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作成: 1999/10/27 三石 和貴

データ番号   :110076
HAADF-STEMによるAl中のXe微結晶原子の微少変位の観察
目的      :材料中の析出物原子位置の精密測定
研究実施機関名 :科学技術庁金属材料技術研究所精密励起場ステーション高分解能ユニット
応用分野    :原子炉材料、材料特性改質、照射析出物研究

概要      :
 イオン照射によってアルミニウム中に析出したキセノン微結晶を大角度走査透過暗視野法によって観察した。観察像をシミュレーションと比較により詳細に検討したところ、キセノン原子位置は母層アルミニウム格子位置から僅かにずれていることがわかった。
 

詳細説明    :
 金属中に照射などによって埋め込まれた異種原子ナノ結晶の観察は、現在、主に高分解能電子顕微鏡法(HRTEM)によって行われており、我々はOff-Bragg条件による観察で、母相の結晶格子像を消し異種原子ナノ結晶のみの映像を抽出して観察し、一つ一つの原子の動きを追うことにすでに成功している。しかし、異種物質原子の母相原子に対する位置などはOff-Bragg条件では観察することは難しく、また元来HRTEM像は焦点はずれ量や試料の厚さに強く依存するため、HRTEMを用いた異種物質原子位置の精密測定にはそのようなパラメーターを同時に決定する必要があり、困難であった。
 
 暗視野走査透過電子顕微鏡(ADF-STEM)は電子顕微鏡技術の一つで、細く絞った電子線を材料に当て、そのとき散乱されてくる電子のうちの大角度に散乱される熱散漫散乱電子を、ドーナツ状の検出器で測定する方法であり、HRTEMでは透過波の干渉によって像が作られるが、ADF-STEMでは原子番号に比例して大角度に散乱される電子の数によって像が作られるため、画像強度が原子番号に比例した情報が得られる。また、焦点はずれ量に伴う像の変化が少なく、直感的な像解釈が可能となる。この手法の分解能は主に電子線をどれほど細く絞れるかに依存するが、現在では0.13nmのプローブサイズまで可能となっている。
 
 我々のグループではアルミニウム中にキセノンイオンを照射したときに生成するキセノン析出物について観察を行ってきており、今回ADF-STEMをもちいてこのキセノン微結晶に対して観察を行い、その有効性を確認した。


図1 Experimental HAADF observation results of the Xe precipitate in Al (a) before and (b) after image processing. (原論文1より引用。 Copyright 1999 by the American Physical Society.)

 試料はアルミニウムに対して50keVのキセノンイオンを1x1015ion/cm2まで注入し、[110]方位から観察した。図1(a)が得られたキセノン微結晶の写真を、(b)に画像処理後の像を示す。HRTEMによる観察から、キセノン微結晶はアルミニウムの1.5倍の格子常数をもち同じ方位をもって析出している事が分かっている。これによるとXe原子の位置に、アルミニウム原子と重なる位置と原子列間の位置の二通りがあり、アルミニウム原子上のキセノン原子を中心に6個の原子列間キセノンが取り囲む対称的な形をしている。しかし、図1の実験像ではそのような対称性は観察されていない。我々はこの違いはキセノン微結晶が母相アルミニウムの格子位置から僅かにずれているのためではないかと考えた。図2に図1中の白矢印の部分の強度プロファイルを原子の微少変位を入れた時と入れない時のシミュレーションによる強度プロファイルとともに示す。微少変位をいれたモデルではキセノン微結晶は[001]方向に約0.5Å変位させてある。この図から微少変位を導入したモデルによるプロファイルは実験をよく再現していることがわかる。


図2 Intensity profiles along the white arrow in fig. 1. The solid line indicates the intensity obtained from the experiment, the dashed line shows the calculated intensities using the model of Xe atoms with and without atom shift. (原論文1より引用。 Copyright 1999 by the American Physical Society.)

 図3に図1の像の中心部分の拡大図(a)とキセノン微結晶原子を微少に変位させたモデルによるシミュレーション像の対応する部分(b)および、変位を導入しないモデルによる像(c)を示した。実験像はアルミニウム原子6個で構成させる大きな三角形と3個がくっついた小さな三角形の2つのパターンから構成されているが、変位を導入したモデルではこれらの三角形が非常によく再現されていることが分かる。ADF-STEMは像がフォーカスに強く依存しないという特徴を持つためこのような微少変位の観察に有効な手法であると考えられる。


図3 The central part of the image. (a) The experimental image. (b) The corresponding region of the simulated image using the shifted model. (c) The calculated image using the no-atom-shift model. (原論文1より引用。 Copyright 1999 by the American Physical Society.)

 今回観察された微少な変位がすべてのキセノン微結晶にあてはまるか、また、微結晶のサイズや方位に依存するかどうかなどは、今後より系統的な観察を行い決定していく必要がある。また、ADF-STEMの結像に関しては、微結晶と母相原子との微少な変位のみならず方位のずれによる影響や、析出物の試料中での深さの像への影響などの研究が今後必要である。
 

コメント    :
 HAADF-STEMは表面にある異種原子の同定や精密測定について多くの研究がなされているが結晶の中に析出した微結晶に対する研究例は未だ少ない。しかし我々の研究から、材料中の析出物の精密測定に関しても有効であるとの知見を得ることがでた。
 

原論文1 Data source 1:
Determination of Atomic Positions in a Solid Xe Precipitate Embedded in an Al Matrix
K. Mitsuishi, *M. Kawasaki, M. Takeguchi and K. Furuya
National Research Institute for Metals, *JEOL Ltd.
Phys. Rev. Lett. Vol. 82, No. 15 (1999) pp. 3082-3084.

キーワード:キセノン、アルミニウム、走査透過電子顕微鏡、イオン照射、微結晶、析出物、希ガス
Xenon, Aluminum, scanning transmission electron microscopy, ion irradiation, nano-crystal, precipitate, rare-gas
分類コード:110402, 110502, 190214

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