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作成: 2000/02/25 百島 則幸

データ番号   :160025
樹木年輪への放射性核種の移行
目的      :森林生態系における放射性核種の動態解明
研究実施機関名 :熊本大学理学部
応用分野    :環境放射能、森林生態学、年輪学

概要      :
 森林生態系に降下した放射性フォールアウトは、森林の元素サイクルに組み込まれる。樹木への移行は、フォールアウトの蓄積の歴史、土壌中での動態、樹木中での挙動によって決まる。セシウム-137は年輪中心部にも検出され、年輪中で安定セシウムと完全に混合していた。年輪中のストロンチウム-90はフォールアウトの蓄積パターンを示し、土壌から移行したあと細胞壁に強く保持され移動していないことが明らかになった。
 

詳細説明    :
 1950-60年代に行われた核実験により森林の放射能汚染が世界的規模で起こった。フォールアウトとして森林土壌に蓄積した放射性核種のうち、長半減期の核種は長く森林生態系に留まり、一部は経根吸収により樹木に移行している。核実験のフォールアウト核種のうち、長半減期のセシウム-137(半減期30年)とストロンチウム-90(半減期27年)が森林生態系で広く検出される。放射性核種の環境動態を明らかにするために、森林生態系の元素サイクルにおいて重要な役割を担っている樹木への放射性核種の移行を明らかにした。
 
 図−1に福岡市に生育していたスギ(樹齢77年)のセシウム-137とストロンチウム-90の分布を示す(原論文1)。森林生態系へのフォールアウトの蓄積は1950年代半ばから始まり、大部分は核実験が集中した1960年代の前半に起こった。年輪中のセシウム-137の分布はフォールアウトの蓄積の様子とは大きく異なり、セシウムは樹木年輪中を移動し再配置する元素であることを示している。このことはセシウム-137の比放射能が年輪中でほぼ一定値であることからもわかる。
 
 これまで分析した樹種はすべて針葉樹や広葉樹に関わらずセシウム-137は年輪の中心まで移行していた。ストロンチウム-90はフォールアウトの蓄積パターンに類似した分布を示しているが、大規模なフォールアウトが始まった1954年以前の古い年輪まで検出されている。経根吸収された放射性核種を含む無機元素は辺材(樹皮側の木部)を通り樹冠に移動する。辺材は水の通り道であり幅を持っている。このスギは伐採時点(1990年)で22年の辺材幅であったが、1954年(樹齢37年)当時は十数年の辺材幅であったと考えられる。
 
 ストロンチウム-90が1940年以前の古い年輪には検出されていないことは、ストロンチウム-90の取り込みは辺材に限定され、年輪間を越えてストロンチウムが移動しにくい元素であることを示している。フォールアウトの地表面への蓄積ピークは1960年代前半に起こったが、スギ年輪中のストロンチウム-90のピークも1960年代前半に見られ一致している。針葉樹(レッドスプルース、ホワイトパイン、ヘムロック)はすべて1960年代にピークを示し、針葉樹生態系はフォールアウトの根域への移動が速やかに起ると考えられる(原論文2)。
 
 一方、広葉樹(ヒッコリー、エルム、アメリカンビーチ)は、フォールアウトの蓄積パターンに似た年輪中の分布を示したが、ピークは1970年代に見られている(原論文2)。広葉樹は一般的に根が深い位置にあることが関係していると考えられる。フォールアウトの蓄積パターンと異なる分布を示した広葉樹(イエローポプラ、シュガーメイプル)もあることに注意する必要がある(原論文2)。


図1 Radial distribution of Sr-90 and Cs-137 in stemwood of sugi and their specific activities. The dashed line represents a cumulative deposition of Sr-90 in the northern hemisphere decay corrected to 1980(原論文1より引用)

 年輪中の金属は、水の通り道である仮導管や導管の細胞壁の交換サイトにイオン交換的に保持されているものと塩として存在するものがある。カリウムは木部から水洗いで溶脱することから大部分塩として存在していると考えられる。年輪中のCs-137とカリウムの分布が酷似していることと両元素が同じアルカリ金属に属することから、セシウムも塩として存在している可能性が高く、このことがセシウム-137の年輪中の高い移動性と関係していると推定される。
 
 年輪中でストロンチウムは交換サイトに存在している。細胞壁の交換サイトと樹液(木部に含まれている水分)間の金属の分配は化学平衡で、金属濃度、pH、交換サイト容量で決まる。土壌から取り込まれたストロンチウム-90は樹液と細胞壁の化学平衡の結果として年輪中に固定されている。もし、土壌環境に大きな変化(例えば、酸性雨によるストロンチウムの溶脱)が起こると、その変化は樹液を介して辺材に及ぶことになる。そのような変化は、年輪中のストロンチウム-90の分布をフォールアウトパターンと異なる分布に変えることになる(原論文3)。
 

コメント    :
 
 

原論文1 Data source 1:
Distribution and Chemical Characteristics of Cations in Annual Rings of Japanese Cedar
N. Momoshima, I. Eto, H. Kofuji, Y. Takashima, M. Koike, Y. Imaizumi and T. Harad
Faculty of Science, Kyushu University, Hakozaki, Higashiku, Fukuoka, Japan
Environ. Qual., 24, 1141-1149 (1995)

原論文2 Data source 2:
The Radial Distribution of Sr-90 and Cs-137 in Trees
N. Momoshima and E. A. Bondietti
Faculty of Science, Kyushu University, Hakozaki, Higashiku, Fukuoka, Japan
J. Environ. Radioactivity, 22, 93-109 (1994)

原論文3 Data source 3:
A Historical Perspective on Divalent Cation Trend in Red Spruce Stemwood and the Hypothetical Relationship to Acidic Deposition
E. A. Bondietti, N. Momoshima, W. C. Shortle and K. T. Smith
Environmental Sciences Division, Oak Ridge National Laboratory, Oak Ridge, Tennessee, USA
Can. J. For. Res., 20, 1850-1858 (1990)

キーワード:樹木 tree、年輪 annual wood rings、分布 distribution、放射性核種 radionuclide、フォールアウト fallout、ストロンチウム-90 Sr-90、セシウム-137 Cs-137、取り込み uptake、蓄積 accumulation
分類コード:160104

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