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作成: 1998/10/25 河裾 厚男

データ番号   :170007
反射高速陽電子回折
目的      :反射高速陽電子回折による表面物性の研究
研究実施機関名 :日本原子力研究所・高崎研究所・技術開発課,名古屋大学大学院工学研究科一宮研究室
応用分野    :結晶表面の構造,不純物状態の解析及び表面物性値の測定

概要      :
 高速(10-100keV)の陽電子ビームを結晶表面にすれすれの角度(<5゜)で入射させることにより、(電子の場合の反射高速電子回折(RHEED)に対応して)反射高速陽電子回折(RHEPD)が可能である。RHEPDでは一次ブラッグピークが出現するほか、ある臨界角以下で入射陽電子の全てが反射される(全反射)というユニークな現象が現れることが、従来から理論的に予想されていた。そのため、母結晶の撹乱のためRHEEDでは得られない表面固有の物性が、RHEPDでは得られると期待されている。最近、Si基板を用いてRHEPD図形が得られ、上記の理論的な予言が実証された。RHEPD法による表面研究の進展に大きな期待が寄せられている。
 

詳細説明    :
 高速(10-100keV)の電子ビームを結晶表面にすれすれの角度(<5゜)で入射させることにより、表面に由来する回折図形が得られる。これは、反射高速電子回折(RHEED)と呼ばれる手法であり、今日では分子線エピタキシャル成長等における表面状態のその場観察に欠かせないものである。電子を陽電子で置き換えることにより、同様の手法(反射高速陽電子回折-RHEPD-)が原理的に可能である。一宮は、電子と陽電子に対する結晶ポテンシャルの符号が逆転することから、RHEPDでは一次ブラッグピークが出現し、ある臨界角以下で入射陽電子の全てが反射される(全反射)ことを理論的に予言していた(原論文 1)。一次ブラッグピークの出現によりRHEPDの回折強度はRHEEDのものを上回ることや、全反射の利用により母結晶の撹乱なしに表面固有の物性が得られると考えられている。そして、RHEPDはRHEEDの数倍のの表面敏感性をもつと考えられている。
 
 一方、一宮の理論的研究に先立ち、Oliva等はRHEPDの全反射の利用により、電子のしみ出しによって金属表面に生ずる表面ダイポールポテンシャル(RHEEDでは原理的に決定不可能)が決定できうることを理論的に指摘していた(参考資料1)。このように、RHEPD法はRHEED法にはないユニークな特徴を有しており、本手法が確立されることにより、より詳細な表面物性研究が可能になると期待されている。これまで、幾度かRHEPD実験が試みられたが、物理的に意味付けのできる明瞭な回折図形は得られておらず、一宮等の予言も確かめられてはいなかった。しかし、1998年、日本原子力研究所・高崎研究所において、静電場輸送方式の陽電子ビームラインによって形成された陽電子ビームを水素終端されたSi結晶表面に入射させることにより、初めて明瞭なRHEPD図形が得られた。そして、一宮の予言の殆どが実証されるに至った。以下でその概略を述べる。


図1 [110]及び[112]方位から15keV電子線を入射させた場合に得られた水素終端Si(111)表面によるRHEED図形。(原論文2より引用)

 図1は水素終端されたSi(111)基板に対して、[112]及び[110]方位から15keV電子を3-4゜の角度で入射させた場合に得られた回折図形を示している。RHEEDにおいて鏡面反射点(00)と(11)回折点から構成される第ゼロラウエゾーン及び(10)回折点を含む第一ラウエゾーンが観察される。このことは、水素終端されたSi表面がバルクの切断面に非常に近い構造となっていることを示唆している。


図2  [110]及び[112]方位から20keV陽電子線を入射させた場合に得られた水素終端Si(111)表面によるRHEPD図形。入射視射角はそれぞれ4.5゜及び4.0゜。(原論文2より引用)

 一方、2図は20keV陽電子を用いたRHEPDの実験結果を示す。ダイレクトスポット、鏡面反射点及び回折点からなる第ゼロラウエゾーンが明瞭に見られることがわかる。また、得られた回折点はSi(111)表面の格子定数を用いて合理的に指数付けできる。RHEPDがRHEEDと大きく異なる点は、反射強度の入射視射角依存性(ロッキング曲線)において見られる。


図3 RHEPD鏡面反射強度の入射視射角依存性(ロッキング曲線)。(原論文2より引用)

 図3は、RHEPDにおいて得られた鏡面反射点のロッキング曲線を示している。2゜以下の角度で、反射強度が非常に強く、1.5゜付近に極大が現れることが知られる。運動学的回折理論から、Si(111)に対する陽電子の全反射臨界角は1.4゜、そして一次ブラッグピークは1.6゜に現れると計算される。上で得られた結果は、この計算結果と極めて良く一致しており、陽電子の全反射と一次ブラッグピークの出現を示している。このような結果はRHEEDでは得られないものであり、RHEPDに固有の現象である(原論文2及び3)。
 
 以上のように、これまで実現されていなかったRHEPD法が確立され、本手法を用いた表面研究の新展開が期待される。
 

コメント    :
 RHEPD実験には径が小さく平行性の高い(角度分散の小さい)ビーム形成が不可欠である。アインツェルレンズを用いた静電場輸送方式のビームラインにて数十keV以上に陽電子を加速しさらにビームをコリメートすることにより、そのようなビームを形成することができる。また、輝度強化技術を併用することにより、より高品質のビーム形成が可能になると期待される。
 

原論文1 Data source 1:
REFLECTION HIGH-ENERGY POSITRON DIFFRACTION (RHEPD)
A.ICHIMIYA
Department of Applied Physics, School of Engineering, Nagoya University
Solid State Phenomena, 28&29, 143(1992/93)

原論文2 Data source 2:
Reflection High Energy Positron Diffraction from a Si (111) Surface
A.KAWASUSO and S.OKADA
Japan Atomic Energy Research Institute, Takasaki Establishment
Phys. Rev. Lett. 81, 2695(1998)

原論文3 Data source 3:
陽電子回折
一宮 彪彦、河裾 厚男*
名古屋大学大学院工学研究科、*日本原子力研究所・高崎研究所
放射線 24, 29(1988)

参考資料1 Reference 1:
J. Oliva, Ph.D.thesis
J. Oliva
University of California, San Diego
Unpublished (1979)

キーワード:陽電子、回折、反射高速陽電子回折、全反射
positron、diffraction、Reflection High Energy Positron Diffraction、total reflection
分類コード:170202, 170105

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