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作成: 1998/11/26 河裾 厚男

データ番号   :170009
陽電子分光法による半導体中水素挙動の追跡
目的      :バルク半導体、特にシリコン中の水素挙動をその格子欠陥との相互作用を通じて明らかにする.
研究実施機関名 :日本原子力研究所材料開発部
応用分野    :半導体材料開発

概要      :
 日本原子力研究所では、高エネルギーの水素イオンをシリコン中に注入することにより生成した欠陥と水素の相互作用を陽電子消滅法及び赤外吸収法によって研究している。また、電子線とヘリウムイオン照射を行い、アニール挙動について比較などを行っている。これまでのところ、電子線及びヘリウムイオン照射の場合には、アニール温度の上昇に伴う原子空孔集合体の形成が認められた。しかし、水素イオン照射の場合には、原子空孔集合体の生成が抑制される効果が見いだされた。赤外吸収測定から、不対電子に結合した水素原子の振動モードが検出されたことから、水素原子は照射によって生成した原子空孔と結合して、複合体を形成すると考えられている。
 

詳細説明    :
 半導体中の水素は、極めて反応性に富んでいることが知られている。そこで、半導体中の導入された水素は不純物原子や格子欠陥と強く相互作用し、それらの性質を変化させると考えられている。例えば、ドナーやアクセプターと結合してそれらの電気的特性を喪失させたり、電気的に不活性な不純物と結合して、バンドギャップ中に新たな局在準位を形成する場合がある。表面不対電子の水素終端処理などは、実際にプロセス処理として利用されている。しかしながら、水素の振る舞いには未だに不明な点が多く残されており、重要な研究領域となっている。
 
 一方、陽電子消滅法は,材料中の原子空孔型欠陥を捕らえる有効な実験手法であり、これまでに金属や半導体材料中の格子欠陥解析に精力的に用いられてきた。日本原子力研究所において、高エネルギー水素イオンをシリコン基板に照射したときに生成する損傷と水素原子の相互作用に対する解析に陽電子消滅が適用された(原論文1)。


図1 水素イオン,ヘリウムイオン及び電子線を照射したシリコンについて測定された陽電子寿命の等時アニール挙動.(原論文1より引用)

 図1は、6MeVの水素イオン及びヘリウムイオン、そして3MeVの電子線をシリコンに照射したときに得られた欠陥に起因する陽電子寿命の等時アニール挙動を示している。電子線及びヘリウムイオン照射の場合,陽電子寿命は熱処理温度の上昇と共に増加することが分かる。これは、照射によって生成した原子空孔が移動し、安定な原子空孔集合体を形成して行く過程を示している。ところが、水素イオン照射の場合には,陽電子寿命は200℃付近で一旦下がり、300℃付近で上昇し、500℃及び600℃付近で再び減少と増加を繰り返すことが分かる。この振る舞いは、前者の二つとは大きく異なっている。
 
 また、水素イオン照射の場合には、非常に短い寿命成分が見いだされた。これらの結果は、水素原子と照射欠陥の相互作用を示唆している。実際、図2に示すように、2768cm-1の複原子空孔の吸収帯に加えて、1900-2250cm-1の波数領域に不対電子と結合した水素の局在振動に起因する多数の吸収ピークが見られる。ただし、これらの吸収ピークが原子空孔型欠陥と水素の複合体によるものか、格子間原子と水素の複合体によるのかは明らかではない。 


図2 水素イオン照射したシリコンに対する赤外吸収スペクトル.(原論文1より引用)



図3 水素イオン照射したシリコンについて得られた陽電子寿命と捕獲率,及び赤外吸収ピークの等時アニール挙動.(原論文1より引用)

 図3は寿命成分に対応する欠陥による陽電子の捕獲率(欠陥濃度に比例)及び赤外吸収ピークの等時アニール特性を示している。100-200℃のアニールで2768cm-1の吸収ピークが減少することが知られる。複原子空孔は、250℃付近で移動可能になることから、これは水素原子が複原子空孔と結合する過程であると推測される。同じ温度域で、陽電子寿命(τ2)と捕獲率(κ2)の低下が認められる。陽電子寿命の低下は、複原子空孔の空隙寸法が水素原子の結合により、減少したとして説明される。300-350℃で、2768 cm-1吸収ピークが検出限界になると同時に捕獲率(κ2)も減少し、さらに陽電子寿命(τ2)が増加すること分かる。これらの結果は、複原子空孔の移動により原子空孔集合体が生成するためと考えられる。450℃付近では、陽電子寿命(τ2)は突如減少する。上でも述べたとおり、この結果は原子空孔集合体の生成がそれ以上進行しないことを示している。即ち、原子空孔集合体の崩壊と原子空孔-水素原子複合体の生成を示唆している。
 
 捕獲率(κ2)は500℃付近にピークを示す。2033、2110及び2130 cm-1吸収ピークも同様の温度で最大値をとる。それ故、これらの吸収ピークは陽電子寿命(τ2)に対応する欠陥と対応づけることができる。捕獲率(κ1)は、短い陽電子寿命成分に対応している。この成分は、小さな原子空孔と水素原子の複合体によると推測されている。捕獲率(κ1)は150℃で一度減少した後、300℃付近で増加し、最終的に500℃で消滅する。2148-2223 cm-1吸収ピークも同様の挙動を示すことが分かる。故に、これらの吸収ピークは捕獲率(κ1)に対応する欠陥と関連づけることができる。観測された全ての吸収ピークは、550℃までに消失する。捕獲率も600℃までに検出限界以下になることが分かる。以上の結果は、全ての原子空孔-水素複合体が600℃までに消失することを示唆している。
 

コメント    :
 陽電子分光法による欠陥解析を通じて、水素の挙動について知見を得ることが可能である。
 

原論文1 Data source 1:
Vacancy-Hydrogen Interaction in Proton-Implanted Si Studied by Positron Lifetime and Infrared Absorption Measurements
A. Kawasuso, H. Arai, S. Okada
Japan Atomic Energy Research Institute
Materials Science Forum, 255-257, 548 (1997).

キーワード:陽電子消滅、シリコン、水素、格子欠陥
Positron annihilation, Silicon, Hydrogen, Lattice defect
分類コード:170302

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