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作成: 1999/02/05 篠永 妙子

データ番号   :160014
大気中放射性核種の大豆による葉面吸収と各核種の植物中移動性の評価
目的      :大気中の放射性核種の大豆による取り込みのモデル実験と、各核種の植物中における移動性の評価
研究実施機関名 :理化学研究所微生物制御研究室
応用分野    :環境科学、植物学

概要      :
 大気中放射性核種の植物葉による取り込みをマルチトレーサー法を用いたモデル実験により調べ、可食部および他の植物部位における放射性核種の相対分布を明らかにした。また得られた結果を用いて、放射性核種の移動モデルの中で現在用いられているパラメーターの一つである Translocation factor に準ずる Mobility factor の定量を各核種について行った。
 

詳細説明    :
1. はじめに
 植物が放射性元素を取り込むことにより生ずる食物連鎖の汚染は近年増加しいる。このため、放射性元素の挙動について、土壌-植物系における移行係数や分配係数などを求めることにより、その汚染状況や可能性を評価する研究が多く行われてきた。植物は、環境中の元素を土壌経由で取り込むと同時に、大気中からも葉面吸収により直接取り込むことが知られている。しかしながら、土壌からの吸収を差し引いた葉面吸収量のみの定量は、多量元素あるいは代表的な放射性核種(Cs, Sr) について行われていたものの、微量元素や他の放射性核種についてはほとんど行われていなかった。葉面吸収は大気中の元素を直接植物体内に取り込むものであり、その汚染は迅速でかつ大きいものと予想されるため、多くの元素について大気ー植物系の挙動について知ることは重要である。
 
 われわれが開発したマルチトレーサー法は、多くの元素を同時に植物に与え、その挙動を調べることが可能である。この方法をモデル実験に取り入れ、大気中の元素の植物による取込み及び過食部への移行を調べることを考案し、大豆を対象として実験を行った。また、ここで得られた実験結果を用いて、これまでデータが少なかった、環境放射性物質の移動モデルのパラメーターの一つである Translocation factor と同様の意味をもつ Mobility factor の定量を行った。Translocation factor は、Mueller and Proehl (1993) により放射性物質移動モデル (ECOSYS-87) の中で系統的に使われていたものの、データの不足などから精度の良いものではなかったため、より精度の高いパラメーターが求められてきた。ここでは、マルチトレーサー法を用いて、多核種について大豆植物中における放射性核種の移動性を定量した。
 
2. マルチトレーサー法
 マルチトレーサーは、理研リングサイクロトロンにて 300 マイクロメートル 厚の金箔を 135 MeV/nucleaon 14N イオンビームで20 時間照射することにより製造した。照射した金箔を王水で溶解した後蒸発乾固し、残留物を 3 mol dm-3 の塩酸中に溶解した。金を酢酸エチルで抽出して取り除き、水相を蒸発乾固し、残留物を蒸留水で溶解してマルチトレーサーを得た。生成された核種のうち、 Sc, Mn, Co, As, Se, Rb, Sr, Y, Eu, Gd, Yb, Hf, Re, Ir について調べた。
 
 ガンマ線の測定は、高純度ゲルマニウム検出器で行い、解析は、理化学研究所コンピューター FACOM M 1800 を用い、プログラムBOB 76 code (Baba et al., 1971) により行った。
 
2. モデル実験
 上記実験を行うため、図1に示すモデル実験を考案した。


図1  実験法の図解(原論文2より引用)

 大豆種子をシャーレにおいて培養液で発芽させた後、土壌を入れたアクリル製の透明な箱 (65H x 30D x 50W cm) に移植し、バイオトロンの中で生育させた。マルチトレーサー溶液はセルロース粉末(幅 5-30、長さ 11-180 マイクロメ-トル、面積 65-1900 平方マイクロメ-トル、n=16) に吸着させ乾燥た後、テフロン管を通して送り込んだ空気により箱の中で拡散させた。拡散は、収穫(成熟期)まで毎日2度ずつ行った。植物育成に必要な水分は、同様にテフロン管を通して毎日およそ 100 ml 外部から与えた。土壌表面はフィルムで覆い、根からの放射性核種の吸収を防いだ。箱の上部には直径 9 cm の穴を開け、ガラスろ紙とメンブランフィルターで覆うことにより植物の呼吸を可能にし、放射性物質の漏えいを防いだ。バイオトロンの中は、23 ℃、湿度 100 %、照度 20000 lux、12 h サイクルで昼夜を設定した。
 
