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作成: 1999/02/25 能美 健彦

データ番号   :150006
γ線により誘発される突然変異の大腸菌gpt遺伝子を用いた解析
目的      :放射線誘発突然変異の塩基配列レベルでの解析
研究実施機関名 :国立医薬品食品衛生研究所 変異遺伝部
応用分野    :放射線生物学、分子遺伝学

概要      :
 大腸菌gpt遺伝子を直接γ線照射した後、大腸菌に導入して変異体を選択した。γ線照射により大腸菌の生存率が低下する一方、突然変異体頻度は上昇した。突然変異の特徴をDNAシークエンサーを用いて解析したところ、非照射群とは異なり、照射群ではG:C塩基対上での塩基置換変異が多く検出された。この結果から、gpt遺伝子を用いた検出系でγ線誘発突然変異を簡便に検出および解析できることが示唆された。
 

詳細説明    :
 放射線によって誘発される突然変異体を簡便に選択し、DNA塩基配列上の変化を分子レベルで明らかにするため、突然変異検出のレポーター遺伝子として汎用されている大腸菌gpt遺伝子を用いて解析を行った。gpt遺伝子が突然変異によって不活化すると宿主は6-チオグアニン耐性となるので変異体をポジティブに選択できる。またコード領域が456塩基対と小さいので塩基配列の解析が容易である。gpt遺伝子を含むプラスミドDNAに直接γ線照射し、生じた突然変異の特徴を自動DNAシークエンサーを用いて解析した。
 
 プラスミドpYG142は薬剤耐性遺伝子のクロラムフェニコール遺伝子と突然変異検出レポーターの大腸菌gpt遺伝子を含んでいる。コバルト60を用いpYG142の水溶液に室温でγ線を照射した。照射後のプラスミドをエレクトロポーレーション法により大腸菌AB1157株に導入した。導入後の大腸菌をクロラムフェニコールを含む培地上で培養し、生存コロニー数を測定した。また、クロラムフェニコールと6-チオグアニンを含む培地上で培養し、変異コロニー数を測定した。変異コロニー数を生存コロニー数で除して突然変異体頻度を算出した。さらに、非照射およびγ線照射群由来の変異コロニーからプラスミドDNAを回収してgpt遺伝子をふくむ領域をPCR法で増幅し、DNAシークエンサーを用いて変異部位を同定した。
 
 γ線照射および非照射プラスミドをAB1157株に導入して得られた生存コロニー数、変異コロニー数を第1表に示した。γ線照射量を増大させるに伴い生存コロニー数は減少し、非照射群に比べ100 Gy照射群での生存率は約32%、250 Gy照射群では1%以下であった。一方、変異コロニー数は50 Gy、100 Gy照射群で顕著に増大した。突然変異体頻度は50 Gy照射群で非照射群の約100倍、100 Gy照射群では約400倍に増大した。

表1 γ線照射による生存コロニー数、変異コロニー数および突然変異体頻度(原論文1より引用)
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Dose (Gy)  Surviving coloniesa)  Mutant coloniesb)  Mutantion frequencyc)
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     0           1.1x107                 15              1.3x10-6
    50           1.7x107              2,150              1.3x10-4
   100           3.5x106              1,800              5.1x10-4
   250           2.8x104                 11              3.9x10-4
   500         <5  x102                  0              0
 1,000         <5  x102                  0              0
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 照射群と非照射群で見られた突然変異の種類を第2表にまとめた。非照射群では塩基置換変異(15/38)よりも欠失や挿入によるフレームシフト変異(23/38)が多く、中でも大腸菌のトランスポゾンIS1の挿入(9/23)が多く見られた。塩基置換変異ではG:C→A:Tトランジションがもっとも多かった。これに対し照射群では、塩基置換変異が全体の9割(51/57)を占めていた。中でもG:C→T:Aトランスバージョン変異がもっとも多くみられた(22/51)。次に多かったのはG:C→A:Tトランジション(15/51)およびG:C→C:Gトランスバージョン(10/51)であり、照射群でみられた突然変異のほとんどがG:C塩基対上で起こっていた(47/51)。

表2 γ線照射群および非照射群におけるgpt遺伝子の突然変異スペクトラム(原論文1より引用)
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                     γ-ray induced mutants  Spontaneous mutants
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Base-change              51(89.5%)              15(39.5%)
  Transition                16(28.6%)              8(21.1%)
      G:C → A:T                15(26.8%)               7(18.4%)
      A:T → G:C                 1( 1.8%)               1( 2.6%)
  Transversion              35(62.5%)              7(18.4%)
      G:C → T:A                22(39.3%)               3( 7.9%)
      T:A → G:C                 1( 1.8%)               1( 2.6%)
      A:T → T:A                 2( 3.6%)               3( 7.9%)
      G:C → C:G                10(17.8%)               0
  
Frameshift                6(10.7%)              23(60.5%)
   Deletion                       5(8.9%)                5(13.1%)
   Large deletion (>10bp)        1(1.8%)                3( 7.9%)
   Insertion                      0                      6(15.8%)
   Large insertion (about 800bp)  0                      9(23.7%)
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塩基対233と234番で観察されたTTからCATへの自然突然変異は挿入変異(Insertion)に分類した。
 活性酸素によって生じるグアニンのDNA損傷としては8-オキソグアニンが知られている。これまでの生化学的および遺伝学的研究から8-オキソグアニンはシトシン以外にアデニンとも塩基対を形成し、DNA複製の結果G:C→T:A変異を誘発することが明らかになっている。今回の実験で観察されたγ線誘発変異の多くがG:C塩基対上で起こっており、なかでもG:C→T:A変異が多かったことは、γ線照射による酸化的DNA損傷と突然変異誘発において8-オキソグアニンが重要な役割を果たしていることを反映していると考えられる。この結果から、gpt遺伝子を用いた検出系でγ線誘発突然変異を簡便に検出および解析できることが示唆された。
 

コメント    :
 マーカー遺伝子を使って突然変異体を選択および解析するとき、得られた結果は実験条件とともに用いた検出系の影響を受ける。データを解釈する際は遺伝子に特異的な配列やベクターの性質によって検出される変異の種類、感度等が異なる点を考慮しなければならない。
 

原論文1 Data source 1:
変異細胞の選択技術の確立と突然変異の塩基配列の解析に関する研究
祖父尼 俊雄、能美 健彦、松井 道子
国立衛生試験所 変異遺伝部
国立機関原子力試験研究成果報告書(平成6年度):117-1〜117-7(1995)

キーワード:大腸菌、gpt遺伝子、γ線、突然変異、塩基置換、DNAシークエンス
Escherichia coli, gpt gene, gamma radiations, mutation, base change, DNA sequence
分類コード:150101, 150301

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