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作成: 1999/11/09 鈴木 直毅

データ番号   :170022
陽電子寿命運動量相関測定法を用いた短寿命成分解析
目的      :陽電子寿命スペクトルに含まれる短寿命成分の解析
研究実施機関名 :東京大学大学院総合文化研究科、理化学研究所加速器基盤研究部RIビームファクトリー計画推進室
応用分野    :材料科学

概要      :
 陽電子寿命スペクトルに複数の成分が含まれるとき、最短寿命成分は最小 2 乗法 fitting などの方法で解析することは通常困難である。しかし寿命スペクトルが厳密に 2 成分である場合には陽電子寿命運動量相関測定法を用いることにより短寿命成分の解析が可能になる。この方法は原子空孔の存在する金属中の陽電子寿命の解析に有効である。
 

詳細説明    :
 近年、陽電子寿命法を用いた格子欠陥や高分子などの研究が盛んに行われている。しかし、通常のfast-fast 型の寿命測定法の分解能は 200 ps 程度であることに対して、金属中の陽電子やパラポジトロニウムの消滅のように、数 10 ps〜200 ps 程度の短い寿命成分となって現れるものも多い。これらの寿命成分はそれぞれ重要な情報を含む物であるが、複数の寿命成分がある場合、このような短い成分の寿命を直接最小二乗法などの方法で解析することは通常困難である。
 しかし陽電子寿命運動量相関測定法(AMOC)を用いる最近見出された方法によって、短寿命成分を分離することができる。
 
 図 1 に AMOC 測定装置の一例を示す。この装置では、陽電子寿命の測定のために BaF2 シンチレーターをマウントした光電子増倍管を用い、運動量測定には高純度 Ge 検出器を用いている。線源に22Na を用い、陽電子が発生するときの 1.27 MeV の核γ線を寿命のスタート信号とし、陽電子が消滅するときに放出される 511 keV の 2本のγ線の一本を寿命のストップ信号とし、もう一本を Ge 検出器で検出して運動量の情報を得る。


図1  Block diagram of the AMOC system. (原論文2より引用。 Reproduced from Radiation Physics and Chemistry 2000; 58:777-780, Figure 1(p.778), N.Suzuki, Y.Nagai, T.Hyodo, Can a newly developed AMOC technique be applied to determine the para-positronium lifetime?, Copyright(2000), with permission from Elsevier Science. )

 まず AMOC 装置を用いて AMOC スペクトル N(p, t) を測定する。運動量分布の情報は S パラメタを用いて解析する。S パラメタは(分布の中心部のカウントの和)/(分布の全体のカウントの和)で定義されるパラメタである。運動量分布の幅が狭くなると S は大きくなる。N(p, t)からは S パラメタの時間依存、S(t)が次のように計算される。
 


図4 

 
 ここで、Siとliは i 番目の成分に対応する固有の S パラメタ値と寿命スペクトルである。n = 2 のときは上の式は次のように書き直すことができる。
 


図5 



図6 

 
 このように、2 成分系においては AMOC 測定によって得られたスペクトルから短寿命成分だけを分離することが可能になる。
 
 図 2 にこの方法で分離した亜鉛の短寿命成分を示す。この成分は 453 K の亜鉛のバルクで消滅する陽電子の成分である。このスペクトルは 1 成分のはずなので、簡単に fit する事ができる。図中の実線は、このスペクトルを1成分で fit した結果であるが、きれいに fit できていることがわかる。


図2 Reconstructed positron lifetime spectrum for the short lifetime component for Zn at 453 K.(原論文1より引用。 Reproduced from Physical Review 1999; B, 60, R9893-R9895, Fig.3(p.R9895), N.Suzuki, Y.Nagai, and T.Hyodo, Direct observation of the temperature variation of the short positron lifetime in metals by using the positron age-momentum correlation technique, Copyright(1999), with permission from the American Physical Society.)

 この fit から得られた短寿命の値をサンプル温度に対してプロットしたのが、図 3 であるが、これを 2状態トラッピングモデルで fit することによって、亜鉛の空孔形成エネルギー 0.50±0.06 (eV) を得た。


図3 The short lifetime τ1 plotted against the temperature.(原論文1より引用。 Reproduced from Physical Review 1999; B, 60, R9893-R9895, Fig.3(p.R9895), N.Suzuki, Y.Nagai, and T.Hyodo, Direct observation of the temperature variation of the short positron lifetime in metals by using the positron age-momentum correlation technique, Copyright(1999), with permission from the American Physical Society.)

 同様の方法はパラポジトロニウムの寿命解析にも応用された。ポジトロニウムが形成される系ではパラポジトロニウムの消滅、及びオルソポジトロニウムの消滅、ポジトロニウムを形成しない陽電子の消滅の少なくとも 3成分以上が含まれているので、n = 2 の条件を厳密には満たさない。しかし、パラポジトロニウムの消滅以外の成分の S パラメタが同じ値である場合には式(1)から(2)への置き換えが使える。この方法を用いて、いくつかの物質中における p-Ps の寿命が求められたが、この値は磁場 ACAR で求められた値とは20 ps 程度の誤差があった。(原論文 2)
 
 このことから、この方法は 2 成分系には有効な手法であるが、それ以外の系には定性的な議論にしか使えないので注意を要する。
 

コメント    :
 この手法で得られた亜鉛の空孔形成エネルギーは、融点より充分低い温度領域のデータのみから求められている。(従来の手法では融点直下の温度まで測定する必要があった。)この利点を生かして、高融点金属や、高温で相転移を起こす金属などの空孔形成エネルギーを求める試みが進められている。
 

原論文1 Data source 1:
Direct observation of the temperature variation of the short positron lifetime in metals by using the positron age-momentum correlation technique
N. Suzuki, Y. Nagai, and T. Hyodo
Institute of Physics, Graduate School of Arts and Sciences, University of Tokyo, 3-8-1 Komaba, Meguro-ku, Tokyo 153-8902, Japan
Physical Review B, 60, R9893-R9895(1999)

原論文2 Data source 2:
CAN A NEWLY DEVELOPED AMOC TECHNIQUE BE APPLIED TO DETERMINE THE PARA-POSITRONIUM LIFETIME?
Naoki Suzuki, Yasuyoshi Nagai and Toshio Hyodo
Institute of Physics, Graduate School of Arts and Sciences, University of Tokyo 3-8-1 Komaba, Meguro-ku, Tokyo 153-8902, Japan
Radiation Physics and Chemistry, 58(5-6), 777(2000).

キーワード:陽電子消滅、positron annihilation, ドップラー広がり、Doppler broadening, 陽電子寿命、positron lifetime, 陽電子寿命運動量相関測定法、positron age-momentum correlation measurement, 短寿命成分、short lifetime component, S パラメタ、S-parameter, 原子空孔、vacancy, 空孔形成エネルギー、vacancy formation energy, ポジトロニウム、positronium, 高融点金属、refractory metal, 相転移、phase transition,
分類コード:170203

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