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作成: 1999/02/28 岡田 漱平

データ番号   :170005
電子リニアックを用いた低速陽電子ビーム発生用ターゲット技術
目的      :電子リニアックを用いた高強度低速陽電子ビームの発生に関わる技術開発
研究実施機関名 :日本原子力研究所高崎研究所、電子技術総合研究所、大阪大学産業科学研究所、その他
応用分野    :材料科学、表面物理、原子分子物理、量子電気力学、加速器科学

概要      :
 高エネルギー電子線による制動放射と対生成の連鎖で高エネルギーの陽電子と光子を発生させるコンバータに関して、100 MeV、100 kW級の高出力ビーム入射に対応できる自走式回転コンバータが考案され動作試験等により実用性が確認された。また、これらの陽電子及び光子を低速陽電子に変換するモデレータに関しては、複数のモデレータアセンブリーをシリーズに並べる多チャンネル低速陽電子ビーム同時形成法が提案され、実証試験の結果、その実用性が確認された。
 

詳細説明    :
 電子リニアックを用いた低速陽電子ビーム発生においては、まず高エネルギー電子線をタンタル(Ta)やタングステン(W)のような高原子番号物質に入射し、制動放射と対生成の連鎖(電磁カスケード)を起こさせる。このようにして高エネルギーの陽電子及び光子を発生させる物質をコンバータと呼ぶ。高エネルギー陽電子は、近接して置かれたモデレータと呼ばれる物質中で減速され熱化して拡散を始める。このうち一部は内部で消滅せずに表面に到達する。モデレータの表面ポテンシャルは陽電子に対してはマイナスになっているため、表面に到達した陽電子は、表面ポテンシャルの絶対値(〜eV)に相当するエネルギーを持って自発的に飛び出してくる。これを再放出といい、エネルギーと方向のそろった低速陽電子ビームが得られる。
 
 モデレータとしてはW箔がよく用いられるが、高原子番号物質であるため、陽電子が直接減速する過程だけでなく、コンバータ中と同様にモデレータ中の電磁カスケードで生じた陽電子が減速する過程も起こる。100 MeVの電子線を用いた場合、これまでの実験やモンテカルロ計算の結果から、低速陽電子への変換効率(低速陽電子数/電子数)は10-6〜10-5である。
 
 これまでに、ビームエネルギー〜100 MeV、平均ビーム出力1〜10 kWクラスの電子リニアックを使って最高毎秒〜108個の低速陽電子ビームが得られており、現在までのところ、この方式が強いビームを得るのに最も適している。この場合、電子ビームが直接あたるコンバータは冷却する必要があり、TaやW-Re(レニウム)合金の円板の縁に沿った水路により冷却する方法か、コンバータ中に水路を挿入し冷却する方法がとられている。
 
 陽電子ビームの特徴を最大限に活かし、微小領域の分析や過渡現象の追跡を行うために必要なnA級のビームを発生させるには100 MeV、100 kW級のリニアックが想定される。このような高出力の電子ビームが、最適厚さ8.2 mmのTaコンバータに入射した場合の発熱量は約38 kWと見積もられる。このままでは融解のおそれがあるため、コンバータを分割して冷却し回転させる必要がある。ところが、コンバータから1 m離れた場所での放射線場を見積もると、ビーム前方で〜108R/h、側方で〜106R/hとなり、潤滑剤や絶縁材が甚だしく劣化するため、モーターや回転貫通部の使用は制限されるものと考えられる。
 
 そこで、冷却水自体の噴入エネルギーで回転し、貫通部を持たない図1左図のような自走式回転コンバータが考案された。冷却水は回転軸の潤滑剤の役目も果たす。計算の結果、100 MeV、100 kWの電子ビーム入射に対して1 mm厚Ta円板8枚のうち1枚あたりの最大熱量付与は5.1 kWであった。図1右図のような模型を製作し、3ヶ月間の長期動作試験及び熱量にして1/10規模の電子ビーム照射試験が行われ安定な動作が確認された。また、この試験をもとにして熱解析を行った結果、回転軸から30 mmの位置に10 mm径のスポット状に5.1 kWの熱量が与えられた場合の最大到達温度は720℃となり、Taの融点(2996℃)より十分低いことがわかり、動作試験等の結果とあわせ本方式の実用性が確認された。


図1 高出力ビーム対応自走式回転コンバータ(原論文1より引用)

 従来、電子リニアック1台の運転で同時に使用できる低速陽電子ビームラインは1本であった。これはモデレータアセンブリーを1個に限っているためで、この場合、コンバータから放出される比較的エネルギーの高い陽電子はモデレータを透過し無駄になることがシミュレーションの結果から明らかになった。そこで、複数のモデレータアセンブリーをシリーズに並べる多チャンネル低速陽電子ビーム同時形成法が提案された。シミュレーションの結果、コンバータに近接したアセンブリーで大部分の高エネルギー陽電子は散乱されて広がり後続のアセンブリーでの低速陽電子発生への寄与は小さくなることがわかった。
 
 しかし、コンバータからは陽電子よりもはるかに多くの光子が放出されており、これがモデレータ中で対生成を起こすことによる低速陽電子発生への寄与は予想外に大きく、さらに、光子は直進性が高いため、コンバータから離れたアセンブリーでも、この効果はさほど衰えないこともわかった。実際に、図2に示すような2チャンネルのモデレータアセンブリーを製作し実験を行った結果、シミュレーションで予想されたとおり、コンバータから離れた第2チャンネルからも、コンバータに近接した第1チャンネルと比べて1桁も強度の落ちない低速陽電子ビームが観測され、この方式の実用性が確認された。


図2 多チャンネル単色ポジトロンビーム同時形成法実証試験結果(原論文1より引用)

  

コメント    :
 現在、100 MeV、100 kW級の電子リニアックは世界に存在しないが、設計研究の結果、その実現可能性は確認されている。このようなリニアックを用いてnA級の低速陽電子ビームを発生させるためには、上に述べた自走式回転コンバータのような工夫が必要になるであろうし、また、このような施設の効率的利用の観点から多チャンネル低速陽電子ビーム同時形成法は有効なものとなるであろう。
 

原論文1 Data source 1:
高強度ポジトロンビームの発生・利用をめざした研究開発
岡田 漱平
日本原子力研究所 高崎研究所
原子力工業 Vol.43, No.11 (1997) pp.46-53

キーワード:低速陽電子ビーム、電子リニアック、電子・陽電子コンバータ、陽電子モデレータ、制動放射、対生成、モンテカルロシミュレーション
slow positron beam, electron linac, electron/positron converter, positron moderator, Bremsstrahlung, pair production, Monte Carlo simulation
分類コード:170101, 170102

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