3. Mobility factor の定量
 Mobility factor は、葉面吸収された元素の可食部への移行を表すパラメーターである。現在の放射性移行モデルの中に使われる Translocation factor と同様なファクターであるが、Translocation factor の場合、放射性物質の葉面散布は一回のみという条件のもとに実験、計算される。本実験では、幼芽期から成熟期まで連続して放射性物質を散布しているので厳密には Translocation factor とは異なるものであるが、葉面から可食部への移行を定量的に示している点においては同様な意味を持ち、植物中での元素移行を定量的に知りうる重要な情報と言える。Mobility factor の定量値は下記式より求めた。
 
   Mobility factor = RC* in plant part at harvest [Bq/g] / RC* in leaves at havest [Bq/g]
     *RC: Radioactivity concentration
 
 放射性核種の大豆葉面からの移行は植物各部位について調べたが、可食部である果実中の各核種の相対分布を図2に示す。また、可食部における Mobility factor の定量値から各核種を mobile, medium mobile, immobile と3段階にクラス分けした結果を表1に示す。


図2  大豆果実およびさやにおける各元素濃度 (%/g)(原論文1より引用)


表1  Mobility より分類された大豆可食部への各元素の易動度 (原論文2より引用)
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        Study                                    mobility class
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                           mobile       medium mobile       immobile
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      This work          Rb,Co,Se,       Mn,As,Sr,Re,  Sc,Y,Eu,Gd,Yb,Hf,Ir
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ECOSYS-87                Co,Mn,Rb,Mo,                  Na,Sr,Y,Zr,Nb,Ru,Rh,Ag,Ba,
(Muller and Prohl,1993)  Tc,Te,I,Cs,Sb                 La,Ce,Pr,Nd,Np,Pu,Am,Cm
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The elements written in bold indicate the elements studied in this work.
 

コメント    :
 Translocation factor は、モデルの中で重要なパラメーターであるにもかかわらず、植物種、植物の成長段階、気候等さまざまな要因によってばらつきがあることや実験の難しさなどから、データはきわめて少ない。さらに、これまでに報告された核種は大部分 Cs やSrなどに限られていた。マルチトレーサー法を用いた実験により多種核種について Mobility factor の定量を行うことが可能となった。また定量値から移行のしやすさを元素ごとに、mobile, medium mobile, immobile と3段階にクラス分けを行った。これまで、Cs と Sr のデータを代用して他元素について mobile および immobile にクラス分けられていたパラメーターの精度向上が期待される。
 

原論文1 Data source 1:
Multitracer study on absorption of radionuclides in atmospher-plant model system
Shinonaga T. and Ambe S.
理化学研究所 (The Institute of Physical and Chemical Research (RIKEN)), 和光市広沢 2-1
Water, Air, and Soil Pollut. 101, 93-103 (1998)

原論文2 Data source 2:
Experimentally determined mobility of trace elements in soybean plants
Shinonaga T., Proehl G., Mueller H., and Ambe S.
GSF-National Research Center for Environment and Health, D-85764 Neuherberg, Germany, 理化学研究所 (The Institute of Physical and Chemical Research (RIKEN)), 和光市広沢 2-1
Sci. Total Environ. 225, 241-248 (1999)

原論文3 Data source 3:
Multitracer study on the behavior of various elements in atmosphere plant-system
Shinonaga T., Ambe S., Enomoto S., Maeda H., Iwamoto M., Watanabe T., and Yamaguchi I.
理化学研究所 (The Institute of Physical and Chemical Research (RIKEN)), 和光市広沢 2-1
J. Radioanal. Nucl. Chem., Letters, 212, 163-172 (1996)

原論文4 Data source 4:
Multitracer study on behavior of various elements in atmosphere-plant system
Shinonaga T., Ambe S., Watanabe T., and Yamaguchi I.
理化学研究所 (The Institute of Physical and Chemical Research (RIKEN)), 和光市広沢 2-1
RIKEN Review, No. 13, 19-20 (1996)

参考資料1 Reference 1:
ECOSYS-87: A dynamic model for assessing radiological consequences of nuclear accidents.
Mueller H. and Proehl G,
GSF-National Research Center for Environment and Health
Health Phys. 64, 232-252 (1993)

参考資料2 Reference 2:
Fast computer analysis of the g ray spectrum from Ge(Li) detectors.
Baba H, Okashita H, Baba S, Suzuki T, Umezawa H, Natsume H.
大阪大学
J. Nucl Sci Technol, 8, 703-712 (1971)

キーワード:マルチトレーサー法、放射性核種、大気ー植物系、モデル実験、葉面吸収、移動性ファクター
Multitracer technique, Radionuclides, Atomosphere-plant system, Model experiment, Foliar uptake, Mobility factor
分類コード:160104

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