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作成: 1997/10/30 山澤 弘実

データ番号   :160002
数値モデルによる放射能の大気拡散評価
目的      :大気拡散数値モデルの開発と応用
研究実施機関名 :日本原子力研究所東海研究所環境安全研究部
応用分野    :原子力気象、環境評価、大気汚染

概要      :
 本モデルは、主に移流・拡散の評価を対象とし、気象モデルと拡散モデルから構成される。主用途は、原子力施設等からの事故放出放射能が与えるサイト周辺10から100km程度の範囲での影響をリアルタイムで予測する緊急時対応システムでの利用である。モデルの性能は、実測気象データ及び人工トレーサガスを放出して得られた濃度分布との比較により確認されている。
 

詳細説明    :
1.大気拡散数値モデルの対象と構成
 大気中に放出された物質は、平均的な風の流れによる移流、大気乱流による拡散、化学変化、重力沈降、地表物への付着等による乾性沈着、降水による湿性沈着等のプロセスを経る。本モデルは、主に移流・拡散の評価を対象としたものである。主用途は、原子力施設等からの事故放出放射能が与えるサイト周辺10から100km程度の範囲での影響をリアルタイムで予測する緊急時対応システムでの利用である。モデルは大きく二つに分けられる(図1)。第一のモデルは大気の物理過程を表す支配方程式系を数値的に解き、風速場および乱流場を計算する気象モデル、第二のモデルは計算された風速場および乱流場を入力として大気拡散を計算し、濃度を求める拡散モデルである。緊急時対応システムでは、さらに被曝線量を計算する部分を付加して用いる。


図1 大気拡散数値モデルの構成と緊急時対応システムでの利用例

 
2.気象モデル
 ブジネスク近似、静水圧近似を用いたプリミティブ方程式系を中核とし、2次オーダー乱流モデル、地表面モデル等から構成され、拡散計算に用いられる風速3成分の3次元分布、拡散係数の3次元分布を計算する。この他、気温分布、地温分布、地表面熱収支等もモデル内部で計算され、独立した気象モデルとしても使用可能である。計算条件設定で必要となる地形および地表面情報を国土数値情報から作成するためのユーティリティーも準備されている。入力データは気象庁数値予報(GPV-RSM)データであり、これを元に初期条件、境界条件が設定される。数値解法は差分法である。ソースコードはFORTRANで記述されており、ベクトル化済みである。計算に要するCPU時間は、VPP500(1PE、1600Mflops)で標準的な計算条件を用いた場合、1時間の予測当たり約1分である。この3次元モデルと同じ物理過程が考慮された1次元モデルも開発されており、目的に応じて使い分ける。
 
3.拡散モデル
 非拡散物質を多数の粒子で模擬するラグランジュ型の拡散モデルである。各粒子は、放出時点での放出率に相当する属性量を持ち、平均風速による移動と乱流によるランダムな移動の和で粒子の運動が計算される。拡散方程式を差分法等で解くオイラー型の拡散モデルに比べ、疑似拡散がないため点状放出源の拡散評価に向く。濃度は、濃度評価格子に存在する粒子の属性量を時間積算することによって、任意の時間の平均濃度として計算される。
 
4.モデル検証と適用例
 大気拡散数値モデルの総合的な性能は、ほとんどは風速場および乱流場がどの程度再現されているかによって決まる。この観点で、本モデルの気象モデルについて、茨城県東海村、筑波山、および青森県六ヶ所村の周辺でモデルの予測結果と、実測気象データとの比較を行った。その結果、海陸風、内部境界層、混合層、山谷風等の大気拡散に影響する大気現象がおおむね良好に再現されることが確認された。
 
 筑波山周辺の例では、実際に人工トレーサガスを放出して得られた濃度分布とモデルによる予測結果の比較を行い、大気が不安定な場合の地形を乗り越える気流による濃度分布、大気が安定の場合の地形による淀みや地形を迂回する気流による濃度分布の分岐など複雑な拡散現象を再現できることが示された(図2)。また、1次元気象モデルと拡散モデルの組み合わせにより、強風で大気が中立に近い場合と弱風で大気安定度の日変化が大きい場合のプルームの広がり幅の予測計算を行い、予測結果は従来の知見と矛盾しないことが示されるとともに、地表面粗度、放出高度等の種々のパラメータへの依存性を明らかにした(図3)。


図2 筑波山周辺での拡散実験のシミュレーション結果。実測濃度は記号で示されている。実線は計算濃度を表すコンターで、外側から1,000、100および10ppt。破線は地形を表す。(原論文1より引用)



図3 1次元気象モデルと拡散モデルの組み合わせにより計算されたプルームの広がり幅(記号)の地表面粗度依存性。実線は安定度AからFのパスキルの広がり幅。(原論文2より引用)

 

コメント    :
 従来のモデルによる大気拡散評価は、実測気象データを診断的に解析し、濃度場を計算する方法が一般的であった。しかし、通常は気象測定点が疎らで上空のデータもほとんど得られないことから、低層ゾンデ観測等の特別な気象観測を行わない限り計算精度も限られていた。その短所を克服するため、大気力学(気象)モデルを用いる方法が最近使われ始めるようになった。これには、気象庁が数値予報データを公開するようになったことも寄与している。
 

原論文1 Data source 1:
筑波山周辺での拡散実験の解析とシミュレーション計算
山澤 弘実
日本原子力研究所環境安全研究部
天気(日本気象学会機関誌), 39, 605(1992)

原論文2 Data source 2:
乱流クロージャーモデル・粒子拡散モデルを用いた拡散パラメータの計算
山澤 弘実
日本原子力研究所環境安全研究部
天気, 40, 99(1993)

原論文3 Data source 3:
Examination of Atmospheric Dynamic Model's Performance over Complex Terrain under Temporally Changing Synoptic Meteorological Conditions
H. Nagai and H. Yamazawa
日本原子力研究所環境安全研究部
J. Nucl. Sci. Tech., 32, 671(1995)

原論文4 Data source 4:
高精度拡散評価モデルPHYSIC
山澤 弘実
日本原子力研究所環境安全研究部
JAERI-M 92-102(1992)

原論文5 Data source 5:
高精度拡散評価モデル(PHYSIC)用ユーティリティー
山澤 弘実
日本原子力研究所環境安全研究部
JAERI-M 92-102(1992)

参考資料1 Reference 1:
Japanese emergency response system to predict radiological impacts in local and worldwide areas due to nuclear accident
M. Chino, H. Ishikawa and H. Yamazawa
日本原子力研究所環境安全研究部
Rad. Protec. Dosim., 50, 145(1993)

参考資料2 Reference 2:
Development of atmospheric 222Ra concentration model with hydrodynamic meteorological model (II) -Three-dimensional model-
M. Chino and H. Yamazawa
日本原子力研究所環境安全研究部
Health Physics, 70, 55(1996)

キーワード:大気拡散、数値シミュレーション、気象モデル、緊急時対応,環境影響
atmospheric diffusion, numerical simulation, atmospheric model, emergency response, environmental effect
分類コード:160101

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