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作成: 1999/10/22 河裾 厚男

データ番号   :170015
反射高速陽電子回折
目的      :反射高速陽電子回折の開発とその応用
研究実施機関名 :日本原子力研究所高崎研究所 材料開発部技術開発課
応用分野    :固体表面物性、陽電子分光手法開発

概要      :
 1998年、静電場輸送方式により形成した陽電子ビームを用いた反射高速陽電子回折実験が上記研究所にて行われ、水素終端したシリコン結晶表面による回折図形が取得された。これは、世界初の反射高速陽電子回折図形である。本報告では、反射高速陽電子回折の特徴、開発の経緯、及びこれまでの応用例について述べる。
 

詳細説明    :
 反射高速陽電子回折 (Reflection high-energy positron diffraction, 以下 RHEPD) とは、電子を用いた回折手法である反射高速電子回折 (Reflection high-energy electron diffraction, 以下 RHEED) において電子を陽電子で置きかえることにより実現される。これら2つの手法は、何れも固体表面構造解析に用いられるが、RHEPD では全反射や 1 次ブラッグ反射など RHEED では原理的に起こり得ない現象が観測されるという理論的予測があった。これは、結晶のポテンシャルが電子に対しては負値であるのに対し、陽電子に対しては正値をとることに起因している。(原論文 1)
 
  これらの現象を利用することにより、表面敏感な回折図形が得られる他、結晶深部の影響を極力除去した状態で、表面デバイ温度や吸着層構造などが決定できると期待されている。1998 年に日本原子力研究所高崎研究所において、静電場方式により発生した陽電子ビームを用いて、RHEPD 実験が行われ、世界ではじめての表面回折図形が得られ、高速陽電子の回折現象が確認された。また、理論的に予想されていた全反射現象と 1 次ブラッグ反射が実証された。(原論文 2)
 
 用いられた装置は、陽電子銃部、陽電子輸送部及び試料チャンバーより構成されている。陽電子銃部は 10 mCi 陽電子線源 (22Na)、タングステン減速材、引出し電極、ウェネルト電極、ソアレン及びアノード電極より構成されている。これらは、米国ブランダイス大学にて開発されたものとほぼ同系のものである。陽電子輸送部は、3 連のアインツェルレンズより構成されており、最終段に静電偏向器とコリメータが取り付けられている。試料チャンバーは 10-10 Torr 台の超高真空に排気可能で、試料は回転導入機に取付けられる。回転角度を変えることにより、陽電子の試料への入射角度を変化させる仕組みになっている。以上の装置を用いて、エネルギー 20 keV、直径約 1 mm の陽電子ビームを形成し、RHEPD 実験が行われた。(原論文 3)


図1 水素終端したシリコン (111) 表面による RHEPD 回折図形 (a) [110] 入射、(b) [112] 入射。入射視射角はそれぞれ 4.0°と4.5°である。

 図 1は、水素終端シリコン (111) 表面を用いてはじめて得られた RHEPD 回折図形である。(原論文 2) 図中に示すように、観測された回折スポットは、表面逆格子ロッドにより指数付けできる。また、同様の試料に対し、対称入射 ([110] 入射) と非対称入射 ([112] に対し 7.5°オフ)で RHEPD 回折図形がとられている。対称入射では観測されている回折スポットが、非対称入射では消失することが分かっている。これは、上の非対称入射では、陽電子の入射軸から見た表面原子列が離散的とはならず、近似的に連続体として投影されることにより、一波条件と呼ばれる。従って、鏡面反射点以外の回折スポットが消失すると考えられる。実験において、このことが確認されたことになり、RHEPD 実験が理にかなったものであることが分かる。当初 (原論文 2) は回転導入機の角度分解能が低かったため、高精度の測定が困難であったが、後に改良が加えられ、ロッキング曲線が精度良く求められるようになっている。


図2 水素終端したシリコン (111) 表面による鏡面反射点のロッキング曲線。入射方位は [112] である。

 図 2 は、弗化アンモニウムにより水素終端したシリコン (111) 表面に対する鏡面反射点のロッキング曲線を示している。1.4°以下が全反射領域、1.6 度付近が 1 次ブラッグピークに相当する。また、2°以上に見えられる 4つのピークは、各 2〜5次のブラッグピークであると考えられる。高次のブラッグピークは、初期の研究では見つけられなかったが、角度精度の向上に伴い発見された。そして、全反射領域に、異常なディップが現れることが見出された。表面が完全に平坦であると、このようなディップは現れないと考えられる。また、その低い原子散乱因子により表面に吸着した水素の散乱に与える効果は、ほとんど無いと考えられる。動力学計算との詳細な比較から、この構造は表面上に形成された原子尺度でのラフネスに起因することが明らかになった。(原論文 3 及び 4)
 
 RHEPD の重要な応用として、金属表面ダイポール障壁の測定が考えられていた。(原論文 5)これは、ダイポール障壁が陽電子に対しては、正値となることを利用すものである。図 3 は、ニッケル、金及びイリジウムに対する RHEPD 全反射強度測定の結果を示している。これより、それぞれの結晶に対して、反射強度が、急峻に減少するポイントがあることが分かる。これらは、ダイポール障壁による陽電子反射と考えられ、理論値とも良く一致している。(原論文 3)


図3 ニッケル、金及びイリジウム (001) 表面に対する RHEPD 全反射強度の陽電子エネルギー依存性。

 

コメント    :
 
 

原論文1 Data source 1:
REFLECTION HIGH-ENERGY POSITRON DIFFRACTION
A. Ichimiya
Department of Applied Phisics, Nagoya University
Solid State Phenomena, vol. 28/29, pp. 143-148 (1992/93).

原論文2 Data source 2:
REFLECTION HIGH ENERGY POSITRON DIFFRACTION FROM A Si(111) SURFACE
A. Kawasuso and S. Okada
Japan Atomic Energy Research Institute, Takasaki Establishment
Physical Review Letters, vol. 81, pp. 2695-2698 (1998).

原論文3 Data source 3:
ROCKING CURVES FROM HYDROGEN-TERMINATED Si(111) SURFACES
A. Kawasuso, K.Kojima, M. Yoshikawa, S. Okada and A. Ichimiya
Japan Atomic Energy Research Institute, Takasaki Establishment/Department of Applied Physics, Nagoya University
Physical Review B (to be published)

キーワード:反射高速陽電子回折、陽電子、回折、表面、半導体、Reflection high energy positron diffraction, Positron, Diffraction, Surface, Semiconductors
分類コード:170202

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