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作成: 1998/11/13 鈴木 良一

データ番号   :170010
パルス陽電子寿命測定法
目的      :低速陽電子ビームを用いた材料評価
研究実施機関名 :電子技術総合研究所、ミュンヘン防衛大学、米国ローレンスリバモア国立研究所、住友重工、その他
応用分野    :半導体薄膜の分析・評価、高分子材料の分析・評価、原子炉材料などの照射損傷の評価

概要      :
 低速陽電子ビームを短パルス化装置によって100ピコ秒程度まで短パルス化して試料に入射し、短パルス化装置のタイミング信号と消滅ガンマ線の検出器のタイミング信号の差を測定することにより、低速陽電子ビームによる陽電子寿命測定が実現できる。この測定法では、試料への入射エネルギーを変えることにより入射深さを変えることができ、薄膜や表面近傍の材料の評価法を行うことができる。
 

詳細説明    :
 物質中での陽電子の寿命は、空孔型欠陥などの微視的構造によって変化する。この性質を利用した陽電子寿命測定法は、金属、半導体などさまざまな材料の評価法として用いられている。
 
 しかし、従来の陽電子寿命測定法は、放射性同位元素から放出される高エネルギー陽電子を用いていたために、陽電子の材料への入射深さを変えることができず、バルク内部の陽電子寿命しか測定することができなかった。そこで、低速陽電子ビームを用いてその入射エネルギーを変化させて試料への入射深さを変えることにより、表面や表面近傍の陽電子寿命を測定することができる陽電子寿命測定法が開発されてきた。その中で、低速陽電子ビームを100ピコ秒程度まで短パルス化して試料に入射し陽電子寿命を測定する方法が現在最も広く用いられている。
 
 低速陽電子のパルス化は、連続的な低速陽電子をチョッパーで数ナノ秒以下のパルスにして、それを単一あるいは複数のバンチャーと呼ばれるパルスの圧縮を行うデバイスを通して試料に入射し100ピコ秒程度まで短パルス化する。バンチャーは、時間的に早く来た陽電子を減速し遅く来た陽電子を加速し、あるドリフト距離を飛行させることによって試料に同じ時刻に到達させるデバイスである。
 
 ドイツのミュンヘン防衛大学では、放射性同位元素から放出される陽電子を減速した低速陽電子ビームを偏向型のチョッパー、プリバンチャー、バンチャーを用いて短パルス化することに成功した。この偏向型のチョッパーは、高周波の横方向の電界を用いて陽電子の軌道を変えてその後に配置したスリットを通るかどうかでビームを断続する方式であり、高周波の周波数を自由に変えることができないため、陽電子パルスの周期が限定され、測定可能な時間範囲が長くできないという問題があった。しかし、最近、チョッパーの手前でビームにチョッピング周波数より低い周波数のモジュレーションをかけることにより測定可能な時間範囲を数倍長くすることに成功している。


図1 Slow positron pulser for positron lifetime spectroscopy.(原論文2より引用)

 電子技術総合研究所では、電子リニアックによって発生した高強度低速陽電子ビームを極短パルス化し、これを用いた陽電子寿命測定装置の開発に成功している。この装置では、グリッド型チョッパー、サブハーモニックプリバンチャー、バンチャーによって短パルス陽電子ビームを発生している。このチョッパーは、グリッド間にパルス電圧をかけることによって陽電子をチョッピングする方式であり、パルスの周期をプリバンチャーの周期の整数倍に変えることができ、金属などの短い陽電子寿命だけでなく、高分子などの長い寿命成分を有する時間スペクトルも測定することが可能になっている。


図2 Blockdiagram of the control system for the positron pulser.(原論文2より引用)

 パルス化装置で短パルス化した陽電子ビームで陽電子の寿命を測定する場合、短パルス化装置からのタイミング信号と試料から放出されるガンマ線の検出器のタイミング信号の時間差を時間波高変換器や波高分析器を用いて寿命スペクトルを測定する。この時、パルス化装置から来るタイミング信号は、時間波高変換器にとって周期が短すぎるため、通常時間波高変換器のスターと信号にガンマ線検出器のタイミング信号を入れ、ストップ信号にパルス化装置からのタイミング信号を入れ、測定後にスペクトルの時間軸を反転する。
 
 これらのパルスビームによる陽電子寿命測定法は、試料に入射する陽電子のエネルギーを変えることによって、陽電子の平均入射深さを表面から数ナノメートルから数マイクロメートルまで変えることができ、特定の深さの欠陥などの情報を得ることができるようになってきている。
 

コメント    :
 陽電子寿命測定法は、物質中の原子空孔などの微視的な欠陥を非常に敏感に調べることのできる測定法であるが、従来は放射性同位元素から放出される陽電子をそのまま用いていたために、薄膜や表面近傍の陽電子寿命を調べることができなかった。そこで、ここで説明しているような低速陽電子ビームをパルス化し、入射エネルギーを制御して試料に打ち込むことによって特定の深さの領域の陽電子寿命を測定することができるようになった。これによって、高機能材料で重要な薄膜や表面近傍の欠陥などを調べることが可能になってきた。
 

原論文1 Data source 1:
Slow Positron Pulsing System for Variable Energy Positron Lifetime Spectroscopy
R. Suzuki, Y. Kobayashi, T. Mikado, H. Ohgaki, M. Chiwaki, T. Yamazaki and T. Tomimasu
Electrotechnical Laboratory, 1-1-4 Umezono, Tsukuba, Ibaraki 305, *National Chemical Laboratory for Industry, 1-1 Higashi, Tsukuba, Ibaraki 305
Jpn. J. Appl. Phys. 30, pp. L532-L534 (1991)

原論文2 Data source 2:
高強度低速陽電子ビームの短パルス化とその応用
鈴木 良一、大平 俊行、三角 智久、大垣 英明、千脇 光國、山崎 鉄夫、小林 慶規
電子技術総合研究所
電子技術総合研究所彙報 第59巻 第4号, pp. 245-259 (1995)

参考資料1 Reference 1:
a Pulsing System for Low Energy Positrons
D. Schodlbauer, P. Sperr, G. Kogel, and W. Triftshauser
Universitat der Bundeswehr Munchen, D-8014 Neubiberg, FRG
Nucl. Instr. Meth. B 34 pp.258-268 (1988).

参考資料2 Reference 2:
An improved pulsed low-energy positron system
P. Willutzki, J. Stormer, G. Kogel, P. Sperr, D.T. Britton, R. Steindl and W. Triftshauser
Universitat der Bundeswehr Munchen, D-85577 Neubiberg, FRG
Meas. Sci. Technol. 5, pp.548-554 (1994).

キーワード:陽電子、低速陽電子、パルスビーム、陽電子寿命、エネルギー可変、チョッパー、バンチャー
positron,slow positron,pulsed beam,positron lifetime,energy variable,chopper,buncher
分類コード:170103, 170205

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