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作成: 1999/02/10 樋口 健二

データ番号   :120021
人間動作シミュレーション技術の研究 -高速モンテカルロ装置の開発-
目的      :粒子モデル計算を高速化する専用計算機の開発
研究実施機関名 :日本原子力研究所計算科学技術推進センター
応用分野    :粒子輸送計算、被曝線量評価、画像生成

概要      :
 二足歩行ロボットに関するさまざまな論理/数値シミュレーションを高速化する専用計算機Monte-4を開発した。Monte-4は、3次元空間における粒子追跡に多用される論理計算等を高速化するモンテカルロ・パイプラインを搭載するとともに、主記憶-ベクトル・プロセッサ間の間接番地データの転送能力を強化したベクトル並列計算機である。性能評価では、汎用の粒子輸送モンテカルロ・コードについて10倍以上の速度向上率を確認した。
 

詳細説明    :
1. はじめに
 「人間動作シミュレーション・プログラム(HASP: Human Acts Simulation Program)」では、二足歩行ロボットに関するさまざまな論理/数値シミュレーションが行なわれる。特に数値シミュレーションにおいては、ロボット躯体に対する放射線損傷度計算(被曝線量評価)や画像生成処理等粒子モデルを使った計算が多い。一方、従来のスーパーコンピュータ(ベクトル計算機)は、大量の直接番地参照データに対して数値演算を行なう流体モデルの高速化を想定して開発されてきたため、少量の間接番地参照データを使って論理演算を行なう粒子モデル計算の高速化がしばしば困難である。高速モンテカルロ装置Monte-4(図1)は、粒子モデル計算高速化の問題点を解消し、知能ロボット・シミュレーションにおける高速処理を目的として開発された専用計算機である。


図1 Monte-4のハードウェア・アーキテクチャ(原論文1より引用)

 
2. 高速モンテカルロ装置の特徴
 三次元空間における粒子追跡を行なう粒子輸送モンテカルロ・コード(以下、MCコード)の高速化のために新規開発あるいは改良された本装置のハードウェア上の特長について述べる。
 
2.1 モンテカルロ・パイプライン
 本装置は、粒子輸送モンテカルロ計算において多用され、かつ、従来のベクトル計算機においてベクトル処理が困難な処理を高速化するため、モンテカルロ・パイプラインと呼ばれる3種類の特殊パイプラインを搭載している。各モンテカルロ・パイプラインの概念を以下に示す。
 
(1) 幾何形状パイプライン
 MCコードにおいては、二次あるいは四次曲面の論理演算によって表現された三次元領域中の粒子を追跡する。この追跡計算において粒子の現在位置から次の境界までの距離を計算する際、その領域を構成する曲面の種類によって粒子を分類する必要があるが、この処理は、ベクトル化不可能な多分岐の条件分岐文によって行われる。本パイプラインは、従来スカラ処理によって行われていたこの種の分類計算を高速処理する。
 
(2) 事象分類パイプライン
 MCコードのベクトル処理においては、散乱や吸収といった事象ごとに粒子を集め、ベクトル処理を行う。本パイプラインは、粒子を事象によって高速に分類し、粒子バンクを作成する。
 
(3) 領域判定パイプライン
 二次あるいは四次曲面の論理演算によって表現された三次元領域において粒子を追跡する際、任意のある点が特定のある領域に含まれるかを判定する処理が必要である。本パイプラインは、この判定を行うための二値論理式の評価を高速に行う。
 
2.2 強化されたロード/ストア・パイプライン
 MCコードのベクトル処理においては、複数の粒子を同時に追跡する。計算において、各粒子の属性データは間接番地によって参照される。ところが、間接番地参照は、連続番地参照と比較して、主記憶からベクトル・レジスタへのデータ転送が遅く、このため、演算パイプラインに遊びが生じ、ベクトル・プロセッサの性能が低下する。本装置においては、間接番地参照データの転送を行うロード/ストア・パイプラインの能力が改造前のベース・プロセッサと比較し、8倍に強化されている。
 
