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作成: 1999/02/01 鈴木 和男

データ番号   :150013
放射線照射によるヒト好中球顆粒蛋白質と膜表面分子の発現への影響
目的      :放射線による好中球酵素(MPO: myeloperoxidase)の断片化と顆粒蛋白質の発現に関連があるかどうかを検討することが目的
研究実施機関名 :国立感染症研究所 生物活性物質部 生体防御物質室、デンマークコペンハーゲン大学 血液内科
応用分野    :放射線による蛋白分子の断片化、自己免疫疾患、好中球顆粒内分子、好中球表面分子、殺菌

概要      :
 放射線照射による好中球ミエロパーオキシデースの断片化が見られ、これと同様に好中球顆粒内分子defensin、hCAP-18 などの殺菌成分や FMLP-R、CD 35 の表面分子が放射線照射によって変化することが明らかになった。
 

詳細説明    :
 放射線被曝に伴う白血球機能の異常の誘発と自己免疫疾患発症との関連が指摘されていることから、MPO分子構造の変化を指標にして検討するとともに、活性化好中球からのライソゾーム酵素 (MPO) の放出に対する放射線被曝の影響および好中球顆粒内分子の発現への影響について検討した。
 
 高線量の放射線照射によって好中球の (MPO) 分子は、フラグメントになり活性の低下を招き、分解が早いと予想される結果が得られている。3 Gy 以下の照射ではむしろ分泌型として 30 kDa フラグメントが産生され、細胞外に放出されることが認められた。これらのことから、MPOフラグメントは 30 kDa として分泌され、自己抗体産生に関与していることが予想される。また、MPO の細胞外活性は 10 Gy, 30 Gy で高値を示しており、放出能の低下とは異なっていた。そこで、ガンマ線照射による好中球指標分子の mRNA 発現への影響について検討した。好中球機能分子としては、defensin 3, hCAP-18, FMLP-R および CD 35 について解析し、放射線による好中球顆粒蛋白質および膜表面分子の mRNA 発現に影響をおよぼすことが示された。
 
1.方法
1) 好中球の放射線照射:
・健常者の末梢血より好中球をリンホフレップ、デキストリン法にて分離し、2 x 106 cells/ml の濃度で HBSS に浮遊させた。
・次いで、室温にて好中球を 0 Gy, 10 Gy, 30 Gy のガンマ線で照射した。
 
2) 好中球からのMPO放出:
・放射線を暴露した好中球浮遊液(1.5 ml)にサイトカラシン B (5μg/ml)と FMLP (10-6 M)を加え、37℃で 10分間加温後細胞外に MPO 放出させ、遠心分離により細胞外液と細胞ペレットに分けた。
 
3) MPO 活性を測定:
  細胞外液中および細胞残存の MPO 活性を測定し、放出 MPO (S) および細胞内残存 MPO (H) とした。 放出率は 100 x S / (S + H) により求めた。
  活性測定はテトラメチルベンジンを基質とし、650 nm の吸光度の増加速度を 96ウエルリーダーにて測定し、MPO 値を求めた。
 
4) ガンマ線照射による Defensin 3, hCAP-18, FMLP-R および CD35 の mRNA 発現の測定:
(1) 全RNAの抽出:
  照射および非照射対照の上清を除きプレートに付着した好中球を使用した。ガンマ線照射好中球、各4.5x107 個より、The Acid Guanidinium thiocyanate-Phenol-Chloroform method (AGPC法, Chomczynski and Sacchi, 1987) を基本とする方法で精製し、各7μg程度の全RNA を得た。
 
(2) cDNA 合成:
  精製した全 RNA の、各 3.5μg を用い、Oligo dT (8-12) をプライマーとして逆転写をおこない、cDNA を得た。
 
(3) Polymerase chain reaction (PCR)による検出:
  下記のPCRプライマーと反応条件により、遺伝子発現を検出した。
a) PCRプライマー
Defensin 3: 5'-CACCCTGCCTAGCTAGAGG-3'
5'-AGAAGGTACAGGAGTAATAGC-3'
hCAP-18: 5'-CAGGTCCTCAGCTACAAGGAA-3'
5'-CTAGGACTCTGTCCTGGGTAC-3'
FMLP-R: 5'-CCAGGAGCAGACAAGATGG-3'
5'-CCAGGTACTGTAGTCACACG-3'
CD35: 5'-CCTGGGGTCAATGCAATGC-3'
5'-GTGCATTTGTTAGGTATAATGC-3'
β-actin: (Clontech)
5'-ATGGATGATGATATCGCCGCG-3'
5'-CTAGAAGCATTTGCGGTGGACGATGGAGGGGCC-3'
b) PCRの条件
  Defensin 3: 22 cycles、hCAP18: 26 cycles、CD35: 27 cycles、FMLP-R: 20 cycles、β-actin: 20 cycles。
 
2. 結果
1) ガンマ線照射による好中球からの MPO 放出活性:
  放射線照射した好中球から放出された MPO 活性は、10 Gy, 30 Gyでは増加した。
 
2) ガンマ線照射による好中球の指標分子の mRNA発現:
 
  図 1 に示すように、(1) Defensin 3、hCAP-18 では、10 Gy で上昇がみられた。CD 35では、10 Gy で上昇がより顕著であり FMCP-R では、10 Gy で上昇があまり顕著ではなかった。


図1 γ線照射による好中球指標分子の mRNA 発現への影響。 a. Defensin 3: 22 cycles、b. hCAP18: 26 cycles、c. CD35: 27 cycles、d. FMLP-R: 20 cycles、e.β-actin: 20 cycles。 Co: 対照(氷中保存好中球)(原論文1より引用)

 
3. 結言
 MPO の断片化には、FMLP 刺激による活性化によって生じると予想されたことから、γ線照射による好中球の活性化の指標分子としての顆粒内分子や膜表面の mRNA の発現について解析した。特に、10 Gy のγ線照射では mRNA の上昇がみられ、好中球がγ線によって活性化されていることが推定される。MPO の断片化と顆粒内分子の発現の双方に放射線の影響があり、MPO-ANCA 発生に関連があると予想される。
 
 今後、放射線によって好中球活性化を受け、分断され分泌される 30 kDa フラグメントのエピトープ解析により、構造を特定する予定である。MPO を対応抗原とする自己免疫疾患の発症には、MPO 分子の生体での存在様式が関与しているものと推定されている。本研究により、放射線被曝によって切断された MPO フラグメントおよびリンパ球の機能異常によって、MPO 抗体 MPO-ANCA が産生される可能性が考えられる。
 

コメント    :
 好中球ライソゾーム酵素が、熱などによって分解されやすいことから、自己免疫疾患の対応抗原になることが示唆されている。本研究では、放射線照射による MPO 分子の切断と顆粒内分子や表面分子の発現について明らかにした点で初めてである。また、この切断や顆粒内分子や表面分子の発現が自己免疫疾患に関与するかどうかは、興味深い。
 

原論文1 Data source 1:
放射線被曝による自己免疫疾患の誘発:好中球ミエロパーオキシデースの分子構造の変化
鈴木和男,大川原朋子,橋本ゆき,山越智,Niels Borregaad,水野左敏
国立感染症研究所 生物活性物質部
平成 9年度国立機関原子力試験研究成果報告書, pp.102-1〜102-4, 平成 8年度〜平成 10年度

キーワード:ガンマ線、ミエロパーオキシデース(MPO)、好中球自己抗体、好中球顆粒蛋白質、血管炎
gamma-ray、myeloperoxidase(MPO)、anti-neutrophil antibody、proteins in granules of neutrophils 、vasculitis
分類コード:150401

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