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作成: 2000/01/07 西森 信行

データ番号   :140025
自由電子レーザー用熱電子銃
目的      :安定で高輝度な熱電子銃の開発
研究実施機関名 :日本原子力研究所関西研究所自由電子レーザー研究グループ
応用分野    :同位体分離、光化学、光加工、医療、生物学

概要      :
 原研自由電子レーザーは超伝導加速器を駆動源としており、その特性を活かした高出力レーザーを開発目的の一つとしている。高出力化を狙うにあたり、電子ビームに要求される条件は電流値が高いこと、加速器の制御やビーム輸送の最適化をはかるために充分な安定性を満たすこと、レーザー発振に必要なサイズまで小さく絞れること等である。このような条件を満たすように電子銃の開発を行っている。
 

詳細説明    :
1. はじめに
 自由電子レーザーは電子ビームを利用するデバイスで、アンジュレーター中に導かれるビームに要求される性能は発生させる光の波長に依存する。ビームエミッタンスは発生源である電子銃から出てくるビーム以上に良くはなり得ないので、電子銃はシステム全体に強い影響を及ぼす。原研自由電子レーザーでは波長20μm程度の遠赤外光を平均出力1kWレベルで発振させることを一つの目的としており、表1のようなビーム性能が電子銃に要求される。CW化可能な超伝導加速器を駆動源としており、電子銃もCW化可能なことが大前提となる。RF電子銃はCW化が容易でないために使用できない。
 
 また、米国ジェファーソン国立研究所ではDC加速管とフォトカソードを組合せ質のよいビームを作り出している[参考資料1]が、半導体フォトカソードの寿命、取扱に難がある。原研ではグリッドパルサーで駆動させる熱陰極カソードとDC加速管を組み合わせた一般的な電子銃を採用している。数10μsのマクロパルスを数10Hzで駆動するような場合はピーク電圧150V、半値幅0.5nsという非常に高性能なグリッドパルサーが市販で手に入るが[参考資料2]、数100μs以上のマクロパルスを10Hzで動作させるパルサーは市販品がない。そこで、1ms以上のマクロパルスを10Hzで動作させるグリッドパルサーを作製することが開発の中心となる。

表1  原研FEL用熱電子銃に要求される性能。
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Charge per bunch        0.6nC
e-beam average current  6mA
e-beam repetition rate  10.4125MHz
Timing jitter           ≦ 0.1ns
Current jitter          ≦ 1%
Normalized emittance    ≦ 50mm-mrad
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2.グリッドパルサー
 グリッドパルサーの性能は電子ビームのそれに直結するのでパルス幅が充分に狭く、タイミングジッターや振幅変動が小さいことが必要である。技術的困難は、230kVの高圧をかけるためにSF6ガスを絶対2.5気圧封入したタンク中に加速管を納めていることで生じる。パルサーに基準信号を送る光ファイバー中の光信号が大気中とタンクを繋ぐコネクタ中で減衰し、電気信号に戻すと0.2V程度になる。それを100V程度まで増幅する必要があり、ノイズ対策が難しい。
 
 我々は83.3MHzのサブハーモニックバンチャーで充分捕獲できるように、1ns以下の半値幅を持つパルス当たり0.6nCの電子ビームを10.4MHzのミクロパルス周期で発生できるように開発を行った。また、安定したレーザー発振の可能なように、タイミングジッター0.1ns以下、振幅変動1%以下を目指している。グリッドパルサーはKoontzの論文[参考資料3]を元に作製した。ステップリカバリーダイオードを利用してパルス幅の短い信号を得ることが出来、波高120V、半値幅2.6nsのパルスを得ている。


図1  A core monitor signal just after the electron gun. The measured FWHM is 1.1 ns which includes 0.5 ns time resolution of the core monitor.(原論文1より引用)



図2  グリッドパルサーのバイアス値と電子ビームのFWHMパルス幅(solid)、またそのときの平均電流値(dash)の関係。

 
3.ビーム性能
 カソードはEIMAC社のY646Bを使用している。電子銃直後のコアモニターで測定したビーム波形を図1に、グリッドパルサーのバイアス電圧とパルス当たりの電荷量、またその時のFWHM幅の関係を図2に示す。原研ではパルス当たりの電荷量を0.6nCから1.2nCまで増やすことを将来的に考えており、その目的には充分な電荷量が得られている。またパルス幅もそれぞれ、0.96 nsと1.15 nsで、要求に近い性能を満たしている。タイミングジッターは0.1ns程度、パルスのばらつきも 1% 以下であり当初の目的はほぼ達成した。
 
 現状の回路部品の組合せでは、今以上にパルス幅を狭くして安定に動作させることは困難なように思える。より高速な回路部品を組合せ、しかも安定に動作させる必要がある。エミッタンスに関しては電子銃単独での測定をしてないが、16 MeVまで加速した後の測定値で30πmm-mradが得られており、目標を達成した。CW化の試験はまだ行ってないが、コッククロフト用に15mAの電源を既に準備しており、高圧電源はCW化できる。問題はグリッドパルサーで、CW動作の試験はまだ行っておらず今後の課題である。
 

コメント    :
 電子銃から加速器への安定な電子ビームの供給は実用的な自由電子レーザーの実現にとって極めて重要なことである。当初の目的である1ns幅、バンチ当たりの電荷量0.6nCを得、時間ジッター、電流のばらつきとも目標値に到達した。今後はさらに、パルス幅を短くし、電荷量を増やし、マクロパルス幅を長くしてCW化を実現していくことが求められる。
 

原論文1 Data source 1:
Improved performance of the JAERI injection and Free Electron laser system
N. Nishimori, R. Nagai, R. Hajima, T. Shizuma, M. Sawamura, N. Kikuzawa, E.J. Minehara
Free Electron Laser Laboratory, Advanced Photon Research Center, Kansai Research Establishment, Japan Atomic Energy Research Institute, 2-4 Shirakata-Shirane, Tokai, Naka, Ibaraki 319-1195
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research A 445,(2000)432.

参考資料1 Reference 1:
CEBAF UV/IR FEL subsystem testing and validation program
G.R. Neil, S.V. Benson, H.F. Dylla, H. Liu
TJNAF, Newport News, VA
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research A 358 (1995) 159

参考資料2 Reference 2:
Strong focusing system of FELI 6-MeV electron injector used for ultraviolet range FEL oscillation
T. Tomimasu, Y. Morii, E. Oshita, S. Okuma, S. Nishihara, T. Takii
Free Electron Laser Research Institute, Inc. (FELI), Osaka
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research A 407 (1998) 370

参考資料3 Reference 3:
ONE NANOSECOND PULSED ELECTRON GUN SYSTEMS
R.F. Koontz
Stanford University, Stanford, CA
SLAC-PUB-2261 (1979)

キーワード:熱電子銃、Thermionic Electron Gun、グリッドパルサー、Grid Pulser
分類コード:140104

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