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作成: 1997/12/25 山田 清美

データ番号   :150002
染色体標本の自動作製装置の開発
目的      :染色体標本の量産化
研究実施機関名 :国立国際医療センター研究所、サクラ精機株式会社
応用分野    :放射線生物学、臨床医学検査

概要      :
 放射線被曝によって生じる染色体の切断の頻度から、個体が受けた放射線被曝量を推定することができる。この方法は、広島と長崎の原爆被曝や事故被曝の場合に用いられている。低線量被曝では、1個体から数千個の細胞を分析しなければならないので、良質の染色体標本を高速で大量生産できる自動標本作製装置を開発した。コンピュータによる大量の画像解析に最適であり、放射線生物学や医学分野における染色体検査に活用できる。
 

詳細説明    :
 現在の染色体標本作製法では、経験と熟練した手作業の技術が要求され、また、標本作製の際には室内の温度や湿度の影響を受けるので、大量の良い標本を常に一定して得ることは困難である。 そのため、我々は平成元年度に標本作製の際に染色体の拡散と伸展に影響を及ぼす温度や湿度などの条件を厳密に測定して、試作1号装置を製作した。この試作装置では、熱伝導を防ぐことは難しいことが明らかになったので、改良と工夫を重ねて平成2年度から平成4年度までに3台の試作装置を製作した。この間に, この試作装置の実地における長期間の使用試験を行って性能および操作性を評価すると共に, この装置使用に適した細胞固定法の確立などの研究を行った。 そして、最終年度の平成5年度に、さらに操作性を良くする工夫と付帯的な機能を開発して装備させ商品価値のある自動標本作製装置を完成させた。以下に、その完成装置の概要を記する。
 
1.試作完成装置
 装置の外観は図1に、また, 装置性能の概略は表1に示されている。


図1 染色体標本の自動作製装置の外観を示している。1時間に約300枚のスライド標本を半自動的に作製することができる。(原論文2より引用)


表1 装置の仕様と性能
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仕様
1)外形寸法 1,190(W)X600(D)X1,190(H)
2)重量   約200 kg
3)構成   スライド自動供給室 伸展室1 伸展室2 乾燥室1 乾燥室2
      スライド自動収納室 スライド自動搬送装置 スライド自動収納装置
      スライド枚数計数器 各種のデジタル表示 警報および安全装置
 
性能
1)1時間に約300枚の速度で、良質な染色体像をもつ標本スライドを蒸気乾燥法で生産する
 ことができる。
2)スライド処理室の温度精度は、設定値に対して±0.5℃、湿度精度は±3%で恒久的に維持
 できる(いずれも電子冷却素子を多数個使用して制御している。これに関連して、特許3
 件および実用新案2件を申請し公開されている)。
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2.本体の概略
 本体の下部およぶ奥部は機械室であるが、手前上部に密封された透明な部屋があり, その内部はスライド供給室と伸展室と乾燥室の3つに分けられており、それぞれが任意の温度と湿度を保つように別々にコントロールされている。
 
3.標本作製の過程
 染色体標本は蒸気乾燥法によって作製される。スライド供給室には50枚のスライドを入れるカセットがあり、スライドは自動的に1枚ずつチエーンコンベヤーに引っ掛けられて送られ、供給室から伸展室へ、伸展室から乾燥室へ、乾燥室から収納部へと搬送され、20枚入りのカセットに自動的に入れられる。したがって、細胞塗沫スライドは異なった温度と湿度の空気層に順番に露出され、染色体拡散と乾燥を連続的に行なって標本を生産する。固定細胞液は伸展室の上部の穴からマイクロピペットで手動により滴下される。
 
4.温度および湿度の制御装置
 この装置で最も重要な点は、温度と湿度の厳密な制御である。そのため、スライド伸展室および乾燥室における加温および冷却装置はサーモモジュールによるプレート方式、加湿装置は温水によるバブリング方式を考案して採用した。
 
 温度の制御方式:スライドが搬送されて停止する位置の床下にスライドガラスの大きさのホットプレートを設置した。2個のサーモモジュールによって温度制御されているこのホットプレートは、室内の温度感知器でフィードバック制御されている。伸展室には2枚、乾燥室には6枚のホットプレートがあるので、処理室内の温度制御のために、16個のサーモモジュールが使用されている。スライド供給室の温度調節は、容積が大きいので、空調機を使用し本体内に内蔵されている。
 
 湿度の制御方式:湿度の高い空気を発生させ処理室に送るために、水中にポンプで空気を通して湿った気泡を発生させる。水瓶の側壁に2個のサーモモジュールを付着させて水温(19〜21℃)を制御する。処理室内の湿度を湿度感知器によりデジタル表示し、さらに水瓶の水温をフイードバックして制御している。このように、湿度制御は一定の水温と風速(毎分5リットル)を厳密に保持することにより処理室の空気層の湿度を一定にすることができた。4室で4個の水瓶を使用するために、8個のサーモモジュールが使用されている。
 
5.装置の使用結果
 標本の量産能力は12〜15秒で1枚の出来上がり速度で、1時間で約250〜300枚の大量生産が可能である。 実際に試作装置を使って染色体標本を作ってみると、期待通り染色体の拡散も良く、かなり良質の中期核板をもつ細胞が多数認められ良好な成績であった(図2)。


図2 量産された染色体標本の顕微鏡写真像。細胞の押し潰しにより染色体が重ならずに、円形に拡散し伸展している。(原論文2より引用)

 

コメント    :
 標本作製に実際に使用してみると、ほぼ良好な成績が得られている。しかし、温度と湿度の組み合わせの処理条件により、また細胞の種類と固定法の個人差により、染色体の伸展の度合と拡散はかなり微妙に影響されることが明らかとなった。それほど標本作製は難しいので、微妙な最適条件の設定にはマイコンによる制御と細胞処理パターンのメモリー化が実用上で非常に便利とおもわれる。
 

原論文1 Data source 1:
DEVELOPMENT OF AN INSTRUMENT FOR CHROMOSOME SLIDE PREPARATION
Yamada K, Kakinuma K, Tateya H, Miyasaka C.
Research Institute, National Medical Center, Sakura Finetechnical Co., Ltd., and Tiyoda Manufacturing Co., Ltd.
J. Radiat. Res., 33(supl): 242-249(1992)

原論文2 Data source 2:
染色体標本の自動作製装置の開発に関する研究
山田 清美、有田 直子、笠間 緑子、高井 節夫、柿沼 建、堅谷 弘恵、宮崎 千明
国立国際医療センター研究所、サクラ精機株式会社、千代田製作所
[放射線による染色体異常の高速自動解析システムに関する研究」班、第1期(平成元年〜平成6年)最終報告書, 93-104, 平成6年8月

キーワード:染色体標本 自動標本作製装置
chromosome slides, automatic instrument for slide preparation
分類コード:150202, 150203

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