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作成: 1999/09/06 神田 玲子

データ番号   :150014
ギムザ染色法と染色体着色法を併用した分析法
目的      :放射線誘発染色体異常解析の精度向上
研究実施機関名 :放射線医学総合研究所障害基盤研究部
応用分野    :線量推定、リスク推定

概要      :
 染色体異常の形成に及ぼす放射線の寄与を調べる上で、二動原体と転座を正確に検出することは大変重要であるが、近年開発された染色体着色法は二動原体を転座と見誤る傾向にある。そこで現時点で最も信頼性高く二動原体と転座が区別できる方法を紹介する。この方法は、同一細胞をギムザ染色して観察した後に染色体着色法で観察し、両方の画像を用いて染色体異常を解析するものである。
 

詳細説明    :
 末梢血リンパ球に出現する染色体異常は大変優れた線量推定の指標だが、その分析作業は熟練した技術者でないと行えず、非常に手間と時間がかかる。しかし低線量の推定を行う際、膨大な数の細胞を分析するので、作業の能率化が必要とされる。また異常の出現頻度が低く、ミススコアを1つしただけでも結果に大きく影響するので、正確な分析系をも必要とする。近年開発された染色体着色法は容易に安定型異常等が検出でき、作業の能率化という点では不可欠な技術である。しかし精度についての検討は未だ不十分で、問題点も多い。
 
 低線量推定の場合、それも慢性被曝による染色体異常を調べると、化学物質誘発と思われる安定型異常が比較的多く検出される。そのため放射線の寄与を調べる上では、二動原体と転座を正確に検出することが重要である。従来の理論あるいは Gバンド法の観察結果によると、放射線により相互転座と二動原体は同頻度で出現するものとされている。ところが染色体着色法を用いた研究の多くは、転座が二動原体より多く出現すると報告している。こうした不一致の原因として、染色体着色法では蛍光ラベルした DNA プローブを染色体に付着させるため動原体が確認しにくくなり、二動原体を転座と見誤っている可能性が指摘されている。一方従来の単純ギムザ染色法では、転座は判断が困難になるが、二動原体は明確に判断できる。そこで、同一細胞をギムザ染色して観察した後に染色体着色法で観察し、両方の画像を用いて染色体異常を解析する方法を紹介する。
 
 プロトコールは以下の通りである。
 
(1)用いる細胞は何でもよいが、最初に染色体標本が作製しやすい分離リンパ球を用いて系を確立することを勧める。末梢血からvacutainer CRT チューブ(Becton Dickinson)を用いて、リンパ球を分離する。これを 2% PHA (HA15, Murex Biotech Ltd.), 0.05μg/mlコルセミド及び 20% 牛胎児血清を含む RPMI 培地中で 48時間培養する。
 
(2)細胞は通常の方法に従い、75mM KClで低張処理し、酢酸メタノールで固定した後、スライドグラスに細胞を湿潤空気乾燥法で展開して染色体標本を作成する。
 
(3)標本はまずギムザ染色し、解析に適切な分裂中期細胞を選んで顕微鏡像を写真撮影する。
 
(4)ギムザ染色を酢酸アルコールで十分脱色してから、3.7% ホルマリンによる再固定と 0.5 mg/ml RNaseと 0.5 mg/mlペプシンによる処理を行う。オイキット封入した場合は、キシレンでオイキットを除いてから脱色する。
 
(5)着色を行うまで -80度で保存する。この状態では長期保存が可能である。
 
(6)通常の方法で染色体着色を行う。筆者らはVysis社製ののプローブを主に用いた。
 
(7)写真撮影したギムザ染色中期細胞について蛍光着色像の観察を行い、何らかの異常がある場合は写真撮影を行う。相互転座、二動原体、環状染色体、挿入、染色体断片等の識別に関してはギムザ染色像及び着色像の両方を照合して判断する。


図1  Giemsa staining (left) and chromosome painting with a whole-chromosome probe for chromosome 4 (right) of the same metaphases. One centromere in a dicentric (arrow) is identified only in the Giemsa staining image.(原論文1より引用)

 ギムザ染色をしなかった標本と同程度の着色を可能にするためには、染色体標本がオイキットやキシレンにさらされる時間をできるだけ短くすること(2-3日以内が望ましい)と、ホルマリンによる再固定とRNase及びペプシン処理を適度に行うことが重要である。この二重観察法を用いると、X線誘発の相互転座と二動原体の出現頻度はほぼ 1:1となり、信頼性高く動原体が確認できることが立証されている。
 
 さらに、この方法は、染色体着色法のみでは判断が困難な複雑交換型異常(3つ以上の染色体上の切断が関与する異常)の検出にも最適である。この二重染色法による線量推定系は、現時点では最も信頼性が高い線量推定系の1つであると思われるが、時間と労力が単独染色を用いる通常の系よりも倍近くかかるという欠点がある。そのためプロトコールの(3)の過程が自動化で行えれば、この方法はより実用的になる。
 

コメント    :
 低線量推定を行うには従来の方法よりも正確な分析系が必要なので、この改良法を開発した。
 

原論文1 Data source 1:
Comparison of the yields of translocations and dicentrics measured using conventional Giemsa staining and chromosome painting
R. Kanda and I. Hayata
Division of Radiobiology and Biodosimetry, National Institute of Radiological Sciences
International Journal of Radiation Biology, vol. 69, 701-705 (1996)

キーワード:染色体異常(Chromosome aberrations)/ ヒトリンパ球(Human lymphocytes)/ 転座(Translocation)/ 二動原体(Dicentrics)/ ギムザ染色(Giemsa staining)/ 染色体着色法(Chromosome painting)/ 線量推定(Dose estimation)
分類コード:150101, 150102, 160302

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