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作成: 1998/12/17 山崎 鉄夫

データ番号   :140003
蓄積リングTERASにおける国内初の自由電子レーザー発振実験
目的      :蓄積リングと光クライストロンによる自由電子レーザーの3大要素技術の研究・開発と、国内初の可視域における発振実験
研究実施機関名 :電子技術総合研究所
応用分野    :光化学反応、物性研究、新材料創製、生物学、医療

概要      :
 電総研では1985年から自由電子レーザー(free-electron laser, FEL)の研究を開始し、1986年に光クライストロンを試作、同年から蓄積リング TERAS(Tsukuba Electron Ring for Acceleration and Storage)において自発放出光の発生とスペクトルの測定、光共振器、電子ビームの性質等の要素技術の研究を進め、1989年には FELゲインの測定に成功し、以降これらの基礎研究の上に立って発振実験を行い、1991年3月に595 nmでの発振に成功した。いずれも国内で最初のものであった。
 

詳細説明    :
 電総研においては、先ずFELの3大要素技術であるアンジュレータ、光共振器、電子ビームに関する研究を行った。蓄積リングTERASの平面図を図1に示す。


図1 Plan view of ETL storage ring TERAS.

 TERASはシンクロトロン放射の発生・利用専用のリングであり、直線部が短くFELゲインが低いので、 光クライストロン(optical klystron, OK)を使用した。OKとは通常のアンジュレータを2個置き、上流側をエネルギー変調用、下流側をエネルギー変換用とし、中央に強磁場の分散部を設けてミクロなバンチングを強め、ゲインを通常のアンジュレータの数倍まで高めるものである。永久磁石は,世界で初めて新稀土類永久磁石(NEOMAX-35、Nd-B-Fe系)を用いたが、以降この素材を用いたアンジュレータが従来のSmCo5以上に流行するようになった。OKは電子ビームのエネルギー幅に非常に敏感で、従って高品質ビームが要求される。
 
 短波長FELではゲインが非常に低いので超低損失共振器が必要になり、損失の測定が重要になる。電総研では微小光共振器損失を減衰時間法で測定し、使用前の585 nm用ミラー1枚当りの損失は40 ppm程度であったが、短波長領域で多用される誘電体多層膜ミラーは自発放出光の高調波成分の照射による劣化が著しい。照射量に伴って損失が増加し、有効波長帯域が狭くなり、最適波長も長波長側にシフトする。また、FELゲインが低いので、電総研では先ず自発放出光を光共振器で共振させ、出力光をストリーク・カメラで受けてその時間構造を観測して10μm程度の粗調整を行い、その後発振条件を捜しながら非常に長い光共振器長をμmオーダーの精度で設定する方法を開発して成功している。ミラーは超高真空中にあるので精密調整も難しいが、ステッピング・モータとピエゾ素子を併用した駆動精度0.2μm以上の超高真空ミラー精密駆動装置を試作した。
 
 TERASの通常運転では周長31.45m中に18バンチのビームが回転しているが、FEL発振には3バンチのみが必要で、残りのバンチは自発放出光を発してミラーの劣化を促進する。そこで、2段階RF-KO(radio-frequency-knockout)法を用いて3バンチに落している。3バンチ・モードでも電子エネルギー幅がFELの要求よりは広いので、さらにビームを安定化するために加速高周波の2倍高調波のLandau加速空胴を設置して、主にバンチ間相互作用を抑制している。


図2 Frequency spectra of signal from a button monitor when the electron beam is (a) not stabilized and (b) stabilized.(原論文1より引用)

 図2にリングのビーム・モニタからの信号の周波数スペクトルを示す。Landau加速空胴を動作させないと(a)の様に中央の周波数の他にビームの不安定性の指標となるサイドバンドが見られる。Landau加速空胴を働かせて調整すると(b)のようにサイドバンドが消え、電子ビームのエネルギー幅やバンチ長が急速に狭くなる。電子ビームのバンチの3次元のサイズの系統的な精密測定も行っている。TERASでの実験ではゲインが低いので、外部レーザーによるゲイン測定が必要であった。測定法については省略するが、バンチ当り1.6mAの蓄積電流で1×104程度のゲインが得られた。これは上記の安定化以前の値で、実際の発振実験ではゲインはより高かった。発振実験では、出力光スペクトルは分光器と組合わせた高感度フォトダイオード・アレイによって実時間で測定された。


図3 Output spectra (a) of spontaneous emission, (b) near threshold, and (c) of lasing.(原論文2より引用)

 図3(a)は発振前の自発放出光、(b)は発振の閾値付近、(c)は発振時のスペクトルを示しているが、(c)は測定装置の前にフィルタを置いて強度を落してある。この様な測定結果からFELのピーク出力は15mW程度と推定された。(b),(c)の発振スペクトルのピークは598nmにあるが、光がコヒーレントになったためその幅が狭く(0.3nm程度)なっている。この後、597nmと591nmの2波長同時発振やFEL特有のQスイッチング法によるピーク出力の増大にも成功している。
 

コメント    :
 蓄積リングFELは、電子ビームの質が高いので、FELの短波長化に適している。但し、ピーク出力はRFリニアックに劣る。高い平均出力を得るためには、高エネルギーの蓄積リングが必要である。
 

原論文1 Data source 1:
Lasing in visible of a storage-ring free-electron laser at ETL
T. Yamazaki, K. Yamada, S. Sugiyama, H. Ohgaki, T. Tomimasu, T. Noguchi,T. Mikado, M. Chiwaki, and R. Suzuki
Electrotechnical Laboratory, 1-1-4 Umezono, Tsukuba-shi, Ibaraki 305-8568
Nuclear Instruments & Methods in Physics Research, A309 (1991) pp.343-347

原論文2 Data source 2:
ETL Storage-Ring FEL Oscillation in Visible
T. Yamazaki, K. Yamada, S. Sugiyama, H. Ohgaki, T. Noguchi, T. Mikado, M. Chiwaki, R. Suzuki, T. Tomimasu, and M. Kawai*
Electrotechnical Laboratory, 1-1-4 Umezono, Tsukuba-shi, Ibaraki 305-8568, * Kawasaki Heavy Industries Ltd., 118 Futatsuzuka, Noda, Chiba 278 Japan
Proceedings of the 8th Symposium on Accelerator Science and Technology (RIKEN) (1991) pp.269-271

参考資料1 Reference 1:
自由電子レーザーの現状と将来
山崎 鉄夫
電子技術総合研究所、305-8568 つくば市梅園1-1-4
放射光, 2, No.3 (1989) pp.19-39

参考資料2 Reference 2:
自由電子レーザー
山崎 鉄夫
電子技術総合研究所、305-8568 つくば市梅園1-1-4
京都大学原子エネルギー研究所彙報, 87 (1995) pp12-23

キーワード:自由電子レーザー、電子蓄積リング、アンジュレータ、光クライストロン、光共振器、誘電体多層膜ミラー、高品質電子ビーム
free-electron laser, electron storage ring, undulator, optical klystron, optical cavity, dielectric-coated multilayer mirror, high-quality electron beam
分類コード:140106, 140101, 140103

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