原爆被爆者における多形核白血球(PMN)の生体防御機能の検討：ライソゾーム酵素排出能および活性酸素産生能に対する原爆被爆後影響

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作成： 1999/02/03 鈴木　和男データ番号　　　：150011 原爆被爆者における多形核白血球(PMN)の生体防御機能の検討：ライソゾーム酵素排出能および活性酸素産生能に対する原爆被爆後影響目的　　　　　　：免疫系の機能は加齢に伴って低下し感染症などになりやすくなることはよく知られており、その一部はPMNの加齢に伴った機能低下に帰すると考えられる。これらの観点に立ち、本研究は原爆被爆者の健康状態を、PMNの機能から評価することを目的としている。研究実施機関名　：放射線影響研究所、国立感染症研究所、広島大学原爆放射能医学研究所内科部門、福島生協病院(広島) 応用分野　　　　：放射線後影響、免疫不全、好中球機能不全、生体防御概要　　　　　　：　本研究では、粘着能、遊走能、ライソゾーム酵素放出能および活性酸素(O₂^-)産生能を測定した。また被爆者から採取する血液を最少量にするため、予め微量測定法を開発し実験を行った。 fMet-Leu-Phe 誘発のケモタキシスに被爆線量の影響が示唆された。放出された MPO 活性に［被爆線量］の影響が有意(p < 0.05)に出現し、% release には示唆的に示された。 O₂^- 産生能は、被爆群の値 (3.88 ± 2.51 unit, 平均値 ±SD 値)は非被爆群のそれ(3.01±1.67)と比較して有意(p < 0.05)に高かった。　詳細説明　　　　：　多形核白血球(PMN: polymorphonuclear cell)は感染の初期に動員され、侵入細菌や異物の駆除を行う。その過程は血管壁への粘着、異物へ向かっての遊走、異物の貪食、およびライソゾーム酵素の放出と酸性酵素の産生による異物の消化と殺菌である。したがって、PMN のこれらの機能と易感染症は密接に関連しているということができる。また、免疫系の機能は加齢に伴って低下し感染症などになりやすくなることはよく知られており、その一部は PMN の加齢に伴った機能低下に帰すると考えられる。これらの観点に立ち、本研究は原爆被爆者の健康状態を、PMN の機能から評価することを目的としている。　　PMN が行う生体防御に関する様々な機能を網羅・観察することが必要であると考え、本研究では前述の過程に沿って粘着能、遊走能、ライソゾーム酵素放出能および活性酸素 (O₂^-) 産生能を測定した。また被爆者から採取する血液を最少量にするため、予め微量測定法を開発し実験を行った。粘着能および遊走能については既に報告した。研究の中間での結果ながら fMet-Leu-Phe 誘発のケモタキシスに被爆線量の影響が示唆された。本報告では、ライソゾーム酵素放出能と　　 O₂^- 産生能のデータを中間的に報告する。　調査対象と方法　対象者：今回発表の対象者は 196名であった。内訳は被爆者 91名(T 65D による被爆線量 50-600 rad、年齢 39-82歳、男性 37名、女性 54名)、非被爆者 105名(年齢 39-81歳、男性 40名、女性 65名)である。PMN：前報と同様に対象者の抹消血 3mlより Boyum 法およびデキストラン法によって分離し、Hanks 平衡塩類溶液中に浮遊させた。測定項目：ライゾーム酵素放出は、2×10⁶ cells/mlに調整した。PMN 浮遊液 150μlをマイクロウェルに分注し、37℃、10分間プレインキュベートした後、サイトカラシン B(CB, 5μg/ml)とfMet-Leu-Phe (10^-⁶M)を添加し、37℃、10 分間インキュベートして誘発した。遠心分離(1,400xg、 5分間、4℃)により上清(supernatant)と細胞ペレットに輪桁。既報に従ってミエロパーオキシデース(MPO,1 unit = △A 655/min/ml)とβ-グルクロニデース(BGL, 1 unit = 4-methylumbelliferone formation in pmol/min/ml)を測定し、上清中へ放出された活性(sup)と全活性(supと細胞内残存活性の和)に対するsupの百分率(% release)を求めた。　　O₂^- 産生能は 37℃、10 分間プレインキュベートした 1×10⁶ cells/mlのPMN 1mlにチトクローム c (66μM)を添加した後、fMet-Leu-Phe (10^-⁶ M)と CB、あるいは fMet-Leu-Phe 単独により刺激して誘発した。産生されたO₂^-はチトクローム C の還元速度 (A 550 nm/min)で測定し、モル吸光係数 21,000 を乗じた unit (1 unit = nM/min/10⁶ cells)の値で示した。統計学的解析：各測定値は［被爆線量］、［性］、［年齢］を変量として回帰分析を行なった。　結果　ライソゾーム酵素放出能：図 1 は MPO と BGL の放出された活性および % release に対する変量［被爆線量］の影響を示す。放出された MPO 活性に［被爆線量］の影響が有意(p < 0.05)に出現し、% release には示唆的に示された。それらは被爆線量の増加に伴って増加する傾向にあった(図 1a)。一方、BGL には［被爆線量］の影響はみられなかった(図 1b)。図1　ライソゾーム酵素放出能に対する原爆被爆後影響。各点に付けられたカッコ内の数値は点の個数を示す。（原論文1より引用）　図 2 は［性］と［年齢］の影響をし示す。