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作成: 1998/10/21 村上 英興

データ番号   :170011
陽電子寿命-ドップラー拡がり相関法による物性研究
目的      :陽電子寿命-ドップラー拡がり相関法による固体物性研究の展開
研究実施機関名 :東京学芸大学、理化学研究所
応用分野    :高分子の自由体積の物性評価、固体内空洞の物性評価、固体表面の物性評価

概要      :
 固体に射込んだ陽電子が電子と対消滅するまでの時間と、対消滅γ線エネギーのドップラー拡がりとの関係、すなわち、陽電子寿命-ドップラー拡がり相関を調べると、特定の電子運動量領域での電子密度、および、特定の電子密度領域での電子運動量を明らかにできるため、物性基礎研究・実用材料開発に多大の成果が得られる。強力陽電子ビームを用いれば、短時間で精度の良い測定ができ、未開拓の分野に研究を展開できる。
 

詳細説明    :
 核変換や対生成によって生じた陽電子は、電子と出会って対消滅し、ほとんどの場合そのエネルギーが511keV近傍の2本のγ線となる。生成から消滅までの時間は電子密度と、また、消滅γ線エネルギーは消滅相手の電子の運動量と強く関係することはよく知られている。この事を利用して、陽電子を使った特徴のある物性研究が行なわれてきた。通常、陽電子の平均寿命測定においては、陽電子消滅時に放出されるエネルギーが511keV近傍のγ線を検出した瞬間をもって陽電子消滅時点とする。この際に、γ線のエネルギーは精密には測定されないために、電子の運動量についての検討はほとんどできない。
 
 また、消滅γ線エネルギーのドップラー拡がり測定では、陽電子寿命に無関係にγ線エネルギーを測定するために、全ての陽電子寿命についてドップラー拡がりを積分した結果を得ることになり、電子密度を検討することは困難である。したがって、陽電子寿命あるいはドップラー拡がりの単独測定では、表面や格子欠陥での陽電子消滅データと、他の消滅機構、例えば結晶格子中消滅のデータとが混在してしまい、表面物性や格子欠陥の詳細な評価・解析が不確かとなるきらいがある。
 
 また、ポジトロニウムの形成される物質では、その寿命や消滅γ線エネルギーのドップラー拡がりを測定して、ピックオフ消滅・スピンコンバージョン消滅・ポジトロニウムの寿命を検討し、磁性や物質の構造、化学活性などの物性を研究することができる。しかし、この場合にも種々の機構による陽電子消滅データが混在してしまい、目的とする物性の検討が難しくなることが多い。そこで、陽電子寿命とドップラー拡がりを相関づけて調べる研究方法が提案された。
 
 この陽電子寿命-ドップラー拡がり相関(Age-Momentum Correlation、AMOCと略されている)測定法では、個々の陽電子の寿命(Age)とその消滅時のγ線エネルギー(Momentum)を相関づけて測定する。消滅時のγ線エネルギーをある領域に限定して、この領域での陽電子寿命を調べれば、特定の電子運動量領域での電子密度を明らかにすることができる。また、ある長さの陽電子寿命に限ってγ線エネルギーのドップラー拡がりを調べれば、特定の電子密度領域での電子運動量についての情報を選択的に得ることができる。いずれの場合にも、他の機構による陽電子消滅データの混在が非常に少なくなるため、物性研究の結果が信頼に足るものとなる。このように、陽電子寿命-ドップラー拡がり相関測定法は大変優れた物性研究手法であり、多くの研究者がこの手法を試みてきた(原論文1,2)。
 
 多孔質シリコンでは、非常に長寿命のポジトロニウムが孔で消滅することが見出されている(原論文3)。陽電子寿命-ドップラー拡がり相関法は孔の表面物性研究に最適である。図1は、陽電子寿命-ドップラー拡がり相関測定システムの一例で、これを使って得られた多孔質シリコンでの陽電子の寿命(Age)とドップラー拡がりSパラメーターとの相関を図2にしめす。長寿命領域はポジトロニウムの消滅に対応しており、ポジトロニウムは孔の中で消滅しているのであるから、この領域のSパラメーターの解析から孔の表面状態を明らかに出来るものと期待される。