2.3 並列処理機能
 粒子輸送問題においては、各粒子に関する処理は独立であり、この独立性を利用した粒子並列法による高速化が可能である。本装置においては、4台のプロセッサを用いた並列処理によってベクトル処理性能を加速している。
 
3. 性能評価結果
 開発した装置上で実用コードを用いた性能評価を行なった。臨界安全計算粒子輸送モンテカルロ・コードKENO IVを用いた評価結果を表1に示す。使用した入力データは、KENO IVコードの標準ベンチマーク問題であり、表中の括弧内の番号は、(J. C. Wagner et al., Los Alamos National Laboratory report LA-12415 (1992))における問題番号を示す。ベクトル処理によって、4〜8倍、ベクトル並列処理により10〜22倍の速度向上率を達成した。

表1 ベンチマーク問題を用いたKENO IVコードによるMonte-4の性能評価結果 (原論文3より引用。 Reprinted with permission from the American Nuclear Society, La Grange Park, Illinois. Copyright 1995.)
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           Original version   Vector version      Vector-parallel version
  Problem     Execution       Execution  P1a       Execution    P2b     P3
  number         time           time                time
                (sec)           (sec)               (sec)
-----------------------------------------------------------------------------
  1(1)          132.2           21.8      6.1         8.4      2.6    15.8
  2(3)         3328.2          705.5      4.7       286.3      2.5    11.6
  3(6)           96.2           13.4      7.2         4.6      2.9    20.9
  4(8)          121.3           20.6      5.9         7.5      2.8    16.2
  5(9)          340.2           96.9      3.5        34.5      2.8     9.9
  6(12)         237.1           56.0      4.2        23.4      2.4    10.1
  7(13)         153.8           33.9      4.5        14.8      2.3    10.4
  8(16)         424.9           80.2      5.3        31.2      2.6    13.6
  9(17)         370.6           45.3      8.2        16.4      2.8    22.6
 10(18)        2666.3          640.2      4.2       261.9      2.4    10.2
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aP1,P3; Speedup ratios to original version.
bp2; Speedup ratio to vector version (Speedup ratio by parallel processing).
 

コメント    :
 従来のベクトル計算機で高速化が困難なMCコードの高速化については、二つのアプローチがある。一つは、長期に渡って逐次計算機用に最適化されてきたコードの高速化をせずに、ベクトル計算機向きのアルゴリズムを用いて既存コードと同程度の機能を持つコードを新規開発しようというもので、KAPLのF. B. Brownや日本原子力研究所の中川氏、森氏のグループが成果をあげている。これに対し、既存コードには長期に渡る蓄積があり、これと等価なコード開発には多大の費用と時間が必要との考えからベクトル化された既存コードを高速化するハードウェアを新規開発しようというアプローチがある。Monte-4は、後者による成果である。
 

原論文1 Data source 1:
Development of Monte Carlo Machine for Particle Transport Problem
K. Higuchi, K. Asai and M. Akimoto
日本原子力研究所
Journal of Nuclear Science and Technology, 32 (10) (1995) pp. 953-964.

原論文2 Data source 2:
モンテカルロ法を適用した光線追跡画像生成プログラムの開発
樋口 健二、大谷 孝之、長谷川 幸弘
日本原子力研究所
JAERI-Research, 97-062, 日本原子力研究所 (1997).

原論文3 Data source 3:
Calculational Performance of JAERI Monte Carlo Machine
K. Higuchi, K. Asai and M. Akimoto
日本原子力研究所
Proceedings of International Conference on Mathematics and Computations, Reactor Physics, and Environmental Analyses, ANS, Vol. 2 (1995) pp. 1545-1553.

キーワード:人工知能、ロボティックス、グラフィックス、モンテカルロ法、スーパーコンピュータ、計算機シミュレーション、粒子輸送
Artificial intelligence, Robotics, Graphics, Monte Carlo method, Supercomputer, Computer simulation, Particle transport
分類コード:120206

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