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作成: 2000/02/14 粟津 邦男

データ番号   :140035
FELによるコレステロールの分解
目的      :赤外自由電子レーザによる動脈内オレイン酸コレステリルの選択的除去方法の開発
研究実施機関名 :自由電子レーザ研究所・機能材料研究推進グループ
応用分野    :動脈硬化治療、結石破砕、レーザ分子メス、赤外多光子反応

概要      :
 FELの生物医学応用するための光学システムと、これを用いた応用としてエステル結合由来の伸縮振動のある5.75μm の波長と蛋白質由来の吸収極大のある6.1μm FELを用いて、コレステロールエステル単体、アルブミン、家兎動脈断面標本に対して照射することにより、アルブミンや正常血管壁を蒸散させずに選択的にコレステロールエステルが除去可能であることを示し、赤外域自由電子レーザによる生体成分の選択的プロセッシングの可能性について述べる。
 

詳細説明    :
1、はじめに
 レーザの医療応用の一つとして、冠状動脈狭窄回復術への適用が試みられつつあり、特に、弼状性動脈硬化部位を選択的に除去することは大きな課題となっている。これはアテローム性動脈硬化部位において、脂肪酸と結合したコレステロールがコレステロールエステルとして蓄積し、正常血管部位に複雑に入り込んでいることなどの理由による。これに対し自由電子レーザ(FEL) は同一光学系で波長が可変であり、自由電子レーザ研究所においては、FEL波長350nm - 40μm の範囲で利用することができ、この範囲で対象の吸光度に合った波長を自由に選択することができる。
 
 ここでは、FELを用いた応用として、エステル結合由来の伸縮振動のある5.75μm の波長と蛋白質由来の吸収極大のある6.1μm FELを用いて、コレステロールエステル単体、アルブミン、家兎動脈断面標本に対して照射することにより、アルブミンや正常血管壁を蒸散させずに選択的にコレステロールエステルが除去可能であることを示し、赤外域自由電子レーザによる生体成分の選択的プロセッシング可能性について述べる。
 
2、モデル実験
 コレステロールエステルおよびアルブミン薄膜にFELを照射した。コレステロールエステルにはコントロールとして、エステル結合に由来する吸収のない6.1μm FEL, 1.5mWを照射したが照射痕は観察されなかった(図1-a)。次に、同一対象部位に、エステル結合由来の吸収のある5.75μmFELを照射した結果、瞬時に照射痕が認められ、コレステロールエステルが除去されていく様が観察された(図1-b)。アルブミン薄膜に、コントロールとして蛋白に吸収のない5.75μmFELを照射したが、照射痕は観察されなかった(図1-c)。続いて同一対象部位にアルブミン中のアミドI結合由来の吸収のある6.1μm FELを照射したところ、瞬時に照射痕が認められ、10秒程度で中央部にアブレーションによる空洞が観察された(図1-d)。


図1 The effect of FEL irradiation on thin films of cholesteryl oleate and albumin. Samples are exposed to the FEL for 5seconds each, which becomes 5 J/cm2 influence. (原論文1より引用)

 
3、兎動脈硬化部位へのFEL照射照射実験
 図2は摘出血管中の兎の動脈硬化部位切片標本へ5.75μm ,1.5mW のFELを照射後、6.1μm, 1.5mWの FELを照射した結果である。5.75μm FELの4分間照射によっても中膜弾性線維を中心とする部位には変成がみられないが、6.1μm にFEL波長を変化させると、1秒後には中膜弾性線維の炭化が始まり、16秒後にはコレステロールエステルが多く蓄積している動脈硬化部位にも炭化が認められた。
 
 図3は図2を拡大したものである。図3-a はFEL照射前の血管断面像である。白枠内の矢印で示された部分に針状のコレステロールエステルの蓄積が光顕的に観察される。このコレステロールエステルの蓄積部位を含む領域に5.75μm FELが照射されると、図3-bに示すように60秒後には矢印で示された部分に変化が観察される。この変化は照射10秒後から始まっていた。 図3-aで右の矢印で指し示される部分が図3-bでは融けだし始めることにより、やや太く観察される。さらに、図3-c の同部位においては完全に消滅していることが分かる。なお、この倍率においても中膜弾性線維には変化は見られなかった。


図2 The effect of FEL irradiation on rabbit artery. From the left, top three pictures showed a control(on FEL), a sample after FEL irradiation for 10 seconds, and 30 seconds respectively. Middle three pictures showed samples after 5.75 μm FEL irradiation for 60, 120 and 240 seconds, respectively. Bottom three pictures showed the irradiation effect of 6.1 μm FEL for the sample. The sample was already exposed to 5.75 μm FEL irradiation for 240 seconds. (原論文1より引用)



図3 The histology of Fig.2 with further magnification. As shown in Fig.3(a), the normal part of elastic fibers has no damage after 5.75 μm FEL irradiation for 240 seconds. Fig.3(b) and 3(c), however, the choleteryl oleate, as seen in the middle of the picture, were gradually removed after 5.75 μm FEL irradiation at different parts.(原論文1より引用)

 
4、考 察
 自由電子レーザ(FEL)を生体成分へ照射するシステムを用いて、エステル結合の伸縮振動に同調させた5.75μmFELの照射により、正常血管組織を傷つけず、選択的にコレステロールエステルのみが除去されることが示された。自由電子レーザの生体成分への応用研究は、その緒についたばかりであるが、本研究は生体成分の選択的除去あるいは共鳴励起による細胞レベルでの機能制御の可能性を示唆するものと考えられる。
 

コメント    :
 従来よりレーザの利用は医療やバイオテクノロジーの分野において、生化学分析、臨床検査、外科的治療など基礎から臨床分野にわたり必須となっており、紫外域から赤外域に及ぶ数多くのレーザが種々の目的に対して用いられている。
 
 これに対し、自由電子レーザ(以下FEL)は、既存レーザの波長での発振がほぼ全域で可能であることより、レーザと対象となる生体細胞/組織との間において生ずる3つの反応、即ち光化学反応、光熱反応、光衝撃反応を各生体組織(臓器、細胞、DNA)レベルで制御できる可能性を持つ。これらFEL-生体反応は瞬時におこる物理的現象、やや時間遅れのある現象、および長時間での改質とに分類できるが、特にFELは、その特長であるピコ秒のパルス性により照射対象に光化学あるいは衝撃反応を容易に引き起こさせ、波長可変性により、対象分子あるいは原子間の特定の振動あるいは回転を選択的に共鳴励起することに対して最も適していると考えられる。
 

原論文1 Data source 1:
赤外域自由電子レーザ光による選択的生体分子プロセッシング
粟津 邦男、永井 昭夫、會沢 勝夫
自由電子レーザ研究所
レーザ学会誌、Vol.26, No.5 May 1998, pp.369-373

原論文2 Data source 2:
赤外自由電子レーザのオレイン酸コレステリルに対する熱効果
深見 裕子、粟津 邦男
自由電子レーザ研究所
レーザ学会誌、Vol.27, No.12 December 1999, pp.840-844

キーワード:動脈硬化,atherosclerosis,コレステロール cholesterol,オレイン酸コレステリル,cholesteryl oleate,伸縮振動,stretching vibration,選択的除去,selective removal,分子手術,molecular operation,エステル結合,ester bonding,アブレーション,ablation,融解,melting,化学反応,chemical reaction
分類コード:140303, 140304, 150401

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