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作成: 2000/1/18 秋葉 悦男

データ番号   :110085
チタンベースのラーベス相関連のBCC固溶体合金による水素吸蔵と同位体効果
目的      :水素吸蔵量と水素同位体効果がともに大きな水素吸蔵合金の研究開発
研究実施機関名 :工業技術院物質工学工業技術研究所 無機材料部 無機機能設計研究室
応用分野    :水素吸蔵、水素同位体分離精製

概要      :
 従来の金属間化合物のほぼ2倍の水素吸蔵量をもつラーベス相関連水素吸蔵合金の開発に成功した。この合金は、大きな同位体効果をもち、応用への道を拓くものと期待される。
 

詳細説明    :
 従来の水素吸蔵合金、たとえばLaNi5の水素吸蔵量はわずか1.4質量%にすぎない。そのため、水素吸蔵量の大きい合金が求められている。我々は、金属間化合物にしか水素吸蔵合金は存在しないと言う既成概念を打破し、BCC(体心立方)構造を有する固溶体が金属間化合物よりも水素吸蔵量が大きいことを初めて見いだした。これは、BCC構造はFCCやHCPのような最密充填構造ではなく、金属原子がつくる隙間への水素吸蔵が容易に起こるためと推定される。我々が開発した合金はTi-V-MnおよびTi-V-Crなどの元素でつくられる合金で、構成元素が互いにランダムに存在するものである。
 
 Ti-V-Mn系およびTi-V-Cr系の代表的な組成の合金のプロチウム(H)およびデューテリウム(D)の平衡圧力等温線図を図1および2に示した。


図1 Desorption isotherms of deuterium and protium for alloy Ti1.0Mn0.9V1.1 (原論文2より引用。 Reprinted with permission from Elsevier Science, Copyright 2000.)



図2 Desorption isotherms of deuterium and protium for alloy Ti1.0Cr1.5V1.7 (原論文2より引用。 Reprinted with permission from Elsevier Science, Copyright 2000.)

 Ti-V-Mn系では、353Kにおいて、デューテリウムの方が平衡圧力が高い。一方、313Kにおいては、プロチウムの方が、平衡圧力が高い。平衡圧力が高いものほど、水素化物が不安定であるから、313Kと353Kの間で、プロタイド(プロチウム化物)とデューテライド(デューテリウム化物)の安定性が逆転することが分かった。Ti-V-Cr系合金では、いずれの温度でもプロチウムの平衡圧力が高く、プロタイドの方が不安定であった。一般に、同位体効果は水素の同位体の重量の違いが特に振動順位に関して大きく違いとなって表れるためとされている。従来から、プロチウムの方がデューテリウムに比べて水素平衡圧力が高いことが知られていて、その逆になることを「inverse isotope effect」と呼ぶこともある。なお、ラーベス相関連のBCC合金の主成分の一つであるVはこのinverse isotope effectを示すことでも知られている。
 
 水素吸蔵の際のエントロピー変化は、気体が失うエントロピーであるので、合金に寄らずほぼ一定である。プロチウムとデューテリウムの298Kにおけるエントロピーはそれぞれ130.5kJ/molH2、144.8kJ/molD2である。それがそれぞれ水素化物を形成する際に失われたと仮定すると、水素平衡圧力の対数(ln P)と温度の逆数(1/T)のプロットであるvan't Hoff式ではln P = ΔH/RT - ΔS/R の関係があるので、y切片がエントロピー変化となり、直線の傾きがΔH/Rとなる。先にも述べたように、同位体の質量を考えるとプロタイドの方がより不安定なので、ΔHは負で絶対値がデューテライドのそれより小さいと考えるのが妥当である。それを図3に示した。
 
 プロチウムとデューテリウムの水素化物生成エンタルピー変化が大きいものでは、安定な同位体が入れ替わる温度(Tcross)が高くなる事が分かる。また、いわゆる「inverse isotope effect」は、Tcrossより高い温度で表れる事も同時に分かる。今回実験した中では、Ti-V-Mn系ではTcrossがたまたま313Kと353Kの間にあると解釈できる。Ti-V-Cr系では、Tcrossは測定した温度より高温にあることが理解される。


図3 Schematic drawing of the van't Hoff equation (原論文2より引用。 Reprinted with permission from Elsevier Science, Copyright 2000.)

 参照のため、最も一般的な水素吸蔵合金であるLaNi5の同位体効果を313Kにおいて測定したところ、水素平衡圧力に関する同位体効果を観察できなかった。
 
 以上の、結果から、ラーベス相関連のBCC合金は水素吸蔵量が従来の合金に比べて大きいだけではなく、水素同位体効果が大きいことが分かった。また、Tcrossが作動温度と近いものがあるので、同位体効果の逆転がコントロールできる可能性があることも分かって、実用化へ一歩近づいたと考えられる。
 

コメント    :
 ここに示された水素吸蔵合金は、現状では、最大の水素吸蔵量を持つ材料で燃料電池自動車などの水素タンクへの応用が期待されている。この材料が、同位体効果も大きく、しかも、その方向が逆のものが存在することは、水素吸蔵合金による同位体分離・精製の道を開くものと考えられる。
 

原論文1 Data source 1:
Hydrogen absorption by Laves phase related BCC solid solution
E. Akiba, H. Iba*
National Institute of Materials and Chemical Research, Tsukuba, Ibaraki 305-8565; *Toyota Motor Corporation, Toyata, Aichi 471-8572
Intermetallics, 6, 461-470 (1998)

原論文2 Data source 2:
Hydrogen isotope effects in Ti1.0Mn0.9V1.1 and Ti1.0Cr1.5V1.7 alloys
S.-W. Cho, E. Akiba, Y. Nakamura, H. Enoki
National Institute of Materials and Chemical Research, Tsukuba, Ibaraki 305-8565
J. Alloys Comp., 297, 253-260 (2000)

キーワード:水素吸蔵合金、チタン合金、同位体効果、水素吸蔵、金属水素化物
Hydrogen absorbing alloy, Titinumum based alloy, isotope effect, hydrogen absorption, Metal hydride
分類コード:110502

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