原子力基盤技術データベースのメインページへ

作成: 1998/11/28 安部 静子

データ番号   :160005
マルチトレーサ法による放射性核種の植物への経根吸収の研究
目的      :マルチトレーサ法による種々の放射性各種の植物による経根吸収
研究実施機関名 :理化学研究所無機化学物理研究室
応用分野    :環境科学、植物生理学

概要      :
 理化学研究所で開発したマルチトレーサ法を用いて、種々の放射性核種の植物による経根吸収を調べた。マルチトレーサ法を用いるとBeからReまでの多くの元素についての情報が同時に得られるので、植物の個体差の問題がなく元素間の比較を容易に行うことができる。ここではダイズ、コマツナをマルチトレーサを含む土壌で育成し、放射性核種の植物器官の分布、移行係数を求めた結果を述べる。
 

詳細説明    :
1.はじめに
 人類が物質やエネルギーの生産活動に励み、快適で文化的な生活を獲得した反面、公害という好ましからぬ問題が大きくのしかかってきている。その一つに有害元素および放射性元素による環境汚染がある。これらの元素は植物に吸収され、食物連鎖により最終的に人間に蓄積されることになる。これら有害元素および放射性元素の人間への元素毒性および放射線被曝の危険性を評価するためには、まず第一に植物がどれくらいこれらの元素を土壌から吸収し蓄積するかを知る必要がある。
 
 理化学研究所のリングサイクロトロンで加速した高いエネルギーの酸素、炭素、窒素などのビームで金、銀などの箔を照射すると、核破砕反応により種々の放射性核種が生成する。これらの放射性核種を個々に分離せずに、植物に投与すると多くの元素の取り込み挙動を同時に追跡する事ができる。我々はこの方法をマルチトレーサ法と称して、多くの元素が関与する系に応用してきた。ここでは植物による放射性核種の経根吸収の研究への応用について述べる。
 
2.マルチトレーサの製造
 リングサイクロトロンで加速した高いエネルギーの酸素、炭素、窒素などのビームで照射した金や銀をそれぞれ王水や硝酸に溶解したのち、放射化学的方法により放射性核種のみを取り出す。最終的に得られた溶液には、金や銀が完全に除かれて、無担体の放射性核種のみが残る。またこのマルチトレーサ溶液には塩類は一切含まれていないので、どのような実験にも対応することができる。
 
3.放射性核種のダイズの各器官への移行
 土壌にマルチトレーサ溶液を加えてよく混合したのち、ダイズ種子をまき、果実ができるまで育成した。2カ月後、種子、さや、葉、茎、根に分けて、65度で一日乾燥した。これらをプラスチック容器につめて、ガンマ線測定試料とした。ガンマ線はゲルマニウム半導体検出器で測定した。ガンマ線スペクトルはコンピューターを用いて解析した。多くの元素は根に見いだされたが、可食部の種子まで移行する元素はMn、Zn、Se、Rb、Srの限られた元素である。表1に放射性核種の土壌中濃度(Bq/g)にたいする植物中濃度(Bq/g)の比で表される移行係数を示す。

表1 2カ月土壌で育成したダイズの各部位への元素の移行係数(原論文2より引用)
--------------------------------------------------
Element   Root     Stem     Leaf     Pod     Seed
--------------------------------------------------
Na        0.31    <0.1     <0.1     <0.1    <0.1 
V        <0.1     <0.1     <0.1     <0.1    <0.1
Mn        0.024    0.35    <0.01     0.089   0.06
Co        0.19    <0.01    <0.01    <0.01   <0.01
Zn       <0.1      0.41     0.23     0.18    1.1
Se        0.51     0.20     0.18    <0.01    0.64
Rb        0.40     0.54     0.24     0.34    0.90
Sr        0.15     0.82     0.37     0.24    0.049
Y         0.14    <0.01    <0.01    <0.01   <0.01
Zr       <0.1     <0.1     <0.1     <0.1    <0.1
Nb       <0.1     <0.1     <0.1     <0.1    <0.1
Ru        0.18    <0.01    <0.01    <0.01   <0.01
Rh       <0.1     <0.1     <0.1     <0.1    <0.1
Ag        0.78    <0.01    <0.01    <0.01   <0.01
Te       <0.1     <0.1     <0.1     <0.1    <0.1
Ce        0.057    0.008   <0.001   <0.001  <0.001
Eu        0.16    <0.001   <0.001   <0.001  <0.001
Gd        0.15    <0.001   <0.001   <0.001  <0.001
Yb        0.16    <0.001   <0.001   <0.001  <0.001
Hf       <0.01    <0.01    <0.01    <0.01   <0.01
Ir        0.36    <0.01    <0.01    <0.01   <0.01
--------------------------------------------------
 
