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作成: 1999/09/08 神田 玲子

データ番号   :150016
環状染色体を指標とした線量推定法
目的      :高線量被曝時の線量推定系の開発
研究実施機関名 :放射線医学総合研究所障害基盤研究部
応用分野    :線量推定、リスク推定

概要      :
 二動原体等の染色体異常を指標とした線量推定系(従来法)の推定可能線量域は 0.02-8 Gyと考えられている。そこで新たに開発された 20 Gyまでの線量推定が可能な線量推定系を紹介する。この方法では人為的に誘発した染色体凝縮像中に見られる環状染色体を指標としているのが特徴である。また特殊な器材やテクニックを必要とせず、地域の病院等で線量推定ができるので緊急時対応に適している。
 

詳細説明    :
 二動原体等の染色体型異常は電離放射線にほぼ特有の現象であり、その線量効果関係から X 線や γ線で0.02-8 Gy の線量域で線量推定が可能な指標と考えられている。骨髄障害に対する適切な治療法を持たなかった時代は 5 Gy以上の高線量は致死線量であり、事実上 8 Gy 以上の線量推定を行う必要はなかった。しかしチェルノブイリ事故やその後の放射線事故に於いては、5-10 Gy 以上の被曝者も骨髄移植やサイトカイン療法等により生存可能であることが立証された。こうした治療法の進歩により 8 Gy 以上の高線量域の推定が可能な方法が必要となってきた。そのような状況の下で 20 Gyまで線量推定ができる簡便法が新たに開発されたので紹介する。
 
 5-10 Gy 以上の高線量を被曝したリンパ球は細胞分裂誘起剤で刺激しても染色体が見える分裂中期にはいる前の時期でストップしてしまい、コルセミド処理を行っても十分な数の分裂中期細胞を集積することができない。Ser / Thrホスファターゼ阻害剤であるオカダ酸は高線量(〜40 Gy)被曝したリンパ球にも作用して、核内でほぐれた状態にある染色体を強制的に凝縮させることができる。この技術を染色体分析法に応用したのが本法である。
 
 プロトコールは大変簡単で以下の通りである。
 
(1)末梢血から Vacutainer CRT チューブ(Becton Dickinson)を用いて、リンパ球を分離する。線量推定用の標準曲線を作成する場合は、末梢血を X線照射し、3 時間 37℃でインキュベーションした後、リンパ球分離を行う。これを 2% PHA (HA15, Murex Biotech Ltd.)及び 20 % 牛胎児血清を含む RPMI 培地中で 48時間培養する。
 
(2)培養 47 時間目に 500 nM のオカダ酸を培養液に添加し、さらに 1 時間培養を続ける。
 
(3)細胞は通常の方法に従い、75 mM KClで低張処理し、酢酸メタノールで固定した後、スライドグラスに細胞を湿潤空気乾燥法で展開して染色体標本を作成する。
 
(4)標本はギムザ染色し、解析に適切な細胞を選んで顕微鏡像を観察し、環状染色体の頻度を求める。


図1  Examples of prematurely condensed chromosomes of irradiated lymphocytes at different phase in a cell cycle that were treated with 500 nM okadaic acid for 1 hour. (A) A G2/M-PCC cell that exhibited attached sister chromatids. Two rings are seen (arrows). (B) A M/A-PCC cell that exhibited separated sister chromatids. Three pairs of rings are seen (arrows).(原論文1より引用)

 染色体凝縮像をギムザ染色すると、動原体部位の同定が困難なため二動原体や断片の検出は難しくなる。しかし凝縮された染色体が中期細胞の染色体に比べて細いため、環状染色体(無動原体のものも含む)はより容易に検出できる。環状染色体の出現頻度は二動原体よりずっと低いため高線量になっても出現頻度が飽和せず、20 Gyまでは線量の増加に伴って上昇する。


図2  Dose response curve of the yield of PCC rings induced by X-irradiation in human peripheral lymphocytes from donors A (○) and B (■). Bars indicate standard errors of the means (n = 3).(原論文1より引用)

 この線量推定法は特殊な器材や技術を必要とせず、緊急時には地域の病院等で簡便かつ迅速に行うことができるという特長を持つ。例えば 5 Gy 以上の被曝の場合、培養 48 時間、細胞固定と標本作製に 2時間、染色体分析に 1時間の計 51時間で、線量推定の結果が得られる。唯一注意を要する点はオカダ酸の処理加減である。強くしすぎる(処理時間を長くする、濃度を濃くするなど)と、染色体が短い毛羽だった形態になり、環状染色体が検出しづらくなるため結果的に異常頻度が低くなる。そこでオカダ酸の処理条件を厳密にコントロールすることが重要である。本法はリンパ球以外にも応用であるが、オカダ酸の至適処理条件は細胞の種類や培養条件で大きく異なるので、応用の際には試行実験を行う必要がある。
 
 また 0.02 Gy 以下の線量域では環状染色体の線量効果関係は二動原体よりも顕著であるという報告もあるので、上記の技術は 0.02 Gy 以下の低線量域での線量推定にも応用可能と思われる。
 

コメント    :
 高線量被曝、緊急時対応に適した線量推定系である。
 

原論文1 Data source 1:
Easy biodosimetry for high-dose radiation exposures using drug-induced, prematurely condensed chromosomes.
R. Kanda,I. Hayata and D.C.Lloyd
Division of Radiobiology and Biodosimetry, National Institute of Radiological Sciences
International Journal of Radiation Biology, vol. 75, 441-446 (1999)

キーワード:染色体異常(Chromosome aberrations)、ヒトリンパ球(Human lymphocytes)、環状染色体(Ring chromosome)、線量推定(Dose estimation)、高線量被曝(High-dose exposures)、X 線(X-rays)、染色体凝縮(Chromosome condensation)、オカダ酸(Okadaic acid)
分類コード:150101, 160302

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