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作成: 1997/11/20 内田 滋夫

データ番号   :160001
土壌中における放射性核種移動の予測精度向上に関する研究
目的      :微量元素の土壌中移動予測の精度向上
研究実施機関名 :放射線医学総合研究所第4研究グループ
応用分野    :環境科学、衛生工学、農業土木、生態学、水文学

概要      :
 分配係数(Kd)は、土壌中における放射性核種や汚染物質の挙動を予測するために使用されるパラメータである。このKdを精度よく求められるならば、挙動予測の精度も向上する。Kdは、土壌溶液中の共存元素の影響を強く受けるが、共存元素濃度は電気伝導度(EC)を測定することにより評価できるため、ECを測定することによりKdを精度良く予測することができる。
 

詳細説明    :
1.はじめに
 汚染物質が環境中に放出された場合,それらがどのような経路を経て,どれだけ人体に移行するかという研究は,人体への移行量を予測するだけでなく,人体負荷量の低減化を実施する上でも重要である。汚染物質が土壌から根を通して農作物へ吸収される経路では,その移行量は,土壌中の濃度に大きく依存するため,農耕地の汚染物質濃度を将来にわたり精度良く予測する必要がある。また、農耕地は、農作物の生育の場以外に、水循環の観点からも大きな役割を果たしているため、地下水中の汚染物質濃度を予測する上でも、農耕地における汚染物質の挙動予測が重要となる。
 
 これまでにも、重金属を対象とした研究が行われてきた。対象となった重金属元素は、環境中にある程度存在しており,新たに天然の存在量を上回る量が混入した場合が問題となってきた。しかし、いわゆるハイテク産業などから放出が予想されるレアーメタルなどは、元々天然にもあまり存在しないため、環境中での挙動を研究した例はあまりない。このような微量元素の環境中での挙動を究明するためには、主要元素とは異なるアプローチが必要である。すなわち、微量元素では、局所的な環境条件、例えば、共存元素の影響がその挙動を大きく左右することになる。ここでは、微量元素の土壌中での挙動に及ぼす共存元素の影響およびその予測精度向上について、Srを対象に究明した結果について述べる。
 
2.分配係数(Kd)について
 分配係数(Kd)[土壌-土壌溶液間の元素濃度の比:ml g-1]は、土壌中における元素の移動性を表すパラメータであり、RIの地下水中での挙動予測や表層土壌における滞留時間の予測等のため、多くの国や研究機関で精力的に求められている環境移行パラメータの1つである。
 
 Kdは、対象元素の土壌溶液中濃度(C: g ml-1)と土壌(固相)中濃度(q: g g-1)とが平衡状態にある場合の両者の比として、次式で定義される。
 
    Kd = q/C
 
3.共存元素濃度の影響
 Kdは、土壌溶液中の共存元素濃度の影響を受けるため、共存元素のKdに及ぼす影響を十分把握しておく必要がある。
 
 図1は、Srについて、水耕栽培で使用する水耕液を用いて、共存元素濃度の影響を調べた結果である。1.0というのは水耕液そのものを、0.5はその水耕液に純水を加えて、2倍に希釈した溶液を用いてKdを求めたものである。当然予想されるように、共存元素濃度が高い場合には、対象核種のKdは共存元素との競合により小さくなる。


図1 Srの分配係数(Kd)に及ぼす共存元素の影響(原論文3, 4より引用。 Reproduced from Data source 3 copyrighted in 1994 by Kluwer Academic Publishers, and with kind permission from the copyrighter)

 これをKdとイオン濃度との関係にまとめたのが、図2である。前述したように、Kdは溶液中の共存元素濃度の影響を受けるが、その関係は負の相関であることが分かる。このように、きれいな直線関係が得られるならば、この共存元素濃度を考慮すれば、Kdの精度が向上するのではないかと考えられる。しかし、共存元素濃度をどのように定量するかという事が問題である。個々の元素を測定することは実用的ではない。そこで、電気伝導度(EC)と溶液中のイオン濃度との関係に着目し、これを利用することを提案している。図3aにECと共存元素濃度との関係を示す。この結果から、ECを測定することにより、土壌溶液中共存元素濃度を評価できることがわかる。これを実際に適用したのが図3bである。ECを測定することにより、精度良くKdを予測することができる。


図2 Srの分配係数(Kd)と共存元素濃度との関係(原論文4より引用)



図3 a)陽イオン濃度と電気伝導度(EC)との関係、b)Srの分配係数(Kd)と電気伝導度(EC)( a)は原論文2、b)は原論文3より引用。 Reproduced from Data sources 2, 3 copyrighted in 1993 and 1994 by American Chemical Society and Kluwer Academic Publishers respectively, and with kind permission from the copyrighters)

 

コメント    :
 近年、環境汚染物質の移動モデルの精緻化が試みられている。しかし、モデルだけでは不十分であり、当然モデルに用いられるパラメータも高い精度が要求される。特に、微量元素を対象とする場合には、パラメータの変動要因を十分把握し、適切な値を設定する必要がある。農耕土の場合、雨水だけではなく、肥料の添加、河川水の利用等、共存元素濃度が地下水と比べて大きく変化すると考えられる。したがって、共存元素濃度が微量元素の挙動を大きく左右することになる。
 

原論文1 Data source 1:
Sorption of Mn, Co, Zn, Sr and Cs onto agricultural soils: statistical analysis on effects of soil properties
Yasuda, H., S. Uchida, Y. Muramatsu and S. Yoshida
放射線医学総合研究所(National Institute of Radiological Sciences),茨城県ひたちなか市磯崎町3609
Water, Air, and Soil Pollut., 83, 85-96(1995)

原論文2 Data source 2:
Statistical approach for the estimation of strontium distribution coefficient
Yasuda, H. and Uchida, S.
放射線医学総合研究所(National Institute of Radiological Sciences),茨城県ひたちなか市磯崎町3609
Environ. Sci. Technol., 27, 2467-2470(1993)

原論文3 Data source 3:
Use of electrical conductivity to estimate effects of competing ions on radionuclide distribution coefficients
Yasuda, H.
放射線医学総合研究所(National Institute of Radiological Sciences),茨城県ひたちなか市磯崎町3609
Water, Air, and Soil Pollut., 75, 421-427(1994)

原論文4 Data source 4:
土壌-植物系における放射性核種移行の動的モデルに関する研究
内田 滋夫
放射線医学総合研究所(National Institute of Radiological Sciences),茨城県ひたちなか市磯崎町3609
原子力工業, 42, 57-62(1996)

参考資料1 Reference 1:
環境中における放射性核種とその挙動、-環境移行パラメータについて-
内田 滋夫
放射線医学総合研究所(National Institute of Radiological Sciences),茨城県ひたちなか市磯崎町3609
日本分析センター広報, 27, 44-52(1995)

参考資料2 Reference 2:
放射性廃棄物処分の環境影響評価における分配係数の変動要因
福井 正美
京都大学原子炉実験所
原子力誌, 32, 142-148(1990)

参考資料3 Reference 3:
放射性廃棄物浅地中処分の安全性評価に用いる分配係数
加藤 正平、薮田 肇
日本原子力研究所
原子力誌, 28, 344-351(1986)

キーワード:微量元素、共存元素、分配係数、電気伝導度、移動予測,水循環,汚染物質
Trace element, Co-existing element, Distribution coefficient, Electrical conductivity, Migration prediction, Water cycle, Contaminant
分類コード:160201, 160202, 160203, 160204

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