4.放射性核種の生育段階別移行係数
 コマツナを用いて、成長の違いによる放射性核種の移行係数の変化を調べた。マルチトレーサを投与した土壌にコマツナの種子をまき、14、20、26、30日後に収穫し、葉と根に分けて乾燥後ガンマ線スペクトルを測定した。葉におけるNa、Mn、Zn、Rb、Sr、Csの移行係数の生育段階依存性を図1にしめす。エラーバーは5個の試料の標準偏差である。Rb、Csではわずかではあるが、成長とともに移行係数が減少している。ところが同じアルカリ元素のNaは生育段階にはよらずほぼ一定である。Mnでは逆に移行係数は成長とともに増大ている。Znは14日の葉が最も高い値を示し、20、26、30日では誤差の範囲でほぼ一定であった。図には示さないがCo、Seの移行係数は生育段階にはよらず、ほぼ一定であった。これらの元素の移行係数は同時に得られたものであり、元素による移行係数の成長段階依存性の違いは、きわめて信頼性の高いものと考えられる。
 
 以上の結果よりマルチトレーサ法は、植物による微量元素の吸収や移行の研究において、多くの元素の挙動を同時に追跡できるので効率的であるとともに元素間の比較を容易にするなどの利点を備えていることがわかる。


図1 コマツナの葉における生育段階別の移行係数(原論文3より引用)

 

コメント    :
 植物栄養学の立場からリン、窒素、カリウム、カルシウムなどの主要元素の植物による吸収はよく研究されているが、微量元素の吸収や植物生理学的研究は始まったばかりで、これから発展する分野と考えられる。理化学研究所で開発したマルチトレーサ法は、植物による有害元素や放射性元素の吸収に関する環境科学的研究のみならず、微量元素の植物生理学的研究においても極めて有用な方法である。
 

原論文1 Data source 1:
"Mutitracer" a new tracer technique ---its principle, features, and application
Ambe, S., Chen, S. Y., Ohkubo, Y., Kobayashi, Y., Maeda, H., Iwamoto, M., Yanokura, M., Takematsu, N., and Ambe, F.
理化学研究所(The Institute of Physical and Chemical Research)、埼玉県和光市広和2-1
J. Radioanal. Nucl. Chem. 195, 297-303 (1995)

原論文2 Data source 2:
Multitracer study on transport and distribution of metal ions in plants
Ambe, S., Ohkubo, Y., Kobayashi, Y., Iwamoto, M., Maeda, H., and Yanokura, M.
理化学研究所(The Institute of Physical and Chemical Research)、埼玉県和光市広和2-1
J. Radioanal. Nucl. Chem. 195, 305-313 (1995)

原論文3 Data source 3:
Multitracer study on the soil-to-plant transfer of radionuclides in komatsuna at different growth stages
Ambe, S., Ozaki, T., Enomoto, S., and Shinonaga, T.
)理化学研究所(The Institute of Physical and Chemical Research)、埼玉県和光市広和2-1
Environ. Technol. 20, 111-116 (1999)

キーワード:マルチトレーサ、放射性核種、植物、ダイズ、コマツナ、経根吸収、移行係数
multitracer, radionuclide, plant, soybean, komatsuna, absorption via roots, transfer factor
分類コード:160201, 160203

原子力基盤技術データベースのメインページへ