機構を持つために、供給サイクル数に比例した原子層単位での膜厚制御が可能である。
 
2.(AlP)/(GaP)多層膜ミラー
 水素をキャリアーガスとする反応炉を用い、AlPの成長ではAlの原料の DMAH(ヂメチルアルミニウムハイドライド:Al(CH3)2H)とPの原料のPH3を各々1秒づつ交互に供給した。基板温度565℃から595℃の温度範囲で、原料供給1サイクルの膜厚は1分子層(1ML)の値が得られた。図1(a)に示したように、DMAHの供給量に対するAlP成長速度は、12ml/min以上では1サイクル当たり1MLの値に飽和した。一方、表面粗さは、DMAHの供給時間を0.5秒にする事によって0.2nmとなり、原子ステップが見える程の平坦な表面が得られた。図1(b)のALE成長モデルで示したように、Al原料の供給時間tAlがメチル基の表面滞在時間tMeより短い場合、Al表面がメチル基でほぼ完全に被われているために、DMAHの多層吸着が抑えられ、1分子層吸着の状態でP原料が供給されAlPの1MLが形成される。


図1 (a)DMAH供給量に対するAlP成長速度と表面粗さ、(b)AlPのALE成長モデル。(原論文2より引用。 Reproduced from Data source 2 copyrighted in 1997 by American Institute of Physics, and with kind permission from the copyrighter.)

 GaPのALE成長では、TMG(トリメチルガリウム:Ga(CH3)3)の供給時間を2秒とし、PH3の供給時間を6秒以上にすることで1サイクルの膜厚は1MLの値に飽和した。AlのL吸収端に起因して得られる17nm付近に反射のピークを持つ多層膜ミラーを目的として、図2(a)に示したような(AlP)22(GaP)11の50周期を作製した。図2(b)に示したように、反射率の測定値は理論値に近い値が得られた。更に、GaP を13サイクル堆積した(AlP)22(GaP)13多層膜の反射波長を比較した場合、2種類のミラーの反射波長の差はGaPの2MLの厚さに対応している。この結果は、ALE法による膜厚制御が原料供給のサイクル数によってML単位で行えることを実証している。


図2 (a)(AlP)/(GaP)多層膜構造、(b)X線反射スペクトルの測定値。(原論文1より引用。 Reproduced from Data source 1 copyrighted in 1997 by Elsevier Science, and with kind permission from the copyrighter.)

 
3.(Al2O3)/(TiO2)多層膜ミラー
 Al(CH3)3、TiCl4、およびH2O2を原料としてALE法に類似したキャリアーガスを用いない方法を用いて、Al2O3およびTiO2のアモルファス材料でも自動堆積停止機構を見いだし、Si基板上に(Al2O3)/(TiO2)多層膜ミラーを作製した。[水の窓]域と言われる軟X線短波長域の波長2.734nmで反射面から18.2度の角度で入射した場合、反射率は33.4%の高い値が得られた。
 
4.多重周期による反射波長の制御
 ALE法で多層膜を作製する場合、膜厚がML単位の不連続で形成されるために反射波長も不連続になる。この問題に対して多重周期の原理を図3(a)に示したもので、混合比が1:1の場合には2つの周期に対する中間の反射波長が得られる。図3(b)は、(AlP)4(GaP)3と(AlP)4(GaP)4の周期を8:3の割合で混合させた場合の反射率の計算結果を示したもので、カルシウム18価イオンからのX線(3d-5f)の波長(3.950nm)と(4,3)と(4,4)の周期に対する反射波長との差の逆数を混合比として、(4,3)と(4,4)の周期を堆積した多重周期によって反射波長を3.950nmに合わせる。多重周期の反射率は2つの周期を均一に混合することによってほぼ同じである。ALE法では2種類の周期構造が正確に作製できるために、混合比を求めて積層すればミラーの反射波長を目的の波長に一致させることができる。


図3 (a)多重周期ミラーの原理(混合比1:1)、(b)X線反射スペクトルの計算値。(原論文4より引用。 Reproduced from Data source 4 copyrighted in 1997 by Optical Society of America, and with kind permission from the copyrighter.)

