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作成: 1998/11/30 山田 家和勝

データ番号   :140014
自由電子レーザー用光共振器の劣化とその再生
目的      :誘電体多層膜ミラーの劣化機構の解明とその再生技術の開発
研究実施機関名 :電子技術総合研究所量子放射部
応用分野    :短波長自由電子レーザー、シンクロトロン放射用光学素子、低損失光学素子

概要      :
 短波長自由電子レーザーに於いては数10ppm〜1,000ppmオーダーの低損失ミラーが用いられるが、これらの低損失ミラーにおいては、その僅かな表面・内部の構造変化によって起こる損失の増加が装置全体の性能を左右する。本技術はこのような低損失ミラーの劣化機構の解明とその再生処理技術開発について述べる。
 

詳細説明    :
 自由電子レーザー(Free-Electron Laser, FEL)は、従来のレーザーがある種の原子・分子のエネルギーレベル差を利用して光を増幅するのに対して、高エネルギーに加速した電子ビームから直接光を取り出すことにより、原理的に任意の波長域で、連続波長可変、高効率、高出力という優れたポテンシャルを持っている。しかしながらこの様な優れた特性を発揮させるためには、極めて良質の高エネルギー大電流電子ビームを長尺のアンジュレータ(交番磁場発生装置)で蛇行させ、光を発生させなければならない。このため、FELは従来のレーザーに比べて、特に短波長域においては利得が極めて小さい。例えば電総研で開発している蓄積リングNIJI-IVを用いた自由電子レーザーの場合、波長240nm付近での1パス利得は2%程度である。従ってレーザー発振を得るためには非常に低損失(高反射率)の光共振器ミラーが必要となる。
 
 可視より短波長の自由電子レーザーでは、光共振器ミラーとして誘電体多層膜ミラーが使用されるのが普通である。誘電体多層膜ミラーでは一般的に高屈折率と低屈折率の誘電体を1/4波長の厚さで多数層積み上げ、それらの界面からの反射光の干渉により非常に高い反射率(低損失)が得られる(図1)。


図1 Structure of a dielectric multilayer mirror and its degradation mechanism

 可視域ではTiO2/SiO2、近紫外域ではTa2O5/SiO2、遠紫外域ではHfO2/SiO2あるいはAl2O3/ SiO2の組み合わせが用いられる。これらの誘電体多層膜ミラーは、イオンビームスパッター法(ion beam sputtering) を用いて注意深く作製することにより、それぞれ10ppm、100ppm、1,000ppmオーダーの損失のミラーが得られるが、これらを自由電子レーザーに使用した場合、ミラーが強いアンジュレータ放射光に晒されるため劣化し、ミラー損失が急激に大きくなって、レーザー発振が困難になる。
 
 ミラー劣化は図1に示す様に、誘電体表面に僅かにカーボンが堆積することによる表面劣化(surface degradation)と、誘電体内部に格子欠陥を生じるために起こる内部劣化(volume degradation)に分けられる。表面劣化はミラーの中心波長に対しては影響を及ぼさないが、中心波長の周りで光反射の狭帯域化を引き起こすため、中心波長からずれた波長の光に対して大きな損失の原因となる。内部劣化は急激に起こり、また波長依存性は殆どなく一様に損失を増加させる(図2)ため避けることが難しいが、一定レベルで飽和するため、飽和レベル以上のレーザー利得があれば、比較的安定にレーザー発振を得ることが出来る。レーザー発振に際してはこれらの特性を知った上で最適条件でミラーを使用する必要がある。


図2 Evolution of surface- and volume-degradation in dielectric multilayer mirrors for short-wavelength FELs(原論文4より引用)

 これらの劣化は、電総研で開発した原子状酸素ラジカルによる表面処理とアニーリングを併用することで、ほぼ初期の状態に戻すことができる。酸素ラジカル処理では、2Torrの酸素雰囲気中でRFプラズマをミラー表面より20cm程度離した位置で発生させ、この中で発生した酸素ラジカルのみをミラー表面に導いて、堆積したカーボンと結合させることにより、プラズマ中の高エネルギー荷電粒子による表面の荒れを起こすことなくカーボンのみが除去される。これにより表面劣化によるミラーの狭帯域化は解消される。またアニール処理ではミラーを250℃程度で加熱することにより、内部劣化が修復される(図3)。


図3 Restoration of dielectric multilayer mirrors with O2 plasma and annealing(原論文2,4より引用)

 

コメント    :
 短波長域の自由電子レーザーでは非常に低損失の光共振器が必要であり、特に可視から紫外域では通常、高反射率が得られる誘電体多層膜ミラーで光共振器が構成される。誘電体多層膜ミラーはアンジュレータ放射光に晒されることによって急激な劣化を起こすが、現在、その劣化メカニズムも明確となり、また劣化したミラーの再生も可能となっている。今後更に真空紫外域における光共振器に用いるための、低損失金属Alミラー等に対する検討が必要となるが、この場合にも上記の酸素ラジカルによる表面処理技術は有効と考えられる。
 

原論文1 Data source 1:
Plasma treatment of dielectric-coated cavity mirrors for a short wavelength FEL
K.Yamada, T.Yamazaki, N.Sei, T.Mikado
Electrotechnical Laboratory, 1-1-4 Umezono, Tsukuba, Ibaraki 3058568, Japan
Nucl. Instr. and Meth. A341 (1994) ABS139-ABS140

原論文2 Data source 2:
Plasma treatment for restoration of dielectric multilayer mirrors in short-wavelength free-electron lasers
K.Yamada, T.Yamazaki, N.Sei, T.Mikado
Electrotechnical Laboratory, 1-1-4 Umezono, Tsukuba, Ibaraki 3058568, Japan
Appl. Opt. 21 (1995) 4261-4265

原論文3 Data source 3:
Degradation and restoration of dielectric-coated cavity mirrors in the NIJI-IV FEL
K.Yamada, T.Yamazaki, N.Sei, T.Shimizu, R.Suzuki, T.Ohdaira, M.Kawai, M.Yokoyama, S.Hamada, K.Saeki, E.Nishimura, T.Mikado, T.Noguchi, S.Sugiyama, M.Chiwaki, H.Ohgaki, T.Tomomasu
Electrotechnical Laboratory, 1-1-4 Umezono, Tsukuba, Ibaraki 3058568, Japan
Nucl. Instr. and Meth. A358 (1995) 392-395

原論文4 Data source 4:
Saturation of cavity mirror degradation in the UV FEL
K.Yamada, T.Yamazaki, N.Sei, R.Suzuki, T.Ohdaira, T.Shimizu, M.Kawai, M.Yokoyama, T.Mikado, T.Noguchi, S.Sugiyama, H.Ohgaki
Electrotechnical Laboratory, 1-1-4 Umezono, Tsukuba, Ibaraki 3058568, Japan
Nucl. Instr. and Meth. A393 (1997) 44-49

キーワード:自由電子レーザー、光共振器、誘電体多層膜ミラー、光共振器の劣化、表面劣化、内部劣化、プラズマ処理、アニール処理
free-electron laser、optical cavity、dielectric multilayer mirror、cavity degradation、surface degradation、volume degradation、plasma treatment、annealing
分類コード:140104, 140201

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