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作成: 1999/02/26 鈴木 良一

データ番号   :170013
新モデレータの技術開発
目的      :高強度・高安定低速陽電子ビームの発生
研究実施機関名 :電子技術総合研究所、ミュンヘン防衛大学
応用分野    :高機能材料の分析・評価のための陽電子線源、陽電子顕微鏡、陽電子線回折

概要      :
 放射性同位元素や加速器で発生した陽電子はエネルギーが高く単色ではないことから、陽電子をモデレータによって減速して数eV以下の低速陽電子を発生する。この低速陽電子の発生には効率の高いモデレータが望まれ、タングステンモデレータの改良や希ガス固体モデレータ、SiC、GaN、ダイヤモンドなどの新しい高効率モデレータの研究が行われてきている。
 

詳細説明    :
 低速陽電子は、原子・分子などの基礎実験に使われるだけでなく、半導体薄膜や原子炉材料など高機能材料の表面および表面近傍の評価法のためのプローブとして期待されている。低速陽電子は、放射性同位元素や加速器等によって発生した高エネルギーの陽電子をモデレータ(減速材)に入射することによって生成する。陽電子がモデレータなどの固体に入射すると、数ピコ秒で熱エネルギー程度に減速し、その後固体中を拡散する。この拡散の途中で表面に到達した陽電子は、表面の仕事関数が負の場合、表面から仕事関数のエネルギー(数eV以下)で再放出される。これによって、エネルギーの高い陽電子を高い効率で低速陽電子に減速することができる。
 
 陽電子のモデレータは、回折実験や顕微鏡などに使用するための高輝度化にも用いられる。この場合、一度低速にした陽電子を加速し収束して再びモデレータに入射し、元のビームよりビーム径が小さく輝度の高い低速陽電子ビームを生成する。この高輝度化を繰り返すことによって陽電子顕微鏡などに最適なマイクロビームを得ることができる。この陽電子のモデレータには、陽電子が表面から再放出されること(仕事関数が負であること)、表面に到達した陽電子の再放出割合が高いこと、陽電子の拡散距離が長いこと、再放出割合の経時変化が少ないこと、再放出陽電子のエネルギー幅および放出角が狭いことなどが要求される。
 
 従来は、陽電子のモデレータとして主にタングステンが使用されてきた。タングステンは、真空中における熱処理が容易で、ある程度真空の悪い状態でも減速効率の劣化の少ないという特徴がある。最近、タングステンのモデレータを微量の酸素雰囲気中において熱処理を行ったり、1000度以下の高温に保ってわずかな酸素を導入する機構を設けることによって、従来のタングステンモデレータより高い減速効率で陽電子を減速できることが明らかになっている。しかし、タングステンの表面に到達した陽電子の再放出割合は通常二十数パーセントであまり高いとは言えない。そこで、再放出割合の高い陽電子減速材の研究がなされ、これまで、希ガス固体、ダイヤモンド、SiC、GaNなどが表面からの陽電子の再放出の割合が高いことが見出されている。
 
 この中で、Ar、Neなどの希ガス固体は、減速材を冷却しなければならないため、電子加速器などによる低速陽電子ビームの発生のための減速材には使用することは難しいが、放射性同位元素の減速材としては、タングステンよりも減速効率が高くできることが知られている。一方、ダイヤモンド、SiC、GaNは大気に長時間曝しても再放出割合は低下せず、大気に対して非常に安定性の高いことが知られている。これらは半導体あるいは絶縁体であることから、この内部に陽電子を表面に押し戻すような電界をかけて実効的な陽電子の拡散距離を高くする方法が提案されており、いくつか電界をかける実験がなされているがまだ成功した報告はない。


図1 Re-emitted positron ratio R as a function of positron energy for tungsten, n-type 3C-SiC, n-type 6H-SiC, p-type 6H-SiC, SrTiO3, and Si:H.(原論文1より引用)

 図1に各種固体の陽電子の再放出割合の入射エネルギー依存性を示す。この図からわかるように、n型のSiCが再放出割合が高く、入射エネルギーの高い領域でも再放出割合の低下が少ない。タングステンは、エネルギーの低い領域での再放出割合はSiCやGaNに比べて低いが、10keV以上のエネルギーの高い領域では再放出割合が高い。SiC、GaN、ダイヤモンドなどのワイドバンドギャップ半導体や希ガス固体のモデレータは、タングステンなどの金属のモデレータより表面から再放出する陽電子の割合は高いが、陽電子のエネルギー幅は広がっていることが知られている。したがって、これらのモデレータをマイクロビーム発生のための高輝度化の最終段のモデレータとして使うことは難しいが、10keV以下の陽電子を効率良く減速できることから初段と最終段の中間のモデレータとして期待される。
 

コメント    :
 低速陽電子の発生において、高エネルギーの陽電子を低速の陽電子にする陽電子モデレータの選定は最も重要な部分である。従来、陽電子のモデレータとしてはタングステンが主に使われてきたが、最近、希ガス固体、SiC、GaN、ダイヤモンドなどの新しいモデレータが注目されてきている。これらのモデレータにはそれぞれ異なった利点や欠点があることから、それぞれの使用目的に応じて最適なモデレータの選定を行う必要がある。
 

原論文1 Data source 1:
Investigation of Positron Moderator Materials for Electron-Linac-Based Slow Positron Beamlines
R. Suzuki*, T. Ohdaira*, A. Uedono**, Y.K. Cho***, S. Yoshida*, Y. Ishida*, T. Ohshima****, H. Itoh****, M. Chiwaki*, T. Mikado*, T. Yamazaki*, S. Tanigawa**
*Electrotechnical Laboratory, 1-1-4 Umezono, Tsukuba, Ibaraki 305, **Institute of Materials Science, University of Tsukuba, Tsukuba, Ibaraki 305, ***Korea Research Institute of Standards and Science, Yusong, Taejon, Korea, ****Japan Atomic Energy Research Institute, 1233 Watanuki, Takasaki, Gumma 370-12
Jap. J. Appl. Phys. 37 (1988) pp. 4636-4643.

参考資料1 Reference 1:
Silicon carbide: a new positron moderator
J. Stormer*, A. Goodyear**, W. Anwand***, G. Brauer***, P.G. Coleman**, and W. Triftshauser*
*Universitat Bundeswehr Munchen, Institut fur Nukleare Festkorperphysik, D-85577 Neubiberg, Germany, **School of Physics, University of East Anglia, Norwich NR4 7TJ, UK, ***Positron Group of Technical University Dresden, Research Centre Rossendorf Inc., POB510119,01314 Dresden, Germany
J. Phys. Condens. Matter 8 (1996) L89-L94.

キーワード:陽電子、低速陽電子、モデレータ、タングステン、電子リニアック、炭化ケイ素、窒化ガリウム、希ガス固体、ダイヤモンド
positron, slow positron, moderator, tungsten, electron linac, SiC, GaN, solid rare gas, diamond
分類コード:170101, 170102

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