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作成: 2000/02/20 内田 滋夫

データ番号   :160015
土壌中における放射性核種の存在形態変化
目的      :環境汚染物質の挙動予測における高精度化のためのアプローチ
研究実施機関名 :放射線医学総合研究所第4研究グループ
応用分野    :環境科学,衛生工学,環境化学,生態学,土壌化学

概要      :
 元素の環境挙動に最も影響を与えているものは、その元素の環境中における存在形態である。環境挙動を正確に把握するために,対象元素の連続抽出を行い,その存在形態を求める試みが行われてきた。元素の存在形態を変化させる要因として,土壌の酸化還元電位の変化や土壌微生物活動の活性化等を挙げることができる。

詳細説明    :
1. はじめに
 一般に、元素の環境挙動に最も影響を与えているものは、その元素の環境中における存在形態である。これまで、環境試料中の元素濃度を分析する事に主眼が置かれていたが、近年はその存在形態にも関心が注がれて来た。環境中でその形態が大きく変化する元素は、たとえば炭素やヨウ素等幾つかある。Tcも環境中で存在形態が大きく異なる元素の1つ(図1)である(原論文1)。Tcの存在形態が複雑と考えられる理由は、他の金属元素に比べて、複数の酸化状態(-1価から+7価)をとるためである。


図1 土壌中におけるテクネチウムの存在形態(原論文1より引用)

 本稿では、Tcを例に取り上げ、人体への移行経路として重要と考えられる「土壌-植物系」において、何故、存在形態に関する情報が必要であるのかを述べる。
 
2. テクネチウムの土壌から植物への移行


図2 ライシメーターによる牧草栽培におけるTc-99の移行係数の経時変化

 Tcの植物への移行量の経時変化に関する実験結果を図2に示す。この実験は(原論文2)、ライシメータに牧草を植えた後、99Tc(化学形はTcO4-)を噴霧により一回土壌に添加し、適当な大きさに生育後、牧草(地上部のみ)を採取し、その放射能濃度を測定したものである。図より牧草によるTcの移行係数は時間と共に指数関数的に減少している事が分かる。最初は高い値が得られたが、3年程度経過した時点においては、初期値の1/100程度にまで低下している。すなわち、Tc添加直後は、その化学形はTcO4-であり、これは殆ど土壌に収着せず、土壌溶液と共に植物に移行する。その後、土壌中で植物に吸収されにくい化学形に変化したのである。このように、元素の土壌中における存在形態変化は、その元素の植物への移行に大きな影響を及ぼす。したがって、土壌中の元素の総量を把握するだけでは、元素の挙動を完全に把握することは出来ず、その存在形態をも調べる必要がある。
 
3.土壌中のテクネチウムの存在形態
 前述したように、土壌中のTcは、時間が経過すると共にその存在形態が徐々に変化してゆく。これまでに、種々の溶媒を用いて土壌や堆積物より対象元素の連続抽出を行い、その存在形態を求める試みが行われてきた。このような連続抽出法としては、現在のところTessierらによる方法が一般的である(原論文3)。彼らは微量元素をその抽出特性にしたがって次の5つの画分に分類した。すなわち、1.交換可能画分、2.炭酸塩画分、3.鉄またはマンガン酸化物画分、4.有機物画分、5.残査(鉱物画分)の5つである。
 
 田上と内田 は、上述の方法を用いて、TcO4-の化学形で土壌に添加したTcが、特に還元状態が発達する土壌において、価数の低い化学形に変化したり、有機物結合やFe・Mn酸化物への収着により、時間と共に土壌溶液中から土壌の固相に収着していくことを報告している(原論文4)。また、BondiettiとGartenは、Tc添加後長期間経過した汚染土壌では、0.25% NaOCl(pH10.4)で抽出できる還元状態のTcが最も多いことを報告している(図3)(原論文5)。


図3 汚染した森林土を用いた連続抽出によるTc-99の抽出割合

 
4. まとめ
 以上、ごく簡単に土壌-植物系の移行を念頭に置きつつ、土壌中のTcの存在形態について述べた。Tcの挙動は、これまで環境安全研究において注目を浴びてきた金属元素と異なるユニークな面をもっている。すなわち、酸化的雰囲気の条件の土壌中では、TcO4-の化学形で主に土壌溶液中に存在する。この化学形は可溶性が高いため水と共に植物へ移行しやすい。しかし、ある条件下の土壌中において、Tcは植物に移行しにくい存在形態に変化する。その条件としては、土壌の酸化還元電位の低下や土壌微生物活動の活性化等を挙げることができる。Tcだけでなく、他の元素に関しても、その環境挙動を正確に把握するためには、このような存在形態を考慮した研究がますます必要となるであろう。

コメント    :
 環境中において、元素の存在形態を正確に把握することは、現在の知識でもかなり困難である。存在形態のすべてを把握するのではなく、例えば、土壌から植物へ移行しやすい存在形態に着目するなど、目的に応じて抽出法を選択することが必要である。

原論文1 Data source 1:
土壌中におけるテクネチウムの物理化学的形態に関する考察.
田上恵子、羽鳥真紀子、五十嵐康人、内田滋夫
放射線医学総合研究所、気象研究所
Radioisotope, 43, 623-634, 1994.

原論文2 Data source 2:
Long-term availability of Tc deposited on soil after accidental releases.
Vandecasteele, C. M., Dehut, J. P., Van Laer, S., Deprins, D. and Myttenaere, C.
Belgian Nuclear Research Centre, Belgium.
Health Phys., 57, 247-254, 1989.

原論文3 Data source 3:
Sequential extraction procedure for the speciation of particulate trace metals.
Tessier, A., Campbell, P. and Bisson, M.
Univ. of Quebec, Canada.
Anal. Chem., 51, 844-851, 1979.

原論文4 Data source 4:
Aging effect on technetium behaviour in soil under aerobic and anaerobic conditions.
Tagami, K. and Uchida, S.
National Institute of Radiological Sciences, Japan.
Toxicol. Environ. Chem., 56, 235-247, 1996.

原論文5 Data source 5:
Speciation of Tc-99 and Co-60: Correlation of laboratory and field observations.
Bondietti, E. A. and Garten, C. T.
Oak Ridge National Laboratory, USA.
"Speciation of Fission and Activation Products in the Environment ", (Bulman, R. A. and Cooper, J. R. eds. ), pp.79-92, Elsevier Appl. Sci. Pub., London-New York (1985)

参考資料1 Reference 1:
Aging effect on bioavailability of Mn, Co, Zn and Tc in Japanese agricultural soils under waterlogged conditions.
Tagami, K. and Uchida, S.
National Institute of Radiological Sciences, Japan.
Geoderma, 84, 3-13, 1998.

キーワード:環境汚染、存在形態、移行経路、土壌-植物系、放射性核種、
Environmental pollution, Speciation, Transfer pathway, Soil-plant system, Radionuclide
分類コード:160103,160105,160204

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