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作成: 1998/11/16 吉川 信治

データ番号   :120018
プラント異常診断時における運転員の知識の使い方の会話からの推定
目的      :未経験事象の診断で用いられるプラント知識の推定
研究実施機関名 :動力炉・核燃料開発事業団(現:核燃料サイクル開発機構)大洗工学センター
応用分野    :プラント運転員の教育、診断に必要な表示情報の同定。

概要      :
 原子力プラントの運転員は、教育課程中の例題や伝承される経験を超えた事象にも適切に対処する必要から、プラントの機能や内部の現象に立返って意思決定が行えるような高い理解程度が要求される。そのような理解を支援する情報処理技術の開発のためには、未経験の異常事象に遭遇した際の運転員の現状の意思決定過程を知る必要がある。本報では異常診断における会話の分析法とこれを用いた運転員の知識の使用形態に関する観察結果を述べる。
 

詳細説明    :
 原子力プラントは複雑で大規模なシステムである一方、非常に高い安全性が要求される。起りうる異常事象の全てについて有為な放射性物質の放出を否定できるだけの安全保護系が装備されてはいるが、放射性物質の放出に至らずとも、プラントへのダメージを可能な限り抑制することが運転員に要求される。したがって、起りうる異常事象の全てに対して事前にマニュアルを整備、或いは教育訓練に含めることが事実上不可能であるにも関わらず、それらの事象に適切に対処することが運転員に求められる。この要求に応えるためには、異常の兆候から原因を推論したり、対応操作行動の適切さを判断したりする際に、経験や勘のみに頼るのではなく、プラントの機能や内部の現象に沿って、「何故」という問いに言葉で答えられるような形で思考する能力が必要である。
 
 本研究の目的は、このような能力の基となる知識を獲得しようとする運転員の自発的な努力を支援する情報処理システムの構築技術を開発することである。この目的の達成のためには、現状において運転員が未経験の異常に際してどのような知識を利用しているかを知る必要がある。筆者らは、運転員が未経験の異常事象に遭遇してその原因を同定する際の運転員同士の会話を教育訓練用のプラントシミュレータを用いて記録し、その会話の分析法を考案し、分析した会話から運転員の異常診断における知識の利用のしかたについて観察された特徴を整理した。本報告でこれらの結果を述べる。
 
 上述した「未経験の異常事象」として選定した2ケースを以下に説明する。
 
 ケースA:1次主冷却系のポンプ出口配管におけるナトリウム漏洩と、同じループの中間熱交換器での伝熱管漏洩の同時発生である。1次主冷却系からの漏洩量よりも、中間熱交換器を介しての2次主冷却系から1次主冷却系への流入量が若干多い設定を採用した。
 
 ケースB:蒸気発生器を出た蒸気の一部を、タービンを出た蒸気を海水で冷却・凝縮後、再び蒸気発生器に戻す前に再び加熱するために供給する配管(抽気ライン)上の逆止弁が閉まるという事象である。
 
 運転員の発話分の大半は、表1に示すように7種類のいずれかの情報に対して6種類のいずれかの働きかけを行う形をとっており、図1に示すような要素への分解を行ってデータベース化することで客観的な分析を行った。


図1 発話分の要素への分解法


表1 運転員発話分の分類法(原論文1より引用)
  働きかけ→
情報↓  
叙述 質問(叙述の回答を要求) 質問(肯定/否定を要求) 提案 推定、予測 依頼
プラント状態 この弁は開いている 炉容器出口温度を調べろ その弁は閉じているか?   このタンクは閉じているんだろう  
プラント状態変化 この温度は上限に達した後下がった この流量ずっとこの位だった? この液位は下がってこの値になったのか?   さっきまでは多分この温度高かったんだろうな  
プラント状態変化   この流量はどうなるんだろう この温度これから上がるのか?   出口温度は上がりそうだな  
因果関係 出力上昇は炉心が冷えたせいだ この液位は何故上昇するのか この温度が上がったのは流量減ったから?   流量はバイパス弁閉じたから増えたんだろう。  
操作 弁を閉めます どうすればこの温度下がるんだろう 予備ポンプ起動したの? 出力指令値下げたらどうかな   バルブ閉めてくれ
観測性 弁開度は制御盤に出てないよ その液位どこ見れば分かる? この流量1%下がったかどうかそこで分かる?   中制からこの弁の開度見えないんじゃないの  
評価 ポンプの回転低すぎる この弁開度正常値はどの位? 弁開いてて良いのかな?   流量増やせば出口温度維持できる  

 未経験事象の原因同定における運転員の知識活用状況については、以下の特徴が観察された。
 
(1)因果関係に関する知識を用いて原因候補を挙げ、その中から真の原因を絞り込む際には、原因となる変化と結果となる変化との定量的関係についての知識及び、各々の原因候補が実際に起った場合に現れるはずの他の兆候と実際の兆候との一致度が用いられた。この他に現れるはずの兆候はやはり因果関係に関する知識から導かれている。
 
(2)原因候補を挙げる初期段階では、プラントのどの系統に原因箇所が存在しうるかという推論が行われ、その際には、それぞれの系統の状態を知るために最初に観測すべきパラメータは何かという知識が用いられる。また、最初の観測対象としてのパラメータの適性評価に当たっては、当該系統の機能、当該系統内の因果関係、パラメータのセンサーの精度や事定数及び表示器の設置位置や精度に関する知識が活用される。
 

コメント    :
 
 

原論文1 Data source 1:
定式化された発話記録に基づく運転員の知識依存性の分析
吉川 信治、小澤 健二
動力炉・核燃料開発事業団(現:サイクル機構)
日本機械学会第73期通常総会講演会予稿集 (1996年4月、津田沼)

原論文2 Data source 2:
Knowledge Dependency Analysis of Plant Operators using Consistent Protocol Formulation
Shinji Yoshikawa, Kenji Ozawa, Naoki Koyagoshi, Toshihiro Oodo
Power Reactor and Nuclear Fuel Development Corporation (Presently, Japan Nuclear Cycle Development Institute)
Proc.of PSAM3, Crete, Greece (June, 1996)

キーワード:プラント異常診断、会話分析、知識依存性
plant diagnosis, protocol analysis, knowledge dependency
分類コード:120403

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