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作成: 1998/11/10 斎藤 文修

データ番号   :170021
スピン偏極低速陽電子ビームのためのF-18線源と供給システム
目的      :スピン偏極低速陽電子ビームによる表面磁性等の研究
研究実施機関名 :理化学研究所加速器基盤研究部
応用分野    :表面・界面、表面磁性、原子物理

概要      :
 スピン偏極低速電子ビームは表面磁性等の研究のプローブとして期待されている。スピン偏極ビームは放射性同位体 RI のβ+ 崩壊からの陽電子を利用して簡単に得られる。サイクロトロンを利用して18F を高強度生成し陽電子線源とする方法により、大きなビーム強度を得ることが可能である。生成した18F は溶液中に含まれているので、グラファイト電極に電着して陽電子線源とする。18F の寿命は短いので、測定には18F の連続的な供給のための自動装置を使用する。
 

詳細説明    :
 スピン偏極低速陽電子ビームを用いると表面第一層の磁性研究が可能となる。スピン偏極陽電子線源には、放射性同位体RIのβ+ 崩壊によって放出される陽電子のスピンが偏極していることを利用する。さらに高強度の線源を得るには、短寿命 RI を利用する。ここでは、サイクロトロンにより生成した 18F (半減期110 分、β+ 最大放出エネルギー 635 keV) を陽電子線源とする方法とその特徴、また測定のための18F陽電子線源自動供給システムについて説明する。
 
 18F の生成には PET (Positron Emission Tomograpy) で開発された方法を利用する。PET では標識化合物合成のために、サイクロトロンを利用して 18F を日常的に生成している。18F は 18O (p, n) 18F 反応によって生成され、反応のエネルギー閾値は 2.5 MeV である。H218O 水に 14 MeV 程度のエネルギーの陽子を 1μAh 照射すると、18F は 1.4 GBq (40 mCi) から 3.0 GBq (80 mCi) 程度生成される。
 
 H218O 水をマイクロポンプでターゲット容器に充填して陽子を照射すると、18F は溶液中に生成する。18F 溶液は、サイクロトロン室から測定室まで 10 m の距離を、テフロンチューブを通して He ガスにより数分で運ばれる。この結果、測定室は陽子照射の間も照射のバックグラウンドの影響を受けることがない。


図1 自動電着装置 回転盤の上の白金製の電着槽に 18F 溶液が入れられると回転盤は電着位置まで回転する。電極が取り付けられた回転板とともに電極が降下して電着が行われる。電着が終わると回転板は元の位置まで上昇し、180 度回転する。さらに上昇することによって電極はビームの線源位置に置かれる。(原論文1より引用。 Reproduced from Radiation Physics and Chemistry 2000; 58:755-757, Figure 2(p.756), F.Saito, N.Suzuki, Y.Itoh, A.Goto, I.Fujiwara, T.Kurihara, R.Iwata, Y.Nagashima, T.Hyodo, Automatic 18F positron source supply system for a monoenergetic positron beam, Copyright(2000), with permission from Elsevier Science. )

 溶液のままでは18F を陽電子線源として使用できないので、18F を捕集、分離する。グラファイト電極 (陽極)に 100 V程度の電圧を掛けて電着する方法で、溶液中の 18F のほとんどを電着できる。電着には 図 1 の装置を使用する。回転盤の上に並べた白金製の電着槽(陰極)にテフロンチューブで送られた 2 ml の 18F 溶液を入れた後、電着槽を電着位置まで回転する。直径 5 mm のグラファイト電極を取り付けた回転板を降下させ、18F 溶液と電極が接触したときに流れる電流を検出し、さらに 0.2 mm 降下した位置で電着を行う。電着が終了すると回転板を元の位置まで上昇させる。そこで 180 度回転して、さらに 7 mm 程度上昇させ、陽電子ビーム装置の線源位置にセットしてグラファイト電極を陽電子線源として使用する。したがって、電着法による 18F 線源のサイズは電極の大きさで決まり、イオンビームのサイズによらない。
 
 継続的な測定では、測定中に次の線源となる 18F の製造を開始し、1 個の線源を2時間ほど測定に使用した後、新たな線源と交換する。以上の 18F の生成、輸送、電着、交換の操作はコンピューターで制御された自動システムにより行われる。
 
 直径 5 mm のグラファイトには 2 TBq (60 Ci) 以上の18F が電着すると期待できる。18F 溶液に 2 ppm の Na19F を入れた電着により、19F と18F がともにほとんど全て電着されるという事実から推定したものである。PET のための小型サイクロトロン(陽子ビーム強度 30μA)でも、およそ 2 Ci の 18F 線源を生成することが可能である。このとき、タングステン減速材を用いると低速陽電子ビームの強度は 106〜107 カウント/秒(cps)程度となる。ちなみに、通常利用される22Na (半減期 2.6 年)の最大の強度は 5.6 GBq (150 mCi)である。これを線源とした低速陽電子ビームのビーム強度の最大はおよそ 105 cpsである。
 
 電着法による18F 線源では、放出されるすべてのβ+ のうちの、ほぼ半分が線源の外部に放出される。グラファイト中で F は層間化合物を生成することが知られており、18F はグラファイトの表面近傍に電着していると考えられる。これが、前方に放出された陽電子はほとんど外部に出てくる理由であると考えられる。
 

コメント    :
 サイクロトロンにより生成した短寿命の18F をグラファイト電極に電着する方法により、スピン偏極低速陽電子ビームの実用に適した強度の陽電子線源が得られた。
 

原論文1 Data source 1:
AUTOMATIC 18F POSITRON SOURCE SUPPLY SYSTEM FOR A MONOENERGETIC POSITRON BEAM
F. Saito(1), N. Suzuki(1), Y. Itoh(1), A. Goto(1), I. Fujiwara(2), T. Kurihara(3), R. Iwata(4), Y. Nagashima(5), and T. Hyodo(5)
(1)The Institute of Physical and Chemical Research,(2)Department of Economics, Otemon-gakuin University,(3)Institute of Materials Structure Science(IMMS), High Energy Accelerator Research Organization (KEK),(4)Cyclotron Radio-isotope Center, Tohoku University,(5)Department of Basic Sciences, Graduate School of Arts and Science, University of Tokyo
Rad. Phys. Chem., 58(5-6), 755 (2000).

原論文2 Data source 2:
18F intense spot positron source for spin polarized positron beam
I. Fujiwara(1), Y. Itoh(2), R. Iwata(3), F. Saito(2), and A. Goto(2)
(1)Department of Economics, Otemon-gakuin University,(2)The Institute of Physical and Chemical Research ,(3)Cyclotron Radio-isotope Center, Tohoku University
Appl. Surf. Sci., 149, 30 (1999).

参考資料1 Reference 1:
Preparation of 18F source for slow positron beam by proton bombardment of 18O-water
T. Nozaki(1), Y. Itoh(1), Z. L. Peng(1), N. Nakanishi(1), A. Goto(1), Y. Ito(2), and H. Yoshida(3)
(1)The Institute of Physical and Chemical Research,(2)RCNST, University of Tokyo,(3)Japan Steel Works Ltd.
J. Rad. Nucl. Chem., Vol. 239, 175 (1999).

キーワード:低速陽電子ビーム slow positron beam、スピン偏極 spin polarization、β+崩壊同位体 β+ decay radio isotope、サイクロトロン cyclotron、電着法 electro-deposition、フッ素18 fluorine 18、ポジトロニウム positronium、表面磁性 surface magnetism
分類コード:170102, 170104

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