 

コメント    :
 ALE法は、主に、半導体超格子構造の作製法として研究されてきたもので、膜厚制御性、界面の平坦性に優れている。ALE法をX線多層膜ミラーに応用する場合、使用するX線の波長において高いX線反射率が期待できる材料の組み合わせの選択とALE成長の可能な原料を見つけることが課題である。ALE成長の温度領域が共通していることが必要条件であり、(AlP)/(GaP)多層膜のように単結晶では、2種類の材料の格子定数(0.5451nm)がほぼ等しくなければならない。(Al2O3)/(TiO2)多層膜のようなアモルファス材料では、格子整合の必要は無く、原料供給1サイクル当たりの膜厚も1ML以下であるが、正確な膜厚制御をするためには、自己堆積停止機構を持つ材料を見つけることが必要である。
 

原論文1 Data source 1:
ATOMIC LAYER EPITAXY OF AlP AND ITS APPLICATION TO X-RAY MULTILAYER MIRROR
Masashi Ishii, Sohachi Iwai, Hirofumi Kawata, Tatsuo Ueki, and Yoshinobu Aoyagi.
The Institute of Physical and Chemical Research (RIKEN), 2-1 Hirosawa, Wako, Saitama 351-01, Japan.
J. Cryst. Growth, 180, 15(1997)

原論文2 Data source 2:
OBSERVATION AND CONTROL OF SURFACE MORPHOLOGY OF AlP GROWN BY ATOMIC LAYER EPITAXY
Masashi Ishii, Sohachi Iwai, Tatsuo Ueki, and Yoshinobu Aoyagi.
The Institute of Physical and Chemical Research (RIKEN), 2-1 Hirosawa, Wako, Saitama 351-01, Japan.
Appl. Phys. Lett., 71, 1044(1997)

原論文3 Data source 3:
TITANIUM OXIDE/ALUMINUM OXIDE MULTILAYER REFLECTORS FOR "WATER-WINDOW" WAVELENGTHS
Hiroshi Kumagai, Koichi Toyoda Katsutaro Kobayashi, Minoru Obara, and Yasuhiro Iimura.
The Institute of Physical and Chemical Research (RIKEN), 2-1 Hirosawa, Wako, Saitama 351-01, Japan.
Appl. Phys. Lett., 70, 2338(1997)

原論文4 Data source 4:
REFLECTION-WAVELENGTH CONTROL METHOD FOR LAYER-BY-LAYER CONTROLED X-RAY MULTILAYER MIRRORS
Masashi Ishii, Sohachi Iwai, Tatsuo Ueki, and Yoshinobu Aoyagi.
The Institute of Physical and Chemical Research (RIKEN), 2-1 Hirosawa, Wako, Saitama 351-01, Japan.
Applied Optics, 36, 2152(1997)

参考資料1 Reference 1:
原子層成長法による軟X線用多層膜の作製
石井 真史,岩井 荘八,河田 博文,植木 龍夫,青柳 克信
理化学研究所 半導体工学研究室
レーザー科学研究(理化学研究所),第18号, 101(1996).

参考資料2 Reference 2:
原子層成長X線多層膜ミラーにおける新しい反射波長制御法
石井 真史,岩井 荘八,植木 龍夫,青柳 克信
理化学研究所 半導体工学研究室
レーザー科学研究(理化学研究所),第19号, 7(1997).

参考資料3 Reference 3:
原子層堆積/成長法による軟X線多層膜ミラーの新展開
熊谷 寛
理化学研究所 レーザー物理工学研究室、埼玉県和光市広沢2-1
レーザー研究(レーザー学会誌),25, 355(1997).

キーワード:化学気相成長法、原子層制御、1分子層吸着、自己停止機構、周期構造、
界面平坦性、多重周期構造
Chemical vapor deposition, Atomic layer control, Monolayer adsorption,
Self-limiting mechanism, Periodic structure, Interface flatness,
Multi-periodic structure
分類コード:180201, 180303

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