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作成: 1999/01/20 能美 健彦

データ番号   :150020
大腸菌DNA修復欠損株を用いたγ線誘発突然変異の解析
目的      :DNA修復能が放射線誘発突然変異に与える影響の解析
研究実施機関名 :国立医薬品食品衛生研究所 変異遺伝部
応用分野    :放射線生物学、分子遺伝学

概要      :
 γ線照射したプラスミドDNAを様々なDNA修復能欠損大腸菌株に導入し、プラスミド上のgpt遺伝子に生じた突然変異の特徴をDNAシークエンサーを用いて解析した。γ線照射によりgpt遺伝子上には主に塩基置換変異が誘発されたが、その突然変異体頻度や変異のタイプは宿主株のDNA修復能の違いにより大きな影響を受けた。
 

詳細説明    :
 生体は自らの遺伝子を放射線障害から守るために、種々のDNA修復機構を発達させている。主要な酸化的損傷の一つである8-オキソグアニン(以下8-oxo-G)は、DNA複製の際にアデニンと対合しG:C→T:A変異を誘発するが、この損傷をDNA中から切り出す酵素(8-oxo-G DNAグリコシラーゼ活性)が大腸菌、酵母、マウス、ヒトから検出されている。またDNA中で8-oxo-G と対合したアデニンを切り出すグリコシラーゼ活性や、ヌクレオチドプール中の8-オキソデオキシグアノシン3燐酸を加水分解する酵素活性も大腸菌、ヒトから検出されている。DNA修復は放射線損傷に対する生物の主要な抵抗機構であり、放射線誘発変異に対するDNA修復の役割を明らかにすることは、ヒトに対する放射線リスクの評価・低減化を図る上で重要である。
 
 突然変異を検出するためのレポーター遺伝子として汎用されている大腸菌のgpt遺伝子を含むプラスミドに直接γ線を照射し、その後大腸菌に導入して突然変異を解析したところ、主にG:C→T:A、G:C→A:T、G:C→C:G変異が誘発されることが明らかになった。そこで、γ線照射したプラスミドを様々なDNA修復能欠損株に導入し、変異の特徴を解析した。用いた大腸菌株は、野生株、mutM欠損株、mutY欠損株、uvrA欠損株、mutM, mutY二重欠損株の5菌株である。大腸菌のmutM、mutY遺伝子は、それぞれ8-oxo-G DNAグリコシラーゼおよび8-oxo-G:A アデニンDNAグリコシラーゼをコードしており、uvrA遺伝子は除去修復に関与している。
 
 プラスミドpYG142はクロラムフェニコール耐性遺伝子と突然変異検出レポーターの大腸菌gpt遺伝子を含んでいる。コバルト60を用いpYG142の水溶液に室温でγ線を照射した。照射後のプラスミドをエレクトロポーレーション法により大腸菌株に導入した。導入後の大腸菌をクロラムフェニコールを含む培地上で培養して生存コロニー数を測定した。また、クロラムフェニコールと6-チオグアニンを含む培地上で培養して変異コロニー数を測定した。変異コロニー数を生存コロニー数で除して突然変異体頻度を算出した。さらに、変異コロニーからプラスミドDNAを回収してgpt遺伝子を含む領域をPCR法で増幅し、DNAシークエンサーを用いて変異部位を同定した。
 
 γ線誘発突然変異体頻度はmutM, mutY二重欠損株にプラスミドを導入した場合がもっとも高かった。突然変異のタイプは各宿主株によって異なっていた。

表1 gpt遺伝子上で観察されたγ線誘発突然変異(原論文1より引用)
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                     AB1157        YG2217       YG2105       AB1886        YG2218
                     (Wild)       (△mutM)     (△mutY)      (uvrA)     (△mutM,uvrA)
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Base change         51(89.5%)    35(87.5%)    46(93.9%)     42(95.5%)    37(92.5%)
   Transition        16(28.1%)    12(30.0%)     8(16.3%)     20(45.5%)     9(22.5%)
    G:C→A:T          15(26.3%)    12(30.0%)     7(14.3%)     18(40.9%)     9(22.5%)
    A:T→G:C           1(1.8%)      0            1(2.0%)       2(4.5%)      0
Transversion         35(61.4%)    23(55.0%)*   38(77.6%)     22(50.0%)    28(70.0%)
    G:C→T:A          22(38.6%)    13(32.5%)     34(69.4%)     9(20.5%)     9(22.5%)
    T:A→G:C           1(1.8%)      0             0            2(4.5%)      1(2.5%)
    A:T→T:A           2(3.5%)      3(7.5%)       0            0            1(2.5%)
    G:C→C:G          10(17.5%)     7(17.5%)      4(8.2%)     11(25.0%)    17(42.5%)
Frameshift           6(10.5%)     5(12.5%)     3(6.1%)       2(4.5%)      3(7.5%)
 Deletion             6(10.5%)     5(12.5%)     2(4.1%)       2(4.5%)      3(7.5%)
   Slippage            1(1.8%)      1(2.5%)      2             0            1(2.5%)
  (direct repeat)
   Simple deletion     5(8.9%)      4(10.0%)     0             2            2(5.0%)
Insertion            0            0            1(2.0%)       0            0
   E.coliIS1           0            0            0             0            0
   Insertion           0            0            0             0            0
   (direct repeat)
   Simple insertion    0            0            0             0            0
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Total mutants           57           40           49            44           40
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*:428と429番に観察されたGC→TGへのγ-線誘発突然変異はG:C→T:AとC:G→G:CのTRANSVERSIONに分類した。
 野生株に比べてmutY欠損株ではG:C→T:A変異が増大しており、γ線照射プラスミドで観察されたG:C→T:A変異に8-oxo-Gが関与していることが示唆された。uvrA株ではG:C→A:T変異が、そしてmutM, mutY二重欠損株ではG:C→C:G変異が増大しており、ヌクレオチド除去修復および酸化的DNA損傷の修復がγ線によって生じた損傷の修復に関与していることが示唆された。
 
 原核生物である大腸菌と哺乳類のヒトとでは細胞の構造はもとより染色体DNAの構造や機能にも大きな違いがある。しかしゲノムプロジェクトの進展によりいくつかのDNA修復系に関しては機能的に類似したメカニズムが大腸菌とヒトとで働いていることが明らかにされている。今回用いた大腸菌株で欠損しているmutM、mutY、uvrA遺伝子についても、それぞれ機能的に類似したDNA修復系がヒトに存在することが知られている。したがって今回の結果は、ヒトにおいても類似のシステムがγ線によるDNA損傷の修復に関与している可能性を示唆している。
 

コメント    :
 ヒトにおける類似DNA修復系の検索、および臓器間の差や個体差、性差、年齢差、酵素活性の誘導の機序等に関する情報を蓄積していくことは、ヒトの放射線に対するリスクを考える上で重要である。
 

原論文1 Data source 1:
変異細胞の選択技術の確立と突然変異の塩基配列の解析に関する研究
祖父尼 俊雄、能美 健彦、松井 道子、増村 健一、金 秀良、鈴木 任
国立衛生試験所 変異遺伝部
国立機関原子力試験研究成果報告書(平成7年度):114-1〜114-14(1996)

キーワード:大腸菌、γ線、突然変異、塩基置換、DNAシーケンス、gpt, mutM, mutY, uvrA
分類コード:150101, 150301

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