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作成: 1999/10/05 林 繁信

データ番号   :110084
H-1 NMR法によるTi-V系合金の水素化物における水素拡散挙動の解析
目的      :水素吸蔵材料における水素拡散挙動の解明とそのための解析技術の確立
研究実施機関名 :工業技術院物質工学工業技術研究所基礎部固体NMRグループ
応用分野    :水素吸蔵材料、水素同位体分離用材料、水素拡散測定

概要      :
 1H NMR法を用いてTi1-yVyHx(0.2≦y≦0.8、x〜1)における水素拡散挙動を調べた。1H核のスピン-格子緩和時間T1の温度及び測定周波数依存性を測定し、水素原子の拡散速度に分布を持たせた理論式を用いて解析を行った。解析の結果得られた水素拡散の活性化エネルギーはV濃度が1に近づくにつれ急速に低下する傾向を示した。また、水素の運動が主に金属-水素間の相互作用に支配されており、水素-水素間の相互作用の弱いことが示された。
 

詳細説明    :
 チタン(Ti)及びバナジウム(V)金属は水素と反応して安定な水素化物を生成する。このような物質は水素吸蔵材料として利用できる。一方、TiとVはどのような割合で混合しても均一な合金を生成する。この合金の金属格子は体心立方構造をとっており、TiとV原子がランダムに分布していると考えられる。Ti濃度の増加に伴い、格子定数が増加する。このTi-V合金も安定な水素化物を生成する。Ti/V比を連続的に変化させることにより、平衡解離定数や水素拡散速度の連続的な制御が期待できる。
 
 Ti-V合金は金属原子1個に対し最大2個の水素原子を吸蔵する。Ti1-yVyH2の金属格子は面心立方構造をとる。一方、金属原子1個に対し1個の水素原子を吸蔵したTi1-yVyH1(0.2≦y≦0.8)は図1に示したような体心立方構造をしており、水素を吸蔵していないTi-V合金と金属格子の構造は同一である。いずれの場合においても、大部分の水素は四面体サイトを占めていると推測される。


図1 Structure of Ti-V alloys and hydrogen sites. Large and small spheres indicate metal and hydrogen atoms, respectively.

 核磁気共鳴(NMR)法は、水素の原子核が持つ磁石としての性質を利用して固体中における水素拡散を調べる有力な手法であり、物質に固有の値である自己拡散定数を決定することができる。水素濃度に勾配を作ってマクロな水素拡散を調べる手法とは対照的に、NMR法では水素原子がサイト間をジャンプして固体内を拡散していくミクロな様子を観測する。
 
 図2に、1H核のスピン-格子緩和時間T1の温度及び測定周波数依存性を示した。Ti1-yVyHx(0.2≦y≦0.8、x〜1)の4つの試料について、4種類の測定周波数(9、22.5、52、90 MHz)、温度範囲105〜400 Kで測定したデータを示した。スピン-格子緩和時間とは、スピン系にエネルギーを与え非平衡状態にした後スピン系が平衡状態へもどるときの時定数である。水素原子がサイト間をジャンプする頻度が測定周波数にほぼ等しくなったとき最も効率的に平衡状態にもどる。即ち、図2でT1が極小値をとる温度付近において水素原子のジャンプが測定周波数とほぼ同じ頻度で起きている。その温度より高くても低くても緩和の効率が低下する。測定周波数が高くなると、極小値をとる温度が高温側へ移動する。


図2 Temperature and frequency dependences of 1H spin-lattice relaxation times (T1) for Ti0.8V0.2H0.89 (a), Ti0.6V0.4H0.91 (b), Ti0.4V0.6H0.91 (c) and Ti0.2V0.8H0.83 (d). The resonance frequencies were 9 MHz (●), 22.5 MHz (○), 52 MHz (▲) and 90 MHz (△). Solid lines in the figure are the results of data fitting, and the dotted-chain lines indicate the contribution of conduction electrons. (原論文1より引用。 Reprinted with permission from Elsevier Science, Copyright 1995.)

 水素拡散に関するパラメータを得るために、理論式を用いて図2のデータの解析を行った。図2中の実線は理論式を用いてデータにフィッティングした計算値である。通常用いられる「BPP理論式」では、極小値のところで左右対称となる。また、低温側ではT1は測定周波数の2乗に比例するのに対し、高温側では測定周波数に依らず一定の値となる。ところが、実測データは、高温側の勾配が低温側より急である。低温側の測定周波数依存性は測定周波数の約1.4乗であり、高温側では測定周波数依存性が若干観測された。このようにBPP理論式そのものでは実測データを解析できないため、水素原子の拡散速度に分布を持たせた修正BPP理論式を用いて解析を行った。その結果、実測値をほぼ再現するような計算値が得られた。なお、図2中の一点鎖線で示した計算値は伝導電子の寄与によるスピン-格子緩和時間を示している。実測データは、水素拡散による緩和と伝導電子による緩和の両方の寄与が含まれており、極小値付近では水素拡散の寄与が大きいが、高温側や低温側の両端付近では伝導電子の寄与が大きくなる。


図3 Dependence of the apparent activation energy for hydrogen diffusion on the alloy composition. y is [V]/([Ti]+[V]).

 解析の結果得られた水素拡散の活性化エネルギーを合金中のV濃度に対し図3にプロットした。活性化エネルギーはV濃度が1に近づくにつれ急速に低下する傾向を示した。これらの値は、水素濃度が0.2未満の試料の文献値とよく一致した。このことは、Ti1-yVyHx(0.2≦y≦0.8、x〜1)において水素の運動が主に金属-水素間の相互作用に支配されており、水素-水素間の相互作用が弱いことを示している。
 

コメント    :
 NMR法による水素拡散挙動の解析は、表面状態に左右されないで物質固有の値である自己拡散定数を決定できる有力な方法である。NMRにおける種々のパラメータを選択することにより、ピコ秒から秒オーダーまでの広いダイナミックレンジをカバーすることができる。測定及び解析に難解さがあるが、他の方法では得ることのできない情報である。
 

原論文1 Data source 1:
1H NMR study of local structure and proton dynamics in β-Ti1-yVyHx
T. Ueda and S. Hayashi
National Institute of Materials and Chemical Research, 1-1 Higashi, Tsukuba, Ibaraki 305-8565, Japan
J. Alloys and Compds. 231 (1995) 226-232.

キーワード:金属水素化物、水素吸蔵材料、水素拡散、核磁気共鳴、スピン-格子緩和、チタン、バナジウム
metal hydride, hydrogen-storage material, hydrogen diffusion, nuclear magnetic resonance, spin-lattice relaxation, titanium, vanadium
分類コード:110502, 110501

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