図1 陽電子寿命-ドップラー拡がり測定システム



図2 多孔質シリコンにおける陽電子寿命とドップラー拡がりSパラメーターの相関(伊東、村上、木下:未発表)

 通常、陽電子寿命やドップラー拡がり測定に使用している0.5〜1.0MBq程度の放射性同位元素陽電子線源では、計数効率があがらず、測定に数日以上の長時間を要する。このため、測定の精度が上がらないうえに試料の温度などの条件を変えて測定することが難しい。さらに、試料に打ち込む陽電子のエネルギーがそろっていないため、固体内入射距離は広く分布してしまい、試料内の特定場所の物性、例えば格子欠陥の深さ分布などを明らかにすることができない。これらの欠点は、強力陽電子ビームを用いれば解消でき、物性研究・実用材料開発に多大の貢献ができるため、近年になって陽電子ビームによる研究が開始されている(原論文4,5)。
 
 急冷、照射、表面化学処理等によって導入された格子欠陥の同定や物理・化学的性質、多孔質物質の物理・化学的性質等が陽電子消滅法で研究されてきたが、陽電子寿命-ドップラー拡がり相関法によって、より高度の研究成果が期待出来る。
 

コメント    :
 研究室で行なう、放射性同位元素を使った通常の陽電子寿命-ドップラー広がり相関測定では、長時間の測定時間が必要となることと、陽電子の打ち込みエネルギーが分布を持つことが研究範囲を狭めている。陽電子ビームを使っての陽電子寿命-ドップラー広がり相関測定では、これら点が改善できる。
 

原論文1 Data source 1:
Positron Age - Momentum Correlation in Some Organic Liquids
Y. KISHIMOTO and S. TANIGAWA.
University of Tsukuba
Positron Annihilation. Eds., P. G. Coleman, S. C. Sharma and L. M. Diana (North-Holland, Amsterdam, 1982) p. 815.

原論文2 Data source 2:
Application of Positron Age-Momentum Correlation Measurement to the Study of Defects in Electron Irradiated Synthetic Silica Glass
S. WATAUCHI, A. UEDONO, Y. UJIHIRA and O. YODA
University of Tokyo
J. Appl. Phys., 76(8), 4553 (1994)

原論文3 Data source 3:
Positron Annihilation in Porous Silicon
Y. ITOH(1), H. MURAKAMI(2) and A. KINOSHITA(3)
(1)RIKEN, (2)Tokyo Gakugei University, (3)Tokyo Denki University
Appl. Phys. Lett., 63(20), 2798 (1993)

原論文4 Data source 4:
Chemical Reactions of Positronium Studied by Age-Momentum Correlation (AMOC) Using a Relativistic Positron Beam
P. CASTELLAZ(1), J. MAJOR(1,2), C. MUJICA(3), H. SCHNEIDER(1), A. SEEGER(1,2), A. SIEGLE(1), H. STOLL(1), and I. BILLARD(4).
(1)Max-Planck-Institut fur Metallforschung,(2)Universitat Stuttgart,(3)Max-Planck-Institut fur Festkorperforschung, (4)Centre des Recherches Nucleaires
J. Radioanal. Nucl. Chem., Articles, 210, 457 (1996)

原論文5 Data source 5:
Two-dimensional Analysis of Positron Age-Momentum Correlation (AMOC) Data
A. SIEGLE(1), H. STOLL(1), P. CASTELLAZ(1), J. MAJOR(1,2), H. SCHNEIDER(1) and A. SEEGER(1,2)
(1)Max-Planck-Institut fur Metallforschung, (2)Universitat Stuttgart
Appl. Surf. Sci., 116, 140 (1997)

キーワード:陽電子寿命-ドップラー拡がり相関、表面物性, 自由体積空間
age-momentum correlation, surface characterization, free-volume space
分類コード:170203, 170301

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