MPO には［性］の影響はみられなかったが、放出された BGL 活性には現れ、男性(289±60才未満の値(MPO:14.3±7.8, BGL : 277.6±112.8)は 60才以上 70才未満になると低下し(MPO : 12.2 ± 8.8, BGL : 236.5 ± 89.5)、70才以上になると再び上昇し(MPO : 16.8 ± 12.3, BGL : 310.8 ± 130.9)、年齢依存的な推移を示した。図2　ライソゾーム酵素放出能に対する性および加齢の影響。各カラムと縦棒は平均と標準偏差を示す。（原論文1より引用）　O₂^- 産生能：fMet-Leu-Phe と CB の刺激により誘発された O₂^- 産生と被爆線量 (rad (T 65 D))についての散布図で［被爆線量］の影響は認められなかった。しかしながら、被爆群と非被爆群に分けて観察すると被爆群の値 (3.88 ± 2.51 unit, 平均値 ±SD 値)は非被爆群のそれ(3.01±1.67)と比較して有意(p < 0.05)に高かった。他の変量［性］および［年齢］の影響は明らかに認められなかった。　考察　ライソゾーム酵素放出能について、放出される酵素活性は検討した各変量の影響を受けやすい傾向がみられた。それは殺菌機能を預かるPMNの活性が各変量と密接に関連していることを示す。また PMN が含有している酵素活性量はヒトによって異なる。そこで、持っている活性量のうちどのくらいを刺激に反応して放出し得るかを観察するため、% release を算出して比較した。% releaseに対する変量［性］および［年齢］の影響はほとんど消えたが、［被爆線量］の影響は示唆的に残った。即ち、ライソゾーム酵素放出能は細胞レベルの機能は不明ながら被爆の作用を受け fMet-Leu-Phe の刺激に対し過剰反応ぎみになると考えられる。MPO と BGL の放出能を比較してみると、［被爆線量］と［性］では影響の現われ方が異なっていた。両酵素はともに PMN のアズール顆粒に含まれている考えられている。したがって、放出機構が同じであるとすれば各変量の影響も同じように両酵素に現れると推察される。しかしながら、この結果は同じ顆粒に含まれていても放出機構が MPO と BGL で異なること、またそれに対する二つの変量の作用が異なることを示唆する。　　また、この現象は霊長類の系統発生からみた存在様式あるいは放出機構における両酵素の差と類似している。我々はライソゾーム酵素放出が加齢に伴って低下することを報告している。60 才未満の BGL および MPO の supが 60才以上 70才未満になると低下したのは、PMN の感染に対する感受性が加齢とともに低下していることを現していると考えられる。その後70才以上では若年齢以上に高い値が示されたが、より高年齢群では加齢に伴う生体防御機能の低下の程度が少ない人々で構成される可能性が高く、そのためにより勝った酵素放出能が観察されたのかもしれない。　　O₂^- はsuperoxide dismutase (SOD)によって H₂O₂ に変換され、次に MPO の基質になって OCl^- に変換されていくという活性酸素種の産生・消去系に組み込まれている。O₂^- の産生能について、被爆線量の増加に伴う O₂^- 産生の上昇は認められなかったが、被爆者群の O₂^- は非被爆者群のそれよりも有意に高い値であった。この結果は MPO の放出能にも示されたように、被爆者 PMN がやや hyperfunction になっている可能性を示唆する。産生された O₂^- の消去系の一つである SOD の活性低下があるために高い O₂^- 産生が観察されている可能性も考えられる。また、明瞭な被爆線量依存的な反応が見られなかったのは、産生・消去の量的関係があるからかも知れない。　　今回の報告は中間時点での解析結果であるため詳細な解析ではない。しかしながら、被爆が PMN の生体防御機能にいくばくかの影響を出現していることを推測させる結果が集積されてきている。人の健康は様々な因子の関与とそれらのバランスの上に成り立っている。後影響として予測される種々の因子が障害として出現する機構を解明し、それへの予防的対処を行うことは科学的(あるいは医学的)被爆者問題として重要である。今後、詳細な解析を行い、PMN の生体防御機能に対する原爆被爆後影響を明らかにしたい。　コメント　　　　：　被爆者の免疫反応の中でも、特に、リンパ球機能への影響について解析したことは、重要である。放射線リンパ球の遺伝子に影響を与え、染色体異常をひきおこすことが明らかにされているが、リンパ球のどのような機能に影響を与えるかはほとんど調べられていない。本結果は、多大な労力と時間を要して得られた貴重なデータである。今後は、生体防御の観点から自然免疫、獲得免疫の両機能の解析をし、その結果から生体防御への放射線後影響について明らかにしたい。　原論文１ Data source 1：原爆被爆者における多形核白血球の生体防御機能の検討 Ⅲ. ライソゾーム酵素放出能および活性酸素産生能に対する原爆被爆後影響笹川　澄子、鈴木　和男*、今中　文雄**、坂谷　達一郎***、藤倉　敏夫、蔵本淳** 放射線影響研究所、*国立感染症研究所、**広島大学原爆放射能医学研究所内科部門、***福島生協病院(広島) 長崎医学会雑誌 61巻原爆特集号別冊 (昭和61年11月) 295-300頁キーワード：放射線、原爆、多形核白血球、ライソゾーム酵素、活性酸素 radiation, A-bomb, polymorphonuclear cells, lysosomal enzymes, superoxide) 分類コード：150401
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